「天山」190×91cm

 

kohei okamoto spirits

 

墨と和紙は、日本人の精神世界の原点を象徴するものだと言えましょう。

墨はただの黒ではなく「玄の階調」であり、

豊かな想像力を喚起し、また静謐の心を養ってくれる究極への誘いです。

                                    〜岡本光平〜

 

岡本光平現代書展「空と海の物語 vol.2」

〜高野山開創1200年記念〜

2015年4月7日〜13日 in 高松三越美術画廊

四国八十八ヶ所開創1200年から高野山開創1200年を迎えるにあたり、シルクロードの“こころ”の終着駅はまさに空海の開いた高野山にあると思われます。  
シルクロード文化から天才空海を見直すと国際的とは何か、日本の奥深い“こころ”とは何かを教えてくれるようです。
空海の書とシルクロードを道標に、その無限蒼空の志操に想いを馳せた作品約40数点を展覧いたします。

 

 

 

 

 

 

岡本光平IMAGENATION

〜Drawing&Carving 線描と彫刻、イメージの虚空へ〜

2015年3月20日〜29日 in ギャラリー五峯/下井草

自由な手の動きのままの線をコンテやパステルで紙に織り成し、美しい木目の板に宿るイメージをノミで彫り起こす。抽象作品、約30点を展覧いたします。

 

 

 

岡本光平現代書展 「○ △ □」

〜いろいろあって、あるがまま〜

2014年11月13日〜19日 in 仙台/藤崎

人生に起伏はつきもの。喜怒哀楽、煩悩即菩提といいます。
日々是好日、万事塞翁が馬の年の瀬もほどなく、羊の年も間近になりました。
来るべき良き年のことほぎを祈る書を展覧いたします。

 

 

 

岡本光平 「臨書」

〜百 錬 筆 行〜

2014年10月14日〜19日 in 表参道/アートスペースリビーナ

古典の全紙臨書を発表します。至らぬ思いも多々ありますが、古典に出逢ってほぼ半世紀近くになる今日、100点の臨書に挑戦です。
今回は全紙33点、倣書約20点を展覧します。

 

 

 

岡本光平 「凱風廻生」

〜遥けき富士の高嶺に吹きわたる〜

2014年8月6日〜11日 i n 銀座/彩波画廊

岡本光平の「書の向日葵ライブ」は毎日午後1時〜7時開催します。
会場は午前11時オープン、午後7時までです。

 

 

 

四国八十八ヶ所霊場開創千二百年記念

岡本光平現代書展 〜空と海の物語〜

後援:四国八十八ヶ所霊場会 讃岐部会/香川県真言宗連盟

2014年6月3日〜9日 in 高松/三越

今から1200年余り前に若き空海を乗せた遣唐船は、この讃岐の故郷の沖合いをゆっくりと通り過ぎてゆきました。生きて帰れぬかもしれない故国の地を、きっと空海は船上から遥拝し父母に別れを告げたことでしょう。大志を抱き、不退転の決意を胸に秘めて神仏の加護を祈ったに相違ありません。稀代の天才もまた一人の人間でありました。 やがて福州に漂着し、長安において恵果阿闍梨と邂逅して密教の秘法を伝授されるというドラマが始まりました。そのような空海の心象を書に託してみました。

 

 

岡本光平現代書展

〜青きバイカルの山河〜

2014年5月21日〜27日 in 名古屋三越

手つかずの大自然が息づく中央シベリア。そこに位置するバイカル湖は、世界一深く、世界一古く、世界一の透明度を誇ります。周辺には1万年前に彫られた現世人類最古の芸術である『岩画(がんが)』が散在し、大画廊を形成しています。その地は日本の弥生人の遥かなるDNAの原風景でもあり、心象を“書”で表現しました

 

 

 

Kohei Okamoto Artist Talk & Demonstration

Friday, April 11, 2014 Yale University Art Gallery

2014年4月11日、アメリカ・エール大学の招聘により、同大学美術館 レクチャーホールにおいて岡本光平の講演会と書の実演が開催され ました。 
金曜の午後にもかかわらず客席はほぼ満席。講演タイトルは「書から 見た日本の美と心」。中国の書との違いや、日本の書美である“カスレ”や “余白”についても解説しました。また風土と精神性といった書の背景論 にも及びました。  
書の実演は、和様の書の代表である平安時代の藤原佐理『詩懐紙』 と藤原行成『白氏詩巻』の畳大の臨書(模写)をし、その筆法を大型 スクリーンに投影しました。続いて二曲屏風に空海が伝えた“飛白体” (ひはくたい)の筆法を用いて、岡本独自のコンテンポラリーな表現に よって一気に揮毫されました。質問コーナーでは次々と手が挙がり、 アメリカの人々の興味と関心の高さは予想以上でした。  
刷毛状の筆記具で書く本格的な“飛白体”は、インド・ペルシャから 2世紀に中国に伝わり、空海が9世紀に日本にその技法を伝えました。 そして空海から1200年の時を経て初めて太平洋を渡り、“空海飛白”の 後継者岡本によってアメリカ大陸に上陸し、保存されるという歴史的 にも大きな意義をもつことになりました。  
『雲炎』と命名されたこの21世紀の屏風作品はメトロポリタン 博物館所蔵の『桜楓図屏風』(17世紀)とともに美術館にて7月まで 展示され、収蔵されることが決まりました。  
エール大学は、ブッシュやクリントンら5人の大統領を輩出して います。またポール・ニューマンやメリル・ストリープらの著名な俳優 などの出身校でもあります。建物のすばらしさは、映画『ハリーポッター』 の大食堂シーンがエール大学の1,000人以上入る食堂を使っていること でも想像がつきます。

