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| 頭韻 とういん alliteration | |
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『GUNSLINGER GIRL』 Vol.1 相田裕 |
| ――『GUNSLINGER GIRL』1巻表紙 (相田裕/メディアワークス 電撃コミックス) |
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| 頭韻は、2つ以上の単語で、決められた位置の音が同じものをいいます。 そして、ここにいう「決まられた位置」というのは、次の順序によって導きだされたルールによって割り当てられることになります。 …そういうことなのですが。 短くまとめて説明するのは、かなり難しいです。なので、くわしくは下のほうに書いていきます。 |
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| このサイトでは、とりあえず「英語」で「頭韻」をつくるばあいのルールを書いていくことにします。なお、フランス語などでは、それぞれ「頭韻」をつくるための決まりが少しちがいます。その点は、ご注意ください。 | |||||||||
| 効果のほうは、「脚韻」と大きな違いはありません。ですので、くわしい説明は「押韻」のページに書いてあります。くわしいことは、そちらのページをご覧ください。 | |||||||||
| 英語で「頭韻」を作るためには、「アクセント」が重要なキーポイントになります。ですので、まずは単語のどこに「アクセント」がどこにあるのかということを調べます。 | |||||||||
| つぎに。【ステップ1】で見つけた「アクセント」が含まれている「音節」をさがします。これは、つぎの【ステップ3】でチェックする項目が、「音節」を基準になっているからです。なので、【ステップ1】で見つけた「アクセント」を含んでいる「音節」を見つけます。 | |||||||||
| ほとんどのばあい、それぞれの音節では一番はじめに「子音」があります。ですので、その「子音」に注目します。 | |||||||||
| 「頭韻」が完成するのは、同じ子音がくりかえし登場しているときです。なので、「ステップ3」で見つけた「子音」と同じ音が、ほかの単語でも見つかるかどうか検討します。このように検討した結果、同じ「子音」が何度も出てくるのであれば、「頭韻」が成りたっているといえます。 | |||||||||
| 現在のヨーロッパで「押韻」をするばあいには、「脚韻」のほうが多く使われます。そのことが分かるのはたんに「韻を踏む」といったばあいには「脚韻にする」ということを指し示すということからも、見えています。 | |||||||||
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引用は、『GUNSLINGER GIRL』1巻表紙からです。でもって、ここで使われている
『GUNSLINGER GIRL』というタイトルが「頭韻」だというわけです。 念のため。これがホントに「頭韻」なのかどうか、ステップ1から順を追って見ていくことにします。 「GUNSLINGER」と「GIRL」という2つの単語について。それぞれアクセントを調べてみると、 となっています。【ステップ2】から先に進んでいくためには、このことを確かめておいたほうが安全です。 つぎに。【ステップ1】で見つけた「アクセント」は、どの「音節」に含まれているのか。つまり、「アクセント」をもっている「音節」を探す必要があります。探しているときには、「1つの音節には母音が1つだけ」という「音節」のルールがあることを忘れないでおいてください。 すると。 となります。 このように見ていくと。 [GUNSLINGER]のうちアクセントのある[GUN]だけが、「アクセントのある音節」となることわ分かります。反対に言えば、[-SLING]と[-ER]の部分については「頭韻」になるかどうかの判断には影響してこない。そういうことを確かめることができます。 これのステップ3については、迷わずに見つけることができると思います。ようするに、 となります。この「アクセントのある音節のなかで、最初の子音になっているもの」。これが、「頭韻」なのかどうかを左右します。 そういったわけなので。それぞれ見つけ出した「子音」を比べて見てみると、 となります。つまり「頭韻」なのかどうかを判断する子音は、どちらとも/g/です。つまり、「子音が同じもの」になっています。 以上のようなことから、結論として。この[GUNSLINGER GIRL]というフレーズは、「頭韻」に当てはまるということができます。 |
