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| 連辞省略 れんじしょうりゃく asyndeton | |
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会いたい さみしい オレはここにいる かなしい つらい 苦しい さみしい 一緒に何かしたい 会いたい かなしい 怖い あきらめろ ふり返るな 聞いてくれよ 頼むよ 誰か見てくれよ もういやだ もっと喋りたかった 気がおかしくなりそうだ もういやだ |
| ――『サトラレ』2巻160ページ (佐藤マコト/講談社 イブニングKC) |
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《定義》 連辞省略は、接続詞を省略するレトリックです。 つまり、「そして」「なので」「だが」…といった接続詞を用いないで、ただ、文をを並べるだけというレトリックです。 「要語省略」は、単語と単語の間の言葉の省略でした。しかし「連辞省略」では、もう少し大きなスケールである文と文との間の接続詞を省略することになります。 この「連辞省略」は、「連結辞省略」「接続詞省略」「接続語省略」と呼ばれることもあります。 なお、この「連辞省略」の反対の「レトリック」に、「連辞畳用」というものがあります。これは、逆に接続詞を必要以上に使うことをいいます。 《例文を見る》 で、引用は『サトラレ』2巻から。 「サトラレ」――それは、日に出さなくても、自分の考えていることがまわりの人たちに「悟られ」てしまう、不思議な能力の持ち主のコト。 そして、主人公の「片桐」の娘は、この「サトラレ」だった。 この世界では、「サトラレ」に「サトラレ」だと気がつくことのないようにするのが法律で決まっている。だから、片桐の娘が「サトラレ」であることも、本人には知らせていない。 だが、彼女はもう18歳。片桐は、娘に「本人がサトラレであることを知らせたい」と思うようになる。 そのことは、確かに違法行為になっている。そして、社会も「本人がサトラレであることを気がつかせない」ために、さまざまな手段をとっている。だがやはり片桐は、娘に知らせたいと思う。 そこで。 片桐の知人の「白木」という男のもとへ行く。彼もまた「サトラレ」で、そのことをはばかって無人島での生活をしている。 そんななかで話をしているうちに、「白木」の心から出てくる、「サトラレ」に特有の「心の声」が聞こえてくる。それが引用のシーンです。 とにかく、接続詞がないのです。文がバラバラと置かれているだけ。それぞれの「心の声」がどのような関係にあるのか知らせるための、接続詞がない。なので、この部分を「連辞省略」と考えます。 《レトリックを深く知る》 【1.日本語では「連辞省略」を無意識に使っている】 『レトリック辞典』(野内良三/国書刊行会)によると。この「連辞省略」は「日本語ではあまり問題とならない」としています。 特に日本語の会話のなかでは、無意識のうちに接続詞を省略しているという場合が多くあります。そのようなものまで「連辞省略」とすることには、少なからず無理があります。それは、なんらかの効果をねらったものでないのだから、レトリックとは考えにくいものです。 ですが、意図的に「連辞省略」をすることが全くないとは言えません。 1つ目は、話のスピードを速くするためです。 つまり、何度も接続詞をつかうと、かったるい文ができあがる。それはもちろん、論文のようなシッカリとした書きものには必要なことです。けれども、日ごろの会話やメールのやりとりにまで、いちいち接続詞を使うことはありまません。それはつまり、スムーズなかたちの文章に仕上げるためです。そこには、「連辞省略」をする効果があります。 2つ目は、「事態が緊張している」ことを示すことです。 つまり、文と文とのあいだに接続詞をはさむ余裕がない。それほど、表現をしている登場人物の心が危機迫っていて、あわてている。そのような様子をあらわすことができます。 |
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| 関連項目→省略法、語頭音消失、語尾音消失、語中音消失、要語省略、主辞内顕 | |
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