 

 

 

岡本光平 ひのもとうるわし

〜日本の意匠、日本の心。〜

2014年2月28日〜3月9日 in 東京下井草/ギャラリー五峯

南北3千キロに及ぶ日本列島。亜寒帯から亜熱帯まであり、四季があり、さまざまな花と生きもの、豊かな水が日本という美しい風土をつくり、そして私たちという生きものをつくりました。

 

 

岡本光平 現代書展

〜北のまほろば、バイカルの唄〜

2013年12月5日〜11日 in 仙台/藤崎

まほろばとは、素晴らしい場所、住みやすい場所という意味の古語です。モンゴルの北のロシアに琵琶湖の約50倍もあるバイカル湖があり,世界一の透明度を誇っています。周辺は1万年前の岩画がたくさん彫られているシベリアの大画廊です。その地は我々日本人の遠い祖先のふるさとでもあり、“書”に思いを託してお届けします。

 

 

 

岡本光平 現代書展 「波濤を越えて」  

〜ユーラシア・スピリッツの文字と書〜

2013年11月20日〜26日 in 博多/大丸

岡本光平氏は “行動する書家” といわれ、30年以上にわたって国内はもとより東南アジア諸国をはじめインド、中国東北部から江南一帯、西域シルクロードからモンゴル、アルタイ、シベリアに至るまでを歩き、ディープアジアの生命力を文字に託してきました。 本展は波濤を越えた壮大なアジアの心象風景を書で表現する展覧でございます。

 

 

岡本光平 フリーランス25周年記念展

〜華に臺(うてな)のなかりせば〜

2013年6月1日〜9日  in  銀座/彩波画廊

 

書道界を出てフリーの作家としてデビューしたのも銀座でした。

それからちょうど25年。新たなスタートも銀座からです。

 

 

 

現代書家 岡本光平展 / 後援:北國新聞社

〜大地の響き、人間の想い。〜

2012年12月12日〜18日 in 金沢/めいてつ・エムザ

 

灼熱のシルクロードから荒野のアルタイ山脈、さらにモンゴルの大草原を経て極寒のロシア・アムール川へと数年かけて探訪し、アジアと日本文化の原点を問い続けてきました。 そしてそこで感じた大自然の脅威と人間の祈りを文字に託し、書作品として展覧いたします。

 

 

『岩画』、1万年の彼方へ。    岡本光平

 

 