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| ここまで書いてきたことは、すべて「英語」のなかで「頭韻」が成りたつかどうかというものです。それは逆に言うと、「日本語」であっても「頭韻」が成りたつかということには、ふれていないということです。 ですが。「日本語」でも、「英語」と同じように「子音」を見つける「ステップ」が決まっているかというと、そうカンタンにはいきません。 その「カンタンにはいかない」という理由としては、2つのものを指摘することができます。 1つ目は、「アクセント」という用語が同じものではないという点です。 つまり、「英語のアクセント」と「日本語のアクセント」というのは、同じものではないのです。くわしく書くと、「英語のアクセント」というのは、「いきおいよく、強く言う」ところのことをいいます。ですが「日本語のアクセント」というおんは、「高い音を出して言う」ところのことをいうのです。 そういった関係で。同じ「アクセント」という用語を使ったとしても、「英語」と「日本語」とでは違うものなのです。 そのため。この食い違いをどのように処理するかというのが、1つ目の問題点となります。 また。理由の2つ目は、やたらと「日本語の音節」が短い、ということです。たとえば[GUNSLINGER GIRL]という単語は、3つの音節で成りたっています。[GUN]+[SLINGER]+[GIRL]の3つです。 ところが。日本語で「ガンスリンガー ガール」といったばあい。これを音節に分けると、「ガ・ン・ス・リ・ン・ガ・ー・ガ・ー・ル」という10コも音節があることになってしまうのです。 そして、このことと関連して。「日本語」は、「音節の種類」がとても少ないのです。言いかえれば、細かい音節をたくさん積み重ねてことばをつくる、それが「日本語」の特徴なのです。 したがって。このあたりを、うまく説明できる方法を考えないと、日本語での「頭韻」をうまく説明することはできなくなります。 |
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| 上に書いていたとおり。 日本語ということばのなかで、「頭韻」というものはどういったものか。そういったことは、いろんな説が考え出されています。 ですので。いろいろある説のうち、いくつかを紹介しておきます。 まず、日本語には「頭韻」はないとする説。つまり、頭韻がある「英語」のような言語と大きく離れている「日本語」には、そもそも「頭韻」という用語を当てはめることができないとする考えかたもあります。 ですがこの説には、このサイトでは採用しません。 たしかに厳密に考えれば、「日本語」では「頭韻」を作ることができないとするのは理解できるものです。けれども、あっさりと「日本語には頭韻はない」としてしまうのは、かなり消極的な、保守的なものだと言わざるをえないからです。 つぎに、2番目の説では。 「頭韻」だといえるためには。いちばん最初の単語のもっている「音素」が、同じになっていることだけを条件にします。 逆にいえば、「アクセント」については考えに入れないということです。「アクセントがあるかどうか」という点を、「日本語」では無視するという考えかたです。 このような考えかたをする理由。それは、つぎのようなものです。 どうして、日本語では「頭韻」がカンタンに作れないのか。それは、ヨーロッパの言語では考えることのできる「頭韻」が、日本語にはピッタリ当てはまらないからだ。それではなぜ、ヨーロッパの言語にある「頭韻」が、日本語ではシックリこないか。それは、「アクセント」の置きかたが、まったく違うからだ。 ヨーロッパの言語にあるはずの「頭韻」が、日本語にはストレートに当てはまらない原因。つまりトラブルを起こしているのは、「アクセント」という部分にある。 じゃあ。 「頭韻」を考えるときには、「アクセント」については無視しよう。日本語で「頭韻」というものを考えようとするときに、トラブルを起こしているのは「アクセント」だ。それなら、日本語ので「頭韻」をあつかうときには、「アクセント」にかんしては条件からハズしておこう。 そういったわけで。 日本語は、さいしょの「音素」がそろっていれば「頭韻」になる。これは、そのような考えかたです。 ろっているかどうかをある「アクセントがあるかどうか」という点を、「日本語」では無視するという考えかたです。
この説で考えると、例えば、 「スカッとさわやかコカコーラ」のような広告は「頭韻」ということができます。 それぞれの単語がもっている、一番最初の音が、 スカッと さわやか ←S音の反復といったふうに。そこには、2つの「頭韻」を見つけることができます。 ですが。 この説を日本語に当てはまると。大きな問題が1つ出てきます。それは、 あんまり目立たないので、「頭韻」だと気がついてもらえるかが難しいという点です。なんでかというと、日本語には「子音」の種類が少ないのです。そのため、「最初の子音が、たまたま偶然に同じだった」ということが、十分にありえることなのです。 ですので。この説を選んだばあいには、かなり多くの「子音」をそろえることが必要となってきます。たとえば、 ひさかたの ひかりのどけき はるの日にという和歌のように、しつこいほど同じ「子音」を出してくる必要があります。この和歌では、子音/h/が4回も反復しています。これくらい反復してくれないと、「頭韻」と受けとるのは難しいものがあります。
