最後の空が果てたあとで 鳥はどこを飛べばいいのか
(マハムード・ダルウィーシュ)
自慢から始めたいと思います。
去年サッカーで欧州選手権があったさい、ある知人がギリシアの優勝に賭けました。
彼の論旨はつまり「クラブシーンの比重が増している今日日、強豪国のスタア選手はクラブに力をさかざるを得ず、逆に中堅国の代表選手にとって国家代表での活躍は自分の腕前を一流クラブに売りこむチャンス。従って今後数年の国家代表マッチは穴党にとっての稼ぎ場となるはずである。とりあえずラトビアとギリシアはおさえる。たしかに確率は低いが500倍や100倍ってことはない。フランスとイタリアはたとえ勝っても絶対に金にならないからよせ。強いてどちらかと言えば決勝に進んだ後のイタリアであろう」というものでした。
結果からすると神のごとき慧眼と言わざるを得ません。
自分もこんな慧眼を発揮したいものだと思っていましたが比較的すぐに発揮できました。
ある友人が職場で野球トトをやることになり、自分に「パはどこに賭けるのがいいか」と聞いてきたのです。
そこで自分が話したのは、つまりこうです。
……プレーオフによりパリーグの各球団の優勝確率は接近しているので穴狙いがよかろう。そして日本ハムとロッテは穴馬としていずれも充分なポテンシャルを持っている(どちらの球団も考えて若手を育成しているように思える。とくにロッテの西岡と今江などはほんとうによくて、プロ入りしてから毎年全身のバネが増している気がする)。してみると、ここは2球団のうちでより前評判の低いロッテに賭けるべきであろう。……
さてこれが結果的にあたってしまったのです(余談ですがセについても助言し、こちらは大はずれだったことを言い添えておきます)。
ロッテ31年ぶりの優勝。おめでとうございます。
「野球というのはワグナー劇のようなもので、はてしなく退屈な時間の中に、宝石のようにきらめく瞬間が隠れている」と言ったのはサッカーの神様エドソンなんとかペレですが、このプレーオフ第二ステージの五試合には、たしかにそんな瞬間が複数あった気がします。最後の試合だけでも、ホークスの主砲松中が大スランプのあげくにようやく一本のタイムリーを打った瞬間、マリーンズ初芝の同点ホーム、そしてマリーンズ福浦の「足が折れてもかまわない」と思っていたにちがいない本塁突入と、いろいろな瞬間がありました。
ふと'74年プレーオフで優勝を決めたロッテ村田兆冶の「来るとわかっていても打てないフォークと、来るとわかっていても打てないストレート」を思い出したりもしました。
(当時阪急ファンだったもので、村田は自分の中でTVマンガ『ゲッターロボ』の地底魔王ゴールとならんで生かしといたら世の中のためにならん奴にカウントされていました)
ともあれ、マリーンズは逃げ切りリーグ優勝を決めました。舞台は福岡ドーム、従って満場の観衆のおそらく大半がホークスファンであろう中、歓声も拍手もすくなくともTV音声からはほとんど聞こえてこない胴上げを見て思ったのは、さて、彼はいまどこにいるのかということでした。
彼というのは実在の人物ではありません。マンガの人物です。
ほりのぶゆきに「荒川道場」という野球ギャグまんがの傑作短編集がありまして、うち一篇にこんなのがあるのです。
『虎吠える!』
球春。TVの「'91ペナントレース大予想」が町の声を拾う。
ある若者「え? セ・リーグですか? 阪神ですよ 阪神しかないでしょう 他にどこが優勝するんですか……」
その翌日
若者の会社の部長「見たよ…テレビ……
困るんだよな… 外回りの君にテレビであんな事言われちゃ……今朝さっそく取引先から電話があったよ…
(以下太字)
社会的常識が欠けている人間をお前のところでは社員として使っているのかってね!」
「な…何ですって!?」
会社を「しばらく休養」させられ下宿に戻る若者、そこへ追い討ちをかける大家さん
「今すぐとは言わん! とにかく今月限りで出ていってくれ!
わしはあんたの事誤解しとった…もっとちゃんとした考えの人だと思っとったのに…」
鉄橋のそばの河原で膝をかかえる若者
そこへ声をかける初老のオリオンズ帽の男(念の為申しておきますと、オリオンズは'90年まで存在したのです)
「また…いやな季節が来ましたなあ…
いや…これは失礼…通りがかりのロッテファンです…
あなたのこと知ってますよ…このあいだテレビで見ました…」
「僕は少しも間違ってませんよ……」
「無茶だよ…あんた…
あんなことテレビで堂々といえば社会的に信用を失うに決まってるじゃないか……
今は何とでも言えるよ…シーズンが始まるまではな……
しかし多くを望んではいかん 今はじっと耐える事だ…」
若者の叫びを背に立ち去るオリオンズ帽の男
若者うつむいて声をしぼり出す
「そ…それでも
それでも
タイガースが
優勝するんだ………」
特定の野球ギャグが面白いかどうかは当然ながら時代に左右されますが、このギャグは実に'80年代末から'90年代末まで10年余にわたって通用したでありましょう。
しかるにいまや阪神対ロッテの日本シリーズが現実のものに。
そしてこの状況が現実のものとなったいま、私が思うのはそうです、このロッテファンは今どこにいるのかということです。
第一戦 鉄橋のそばの河原
ポケットラジオのイヤホンを耳に突っ込んで立っている男
TVは買収騒動を放映してプレーオフを放映しないが、彼にとってそれはいつものことであった
第二戦 川崎
男は川崎駅から市役所通りを通って角を曲がる
ああそうだ、どこの球場よりもうまいラーメンをかつてここにあった球場では売っていたのだ
あいかわらず、中継は、無い
第五戦 福岡ドーム
男はそこにいた
球場はすでに満席である 八時にやって来て入れるものではない
風はかすかに潮の匂いがする
へんてこなオブジェがたくさんある ホークス観音には鷹の翼がある それともこれは後光の変形なのだろうか
なぜだか有名人の手だけブロンズ像がたくさんある
すりへり具合を見ると人気の差がわかる
王貞治の手はピカピカでフランク・シナトラや勝新太郎は全然だ
なぜか原田知世がヤヤピカだ
球場の中からはうわーんと声がする 男はその声の九割までがホークスファンのものであろうことを知っていた
千葉は雨らしい
ここは晴れている
イヤホンの中でうるさいアナウンサーが絶叫した
ここは晴れている