最後の氷河期が終わった約1万2千年前から現世人類は、岩に実在の動物や想像上の動物の絵をはじめ記号や文様を彫りつけはじめました。 日本でいえばちょうど縄文時代と重なる時代です。 列島独自の縄文土器の特異性と芸術性はいうまでもありませんが、海の向こうの広大なユーラシア大陸では燎原の火のごとく“岩画(がんが)時代”がはじまっていたのです。
それらは岩画または岩刻画(がんこくが)と言われるもので、国際語としてはペトログリフとよびます。時代は旧石器時代から新石器時代に移る時で地球が温かくなり、人類が食糧の動物を追って北へ移動しはじめたころです。
岩画は現在の草原(ステップ)地帯を中心に世界各地で確認されるようになりました。まさにヒューマンジャーニーの足跡でもあります。          
スペインやフランスの洞窟壁画、サハラやオーストラリア、ブラジルの壁画は顔料で直接描いた岩絵ですが、主に北半球に多い岩に彫った岩画とは表現が異なります。表現には地域差、時代差もありながら自然と共存し、脅威にさらされ恩恵も受けながら生存共生の闘いを展開していた人間たちの魂の表現記録であることは共通しています。  
私は10数年前に北海道フゴッペ洞窟遺跡の2千年前の岩画を初見した時、太古の神殿に迷い混んだような衝撃を受け、「なんだ、これは!」と心の中で叫んでいました。日本はもとより若いころからアジア一円をフィールドにして歩きまわってきた自分のなかで初めて見たシーンでした。さらに数年して中国新彊省ウイグル自治区で膨大な岩画に出会うことになりました。それら1万2千年前から数千年前の岩画世界に触れ、直感的に漢字の象形文字のさらなるルーツとして、絵画、記号、文様、文字性が未分化の混沌とした母胎であると感じたのでした。
その時の静かな興奮は今でも生涯の感動というべきものでした。事実、調べれば調べるほど甲骨文字以前の漢字の原型がそこかしこにあり、加えて漢字の起源にかかわる造形理念と構築法、また三次元はおろか四次元的表現や世界最古の“龍”の存在、素数の哲学など今日の自然観、宇宙観の淵源を見出すことができ、脅威的な“岩画図像学”の世界を確信したのでした。         
漢字の誕生は、単に新しい記号の創出ではなく、そのような総合的な哲学的背景があり、さらに殷王朝という文明の引き金によって一部が岩画群のなかから引き抜かれ、突出して生まれたと想像しています。隠れた天才がいたのかもしれません。以来、中央アジアのアルタイ山脈の 草原に岩画を追い求め、またある時は内モンゴル陰山山脈の荒野を2000キロ踏破しながらいつしか岩画がライフワークとなっていました。それは1万年という途方もない時空を遡上する旅でもあります。
狩猟と採集に何万年と生き延びてきた人類がやっと農耕を発明しはじめたのはせいぜい7千年前であり、続いて勃興した文明もせいぜい5千年前です。キリストも釈迦もたかだか2千年、2千数百年前の人たちです。マホメットなどは千年ちょっとの最近の人です。彼らが現われるまでは、人間が人間を崇めるのではなく、宗教を掲げた戦争もなく、日月星辰、山川草木、鳥獣虫魚などの森羅万象の精霊を信仰していたのでした。アニミズム、トーテミズム、シャーマニズムが生きていくうえの三本柱でした。岩画はそれらの魂がこめられた“祈りと畏れのかたち”なのです。      
人間の殺し合いや人間を虐げる場面は私の知りうる限り岩画には一切ありません。動物表現などは一見稚拙のように見えて、実は一瞬の動態を生き生きと切り取った恐るべき活写力と視点は芸術以前の芸術であり、芸術以上の芸術と言わざるを得ません。
表現の根幹は記憶芸術の具象と想像芸術の抽象がありますが、両方が岩画には共存しています。岩画は表現芸術の始原を考えるうえでもっとも若い研究分野であり、人類最後の美術、人類最高の遺産のひとつでもあります。
私の岩画行はその後、韓国や極東ロシアのアムール川(黒龍江)、さらにバイカル湖周辺に至り、3回めのアムール川岩画調査プロジェクトは、在ハバロフスク日本総領事館とハバロフスク博物館の全面支援のもと、2012年3月に日露文化交流のプログラム認定を受けてチームを結成して調査をしました。結果、現地の新聞テレビにも大きく報道され注目を集めました。
モンゴルやアムール川においては新しい岩画の発見があり、また日本人として初の調査ができる境遇など、岩画研究には幸せな興奮の日々の連続でした。 日本の岩画遺跡は北海道に2ケ所しかないこと。海を隔てているためにかつては頻繁であったはずの北方文化交流の視点にうといこと。日本の歴史観が畿内中心であり、朝鮮半島や中国との関わりにかたよっていること。東北自体が中央文化に潜在的コンプレックスを持っていることなどから、かつての私がそうであったように、岩画や北方文化に対して残念ながら多くは無知の状態です。 韓 国は1970年代に17、8ケ所の岩画遺跡が発見され、1990年代には2ケ所が国宝に指定されています。
この点においても日本は韓国に遅れをとっています。
岩画は漢字のルーツである、という私の仮説を補強するためにはまだまだ多くの証左となる資料を集めなければなりません。おそらくは人生の残り時間のすべてを費やしても十分にはほど遠い結果に終わるかもしれません。しかし、岩画の魅力は漢字のルーツということにとどまりません。その造形に宿る生命力こそが、私たちのなかの遠い記憶を揺さぶり起こすのです。 
大自然は、古代においてはもののけの世界、魑魅魍魎の跋扈する異界でした。それら精霊たちを“神”とよび、その奇怪なパワーを内包したまま造形化されたのが漢字でした。神宿るシャーマニズム文字を筆墨紙の自然素材で再構築し、神意を降臨させる行為が“書”の基本的姿勢といえます。
本紙の小論は仙台を中心に4万部を発行している「りらく」(プランニングオフィス社)2012年8月号に所載されたものです。
2013年夏にはシベリア・ツングースのふるさとであるバイカル湖周辺の2回めの岩画探査を予定しています。日本人として初の未知との遭遇となるため、調査ではなくあえて探査としています。  
1万年の風と光のなか に身をおいて得る体感こそが、すべてを超越した新たな真実となることでしょう。 (了)

 

 

 

 