いろいろ調べてみた中では、この説がいちばん受け入れられていると思います。 つまり、 さいしょの[子音+母音]が同じならば、「頭韻」だといえるとする考えかたをするものです。言語学のほうでは、この[子音+母音]のことを「モーラ(拍)」と呼んだりします。ですので、いいかえれば さいしょの「モーラ(拍)」が同じならば、「頭韻」だといえるということになります。 「頭韻」については、この説明をする本がいちばん多いといえます。 でも。 どうして多くの本で、この「さいしょのモーラ(拍)が同じならば、頭韻といえる」と解説する本がおおいのか。その理由は、 「モーラ(拍)が同じ」ならば、「ひらがな・カタカナで書いたばあいに同じ文字が来る」という原則を、「日本語」が持っているからです。このことを根拠とする書物は、かなりたくさん見つかりました。 この説を支持すると、「頭韻」がといえるもの。その例としては、 なせばなる なさねばならぬ なにごとも ならぬはひとの なさぬなりけりといたものがあげられます。「ひらがな」で書けば「先頭に同じ文字が、くり返し出てくる」ということが分かります。 なお。 このように、「同じ文字が来るから」という理由を、あまり大きく見ない立場もあります。 「モーラ(拍)」が一致するというところに、「音の一致」を感じとる。そうやって感じとった「音の一致」というものが、「頭韻」を生みだす。このような考えかたもあります。 たしかに日本語の「頭韻」では、「文字」が一致する。でも「文字」が一致するというのは、あくまで、「モーラ(拍)」が同じときには「文字」も同じになるという、日本語の「文字」のしくみがあったからにすぎない。 つまり、 なのであって、 というわけではない。 そういうことです。 この考えかたにそえば。 日本語で、「頭韻」を考えるときに、そのいちばん根っこにくるのは「モーラ(拍)」だということになります。このように、日本語の音に対する感覚から「頭韻」の本質を考えていくことも大いに考えることができます。 こちらの考えかたについては、『ネーミングの言語学―ハリー・ポッターからドラゴンボールまで―〈開拓社 言語・文化選書8〉』(窪薗晴夫/開拓社)が、とても参考になります。 |
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| 頭韻・頭韻法 | |||||
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| 音喩、継起的音喩、韻文、押韻、脚韻、音数律、畳句法、畳語法、隔語句反復、復言法、畳音法、同音集中、反復法、回文、 |
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| この本は、「英語」での「頭韻」について、くわしく説明されている本です。ただし、「日本語」での「頭韻」については書かれていません。また例文が英文(シェイクスピア)のものです。なので、私(サイト作成者)は読んでいくのに時間がかかりました。この本がオススメなのかどうかは、読む人がどれくらい英語力をもっているのかによって左右されると思います。 | |||
| この本については、上のほうでもふれましたが。日本語のばあい、どのような条件が満たされていれば「頭韻」と思うようなことばになるか。そういったことを、音声学のほうから書かれているのが、この本です。一般向けに書かれている本なので、言語学とか音声学なんかほとんど知らない人でも、予備的な知識なしに読むことができるようになっています。 同じ著者の本で、『語形成と音韻構造〈日英語対照研究シリーズ(3)〉』(窪薗晴夫[著]、柴谷方良・西光義弘・影山太郎[編]/くろしお出版)などもあります。ですが、こちらなどは学術書の色合いが強いので、ちょっとレベルが高いように思います。 |
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| ちなみに 「GUNSLINGER」という単語。みなさん、この単語の意味を知っているでしょうか? GUNSLINGER [名](銃器所持の)殺し屋だそうです。私は、あまり英語が得意でないので、この単語を辞書で引いて調べてしまいましたよ。 それはともかく。 ヘンリエッタ萌え~。 |
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