第10回記念 岡本光平展

〜岩画1万年シベリア書譜〜

2012年11月15日〜21日 in 仙台/藤崎

岡本光平は、アジア一円に点在する1万年前の“岩画(がんが)”をひたすら追いかけてきました。それは象形文字のさらなる起源に違いないという10年前のひらめきからでした。 そして中国アルタイ、モンゴルの数千キロに及ぶ草原や荒野を踏破し、“岩画”を調査して確信を深めてきました。
やがてロシア・アムール川(黒龍江)の素晴らしい岩画群にたどり着いた結果、その先に見えたものは日本の北海道・東北文化でした。それは縄文時代というよりはユーラシアに展開していたスケールの大きい“岩画時代”の一員としての極東Tohokulandの姿でした。さらにそれはあたかもヨーロッパのケルト文化と同じ図式でした。
“岩画”発見発掘とともに東北=ケルト文化説は、岡本の前人未到の歴史展望への挑戦でもあります。 “岩画”は、1万年前の厳しい大自然のなかで生存への闘いを繰り広げた古代人の“祈りのかたち”です。
そのメッセージを今、岡本が現代のアートとして墨と線で蘇らせようとしています。 第3次ロシア・アムール川岩画調査プロジェクトは、2012年3月に現地のハバロフスク博物館、ハバロフスク在日本総領事館の全面支援を受けて調査をすすめました。そして今回、世界で初めて美術的、学術的に第1級の実物拓本の一部を公開いたします。ご高覧ください。

 

 

 

岡本光平 シベリア記譜 

〜岩画1万年への対峙〜

2012年10月9日〜14日 in 表参道/アートスペースリビーナ 

2012年3月、氷点下のシベリアの大地にある岩画を訪ね歩いてきました。昨年に続き世界で初公開となる岩画拓本とともに、悠久の北天の大地を書とペーパーアートで展覧いたします。

 

 

岡本光平展 in 浅草

〜野雲逍遥〜

2012年6月29日〜7月8日  in  浅草/孔雀堂画廊

鳥取の葦紙、三浦半島の竹紙に墨書した文字と絵。奄美大島の100年以上経た古民家の古材を額に再生。天然素材だけで表現された作品は、アジアの原風景を思わせる温かい肌合いと美しさを纏っている。

 



岡本光平展 「人類1万年の祈り」

〜その誕生と転
生〜

2012年5月30日〜6月5日  in  名古屋/三越

知られざる『岩画』1万年の世界 〜人類と大自然の営み〜

ロシアは近くて遠い国です。  
その極東シベリアには手つかずの大自然が息づき、世界で第7位の大河アムール川(中国名・黒龍江)が4千キロを貫通し、オホーツクの海へ注いでいます。流域にはアムール虎をはじめとしてヒグマや狼、ヘラ鹿、5メートルのチョウザメや1メートルを超えるイトウなどが棲息しています。  対岸も定かではないほどの川幅を持つ大河アムールの眺望。見渡す限りの鬱蒼とした樹相は、聖霊のふる里であり、何千年も変わらぬタイガ(針葉樹林)の姿をとどめています。
その大自然を主役にした黒澤明監督の25本目の名作「デルス・ウザーラ」(1975)は、アムール川周辺を舞台にして撮影されました。  
その極東シベリアの中心都市は人口50万ほどのハバロフスクですが、アムール川のほとりにあります。そして郊外の川沿いに、「岩画」とよばれる、古いものは1万2千年前に彫られた絵や記号文様がたくさん点在しています。金属器もない時代にどのようにして彫られ、誰が何のために残したのか、研究は始まったばかりです。冬はマイナス30度にもなる極寒の地にもかかわらず保存は良好です。  
1万2千年前というのは、最後の氷河期が終わり、現世人類がマンモスや大鹿を追って北上した時でした。それは新石器時代のはじまりでもありました。 「岩画」は世界中に点在していますが、私は書家の立場から3千7百年前に、中国の黄河の中流域で生れた漢字のルーツとして着目し、この数年間にわたりモンゴル、中国、ロシア、韓国の岩画調査をすすめてきました。数万キロを踏破しながらその結果、人類の驚くべき叡智を発見し、そのすばらしさに驚嘆しています。
科学技術が全盛の現代文明の中にあって、かつて人類が大自然と共生し、大自然の聖霊を畏怖し、生存のために祈りを捧げた「岩画」の歴史的、芸術的意義を発掘したいと願っています。  
平成24年のロシア・アムール川「岩画」拓本調査プロジェクトは、外務省とハバロフスク日本総領事館の全面支援を受けての調査となりました。
その成果を私の書作品とともに、高松の地において初めて直接お伝えできることになりました。お運びいただき、1万年前の人類と大自然の世界に心を遊ばせていただけたらと思います。

 

 

岡本光平展 「人類1万年の祈り」

〜その誕生と転生〜

2012年4月17日〜23日  in  高松/三越

 

岡本光平は、この10年間ひたすら1万年前の『岩画』を追い続けている。漢字のさらなる起源だというひらめきにも似た仮説のもとに、中国アルタイ、モンゴル、ロシアの荒野に足を運び、数万キロを踏破して『岩画』調査をライフワークとしてきた。 それは、日本の縄文時代を飛び出し、ユーラシア大陸に展開していたさらにスケールの大きい「岩画時代」を発掘発見しようとする、岡本の前人未到の歴史展望への挑戦でもある。 1万年前の厳しい大自然のなかで生存の闘いを繰り広げた古代人の“祈りのかたち”が岩画である。その感動のメッセージを今、岡本が墨と線のアートで現代に結実させようとしている。

 

 

岡本光平展 「伊達な紙に書く」

〜丸森・白石・柳生〜

2011年11月11日〜17日  in  仙台/藤崎

宮城県に伝わる三ヶ所の伝統和紙は、他には見られない独特の風合いがあり、個性を競っています。丸森の美しいシルク和紙、東大寺お水取り僧の紙衣に使用される白石和紙、柳生和紙はコンニャク糊を使ったとても丈夫な紙や趣のある墨染め和紙を作っています。 それぞれが個性的で手強い紙ですが、新たに現代的表現に挑戦してみました。

 

 

「書について」   岡本光平  2011

 

書は文字を書くことである。
文字は造形である。

しかし、書は必ずしも文字ではなく、
線や点だけで書の本質的表現たりうることもある。
すなわち線や点だけでも造形として成立する。

いずれにしても書にとって大切なことは、
スピリットである。
スピリットとは、
全身全霊による “空無 (くうむ)” との邂逅(かいこう)である。

線という一回性の霊的な発動によって
生まれ出るスピリットが、
書を書たらしめるのである。
文字の形と意味の奥底にある神宿る実体を引き出し、
自身が “空無” へ昇華することが造形の為事 (しごと) なのである。
書は手技 (てわざ) ではないのである。

文字は自然という万物の化身である。
線や点は、その分身である。

 

 

岡本光平 「草原から大河へ」


蒙古〜黒龍江『岩画』1万年の旅 

2011年10月11日〜16日 in 表参道・アートスペースリビーナ

2009年、荒涼たる陰山山脈の「岩画」を求めてモンゴルのフフホトから銀川までの2千キロを走破し、2011年の今年は、ロシア・アムール川 (黒龍江) の密林を踏破して「岩画」を調査しました。その結果、日本人初の「岩画」遭遇もあり、世界初の拓本を発表することになりました。

そして人類1万年の自然と共生と、生存の闘いの歴史を筆に託しました。新作60点の展覧です。

 

 

 

NHKBSプレミアム  「空海 至宝と人生」
2011年8月8日 岡本光平 出演

 

 

第3回 岡本光平展 墨彩光 “夢カルタ”
2011年7月1日(金)〜10日(日) in 浅草:孔雀堂 画廊

今年は元気の出る“夢カルタ”をテーマに書きました。赤、青、黄などのさまざまな色と墨とのマッチング。
奔放な色と線とユーモラスな字の形が出会います。
書でありながら絵のようであり、絵のようでありながら新しい絵文字世界が広がります。

 

 

 

「飛白瑞気」 現代アートで書く空海の原風景
2011年5月17日〜22日 in 高松三越 5階催物会場

瀬戸の海は、はるか昔から朝鮮半島や大陸、東南アジア、果ては世界の各地を結ぶ海のハイウェイでした。  古代においては遣唐船、中世においては瀬戸内の水軍船や南蛮船、近世では北前船が往来し、常に日本の歴史の表舞台の一角を占めてきました。
私には少なくともそれらの“時代”を運んだ船の勇姿が、瀬戸内の光る海を見るたびに瞼に浮かんできます。  そのような海を道として世界とつながってきた讃岐の地の進取の気性が、古代において空海という一人の天才を育んだともいえます。
私の書作の遍歴は、二十歳からこの方、常に空海の書とともにあり、のみならず空海の視線の方向にあるものを道程としてきました。  それは、密教伝来のシルクロードであり、その終着点である空海がかかわった奈良東大寺も含めて、私の書のテーマとしてきました。  
このたび高松三越の八十周年記念の慶事の節目に、私の展覧会を企画していただきましたことは望外のよろこびであります。書の作品を通して、あたかも八十という末広がりの数字のように、空海という巨人や、私たちの祖先が生き抜いてきた時代の感性に思いを馳せていただけましたら、さらなるよろこびであります。

 

 

「日本美の余白」 ニューヨーク・ハモンド美術館個展・帰国記念
2011年4月7日(木)〜13日(水) in 名古屋・丸栄

書の究極美は線と余白にあります。白と黒の中に研ぎ澄まされた静かな緊張感と和らぎの無限世界。
書は日々の生活に潤いのある安寧と平穏をもたらします。

 

 

岡本光平 「現代アート 和紙展」
〜紙のぬくもりと、東北の原風景〜
2010年11月12日(金)〜18日(木) in  仙台・藤崎

宮城県の南に位置する丸森町には、かつて紙を漉く多くの家々がありました。しかし、現在は2軒の家だけが伝統を守り続けています。阿武隈川が貫流し、緑なす山々のたたずまいは日本の原風景のひとつです。
そんな厳しくも美しい東北の自然が育んだ和紙を、現代のアートとして新たな表現に挑んでみました。
紙が土、石、木、鉄と出会い、紙の包容力によって融合した姿をご高覧ください。

 

 

岡本光平展 「飛白と飛沫」
ニューヨーク・ハモンド美術館個展作品 帰国展
2010年10月19日〜24日  in 表参道アートスペースリビーナ

2010年6月から9月の3ヶ月間、ニューヨーク・ハモンド美術館個展において発表された作品を中心に展覧いたします。バリ島の秦泉寺由子さんの工房で制作された美しい竹染布に、現地で手作りした筆で表現した「飛白」の書と新作です。
新作は唐時代の巨星 顔眞卿の「真は墜石の如く」の言葉にちなんで「墜石法」と名付けて挑戦した新しい表現を発表いたします。

 

 

第2回 岡本光平展 in 浅草  
〜20年前の今 part2〜 2010年7月2日(金)〜11日(日)

1988、89年のソウル展作品を中心に、94年くらいまでの作品を展覧いたします。
渾身のパワー勝負に始まり、文字のオブジェ性と余白を発見していく岡本ラインアートの変遷をたどります。

 

 

 

"Hyper Calligraphy" Kouhei Okamoto Line Works Exhibition
June 26th through September 18th
Hammond Museum in New York

 

 

 


 

 

2010年6月、岡本光平個展
in ニューヨーク・ハモンド美術館への軌跡

 

2005「岡本光平の世界展」
〜シルクロードから空海まで、漢字をめぐる旅のかたち〜 in 仙台・フジサキ

シルクロードとは「絹の道」のことですが、仏教を伝えた道のことでもあります。
敦煌莫高窟の世界的に有名な仏教壁画にはインド、ペルシャ、ギリシャの神々をはじめ中国の神話も一緒に描かれています。仏教を伝えた漢字も、これらの東西文明の対立ではなく、融合した影響を受けたのでした。
シルクロードに花開いた人間の壮大な営みを思い、制作した作品群に少しでも広大無辺の沙漠とオアシスの光と風を感じていただけたらと思います。

 

 

 

2006「シルクロードをゆく」 in 仙台・フジサキ

敦煌、ウルムチ、トルファン、クチャ、カシュガル、ホータン、ニヤとタクラマカン沙漠を周回するシルクロードのオアシスを2年がかりで巡りながら、その印象を自作の漢詩で書表現してみました。
さらにペトログラフ(岩刻画)との出合いから生れた墨で描く動物絵は、今年の旅の収穫。シルクロードの中でも草原の道に沿ってアムールからスカンジナビアまで分布する、1万2000年〜5000年前に人類が描いた《大自然への祈りのかたち》ぺトログラフを初公開しました。

 

 

 

2007「岡本光平展」 沙漠から草原へ 
in 表参道・アートスペース リビーナ


「碧海澄明」軸 部分

ロシア・アムール川(黒龍江)流域からバイカル湖へ。そして中国、モンゴル、ロシア、カザフスタン国境にまたがるアルタイ山脈の麓に岩画(ペトログラフ)の聖地を求め、さらにシルクロード(天山南路)の鳩摩羅什の生地である古代亀茲国(クチャ)のスバシ故城を再び訪ねた2年の軌跡を50点の書として発表。

 

 

 

2008年「書の"かたち"Paris & New York」 in フジサキ

東洋の書は今、欧米から熱い視線を集めています。墨のモノトーンの美しさと、宇宙を宿す線の芸術は、国境や人種を越えて高い評価を受けています。
パリからニューヨークへと、東西文化の融合をめざした《光平》の新しい書の試みをご披露します。 (作品左)慈善巨悪 富裕貧困 権利義務 民族坩堝 差別寛容 民主自由 生死混沌 (作品右)『鬼』鬼とは隠「おに」であり、隠れた精神の実体、現世の守護世界。

 

 

 

2009「日月同天」〜ユーラシア"世界遺産"を書にする〜 in 名古屋・丸栄


「馬」173×117cm

中央アジアやフランスの古代遺跡、中国シルクロード、韓国、日本の東大寺お水取りなど、ユーラシア大陸の東西を2年にわたり取材した「岡本光平版」書の"街道をゆく"として、グローバルな書アートの「かたち」に挑戦した情熱の軌跡の数々をお楽しみください。 (世界遺産名:モン・サン・ミシェル(フランス)、中国の平遥古城、シルクロードの敦煌、はじめ新疆ウイグル自治区のベゼクリク千仏洞などの石窟寺院遺跡、東大寺、韓国盤亀台岩画遺跡など。
その他世界遺産ではありませんがバイカル湖やアムール河の各遺跡からニューヨークまでをテーマにしています。) 『馬』遊牧文化のシンボルは馬であり、今も草原の国では車より馬が重宝されています。騎馬民族はユーラシア大陸を東奔西走しました。

 

 

 

2009「平城遷都1300年記念 岡本光平書展」
〜タクラマカン沙漠から東大寺へ〜 in  大阪・阪急


熱砂のタクラマカン沙漠を横断し、敦煌、ウルムチ、クチャ、カシュガル、ホータンなど古代に栄えたオアシスの町を訪ね、日本仏教の父母ともいえる鳩摩羅什や玄奘三蔵の足跡を参拝し、また時には万年雪をいただく天山山脈を越えて遊牧騎馬民族の故郷アルタイの地を足掛け3年かけて歩き、あらためて奈良・東大寺に参拝しました。
日本文化の原点と心を、書で表現いたしました。

 

 

 

2009「岡本光平展 in 浅草」
〜20年前の今〜  in 浅草・孔雀堂画廊

思えば書のフリーランス作家として1988年のソウル初個展にはじまりはや22年目を迎えました。近年初めの頃の作品をご覧になりたいというお声もいただいており、今回展は1990年前後のフリー初期作品を中心に展覧することにいたしました。
未発表も含めた文字作品、抽象作品、和紙造形作品とバラエティーに富んだ岡本光平40歳代の軌跡をお楽しみください。

 

 

二十年前の今 岡本光平

 1988年の夏、ソウルはオリンピックを目前に控えて空前の活気 に溢れていました。今から22年前のことです。  当時39歳の私は、書道団体を飛び出し、フリーランスの作家 としてソウルで初個展を開くために掛軸だけで70点、総重量150? の作品を持ち込んでいました。
 そこに至る経緯は紆余曲折でしたが、30歳で京都から上京し 、有力団体の構成員として生活苦のなかで懸命に浮上しようと していました。
 しかし、所詮はカオ、コネ、カネと出世主義の 実態をみるにつけ限界を感じ、嫌気がさして36歳で脱退してし まったのです。勇気があったわけではなく、将来の展望があっ たわけでもなく、敵前逃亡に近い脱藩浪士でした。  

 しかし書が嫌いになったわけではありませんから、黙々と独 りでそれまでの団体スタイルの書とは打って変わった表現を模 索し始めました。大作は道路をアトリエにし、そして小さな学 生アパートの一室を借りての制作は手探りの悪戦苦闘でした。
 が、やがて大作が書ける20坪の貸事務所を格安で提供してくだ さる救いの神のような方が現れ、個展で自分の作品を直接世に 問う助走に入ることができたのでした。
 ところが貧乏のさ中ですから、材料道具を充分に仕入れる金も なく、ましてや表装を発注する金どころか、格安のアトリエ代 すら払える見込みは一切なかったのです。逆立ちしても鼻血も でないような状況でしたが、たぎるような思いが書道具屋や表 具屋の社長にオール借金の直談判をさせてしまったのです。
 も ちろん物価が安かった韓国で作品が売れることはあり得ず、日 本でも「蠅」とか「腐」などの字を書いた作品が売れるわけで もありません。その後も借金を重ねるほどに図々しく当たり前 のような顔をして店に足を運んでいました。  
 なぜソウルだったのか。その頃、日本の若手アーチストたち の顔はアメリカにしか向いていませんでした。確かに現代美術 はアメリカから発信されましたが、80年代は東京の頭上を越え てむしろソウルで沸騰していたのでした。NYなどはすでに祭の あとだったようです。  
 古代の朝鮮文化と日本文化を研究するために1983年頃から韓 国に行き始めていた私は、ソウルの現代美術の熱気を感じるに 及んで、自分の初個展は東京でもNYでもなくソウルでと思って いたのでした。
 そうして雌伏3年の後に乗り込んだ1988年の150? 作品だったのです。それらは古代から現代に通貫する朝鮮文化 に対する私の熱い思いを題材にしたものでした。  いよいよソウルで個展をやることとなったものの、1988年の 私には海外展のノウハウもなく、いきなり150点の作品を成田に 持ち込んだために税関でストップをかけられ、金浦空港でも簡 単には入れてもらえずソウルの友人知人の助けを借りて無事に 仁寺洞にある耕仁美術館へ運び入れました。  
 団体脱退後「岡本は筆を折った」と、つまり書を捨てたと言 われていたようです。
 書家が団体を離れて生きていけるわけが ないと思われていたのでした。団体に所属していても弟子を抱 え、同時に高校教師か、あわよくば大学教授の椅子を手に入れ ることが一番の出世の目標と考えるしか書家のライフスタイル はないと考えているのです。
 つまりはどこまでもレッスンプロ でトーナメントプロではないのです。  
 確かに私は食えませんでしたし、当時は作品が売れる見込み はないものの、絵描きが絵を売って食べているなら字書きは書 を売って食べるのが本道ではないか、少なくともその気概があ ってもよかろうと思ったのです。
若さです。若かったから無謀 を無謀とも思わず猛進できたのでした。
 いざ個展のフタを開けてみると、戦後単身、ソウルで個展を するというのは私が初めてだったようで、KBS(韓国のNHK)テ レビが夕方のゴールデンタイムに大きく紹介してくれました。 おかげで翌日から会場は思いがけない大盛況となったのです。
 その噂を聞きつけて訪れた日本大使館の方から、“翌年は大使 館主催で個展を”という申し入れを受けました。  
 翌1989年の大使館主催の展覧会は、あえて日本文化をアピー ルするために、題材には「鶴亀」「七福神」「富士」「桜」な どにし、表装も着物の古布をふんだんにあしらって絢爛かつキ ッチュな作品群を送り出したのでした。加えて鉄板で造った六 曲屏風もあり、総重量400?となったために大使館の方は搬送費 の問題もあって大慌てとなりました。  
 こんな調子で私の作家人生は幕を開けたのでした。すべて運 良く人との出会いに恵まれ、タイミングにも恵まれ、二十年間 生き延びてきました。
 そこでもう一度原点に立ち戻り、今を折り返し地点と心得て 再出発を期すためにデビュー当時の作品をあえて展覧すること にいたしました。懐かしさ、恥ずかしさもある複雑な思いです が、二十年前の失うものもなく、ゼロから出発した無謀で野蛮 な岡本光平を今一度、自覚したいと思います。

 

2009「岡本光平展 東光宿神」
2009年10月13日(火)〜18日(日) in 表参道アートスペース リビーナ

 この春は。昨年に続き1200年以上もの間一度も途絶えることのなかった   東大寺修二会(しゅにえ・お水取り)を参拝し、くり広げられた火と水の秘儀   に感心しました。そして、いちめんの菜の花がどこまでも咲きこぼれる中国内   陸部をひた走り、卯建(ウダツ)が立ち並ぶ古い村々を訪ね歩きました。アジ   アに流れる時間と空間を文字造形に託し、たに”線魂行”の一歩とする   50数点の新作を展覧いたします。

 

 

 

現代書家岡本光平展 「千古巡礼」 
2009年11月13日(金)〜19日(木) in フジサキ

人は昔から旅をします。私も旅をし続けています。
それは、さまざまな意味合いを持つものでしょうが、私はせつないまでに人と自然が営んできたひたむきな時の刻印を訪ねています。千古の時空を超えて、あの世、この世、その世に連なる生命に詣でていたのでした。

 

 

 

岡本光平展「北斗宿神」 in 盛岡・川徳

 

 

 

2010 奈良遷都1300年記念「寧楽青丹」 in 名古屋・丸栄
4月8日(木)〜14日(水)

 「青丹(あおに)よし 寧楽(なら)の都に咲く花は・・・・・・」とうたわれた奈良時代は、日本という国の基礎と文化 ができあがった時代でした。

インターナショナルでダイナミックな栄華の面影は、寺院や仏像、そして東大寺の“お水取り”などに見ることができます。現代とどこか通じる、古くて新しい“寧楽”世界を筆墨に託してみました。

 

 

 


現代書家・岡本光平

 

プロフィール

●おかもとこうへい

1948年愛知県刈谷市生まれ。全国最年少の17歳で毎日書道展に入選。大学から京都で11年間を過ごす。この間独学で古筆、古美術、考古学、民俗学を修める。京都にて真言宗密教学院書道講師、東寺発掘調査員をつとめる。30歳で上京し、36歳で東京の有力書道団体を脱退。以後、韓国、中国、ロシア、沖縄、台湾、インドネシア(バリ、ロンボク、ジャワ、スラウェシ、フローレスの各島)、タイ、カンボジア、ベトナム、ミャンマー、ラオス、ネパール、インドなどアジアをフィールドワークとして自由な制作活動を展開。 1988年ソウル耕仁美術館にて初個展。以後200回を越える企画個展を国内外で開催。

●主な個展、招待展
・ECユーロパリアジャパン展招待作家(ベルギー)
・ライプティヒ国立民族博物館個展(ドイツ)
・ニューヨーク・ハモンド美術館個展(U.S.A)
・エール大学講演、実演会(U.S.A)      
・法然院(京都)   
・野仏庵(京都)   
・旧細川公爵邸(東京)
・金沢市民芸術村(金沢)  
・四国村(香川)

●主な作品所蔵先
・覚城院(香川県)  
・浄光寺(大阪府)
・大善院(東京)   
・長谷寺(鎌倉市)
・静翁寺(神奈川県) 
・一成院(香川県)
・少林寺拳法本部(香川県)
・順正(京都)    
・資生堂アートハウス 
・在韓国日本大使館
・在ハバロフスク日本総領事館  
・エール大学美術館

□テレビ出演多数
・NHKBSプレミアム
「空海 至宝と人生」
・NHKテレビ
「課外授業 ようこそ先輩」
「国宝探訪 空海」
「きよしとこの夜」
・教育テレビ
「新日曜美術館」
「趣味悠々」
「美の壺 筆」
・テレビ東京
「たけしの誰でもピカソ」

□著作
・JR東日本『大人の休日』に「日本の心 書の景色」を2007年5月号から24回連載。

□個展
・東京  表参道・アートスペース リビーナ/東京下井草・五峯
・大阪  阪急百貨店
・名古屋 三越
・仙台 藤崎

・盛岡 川徳
・高松 三越
・博多 大丸
・金沢 めいてつエムザ

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