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| 過大誇張法 かだいこちょうほう auxesis | |||||||||||||||
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| ――『R.O.D―READ OR DREAM―』1巻10ページ (倉田英之・綾永らん・スタジオオルフェ・アニプレックス /集英社 ヤングジャンップ・コミックス・ウルトラ) |
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《定義》 過大誇張法とは、ものごとを極端に拡大して大きく表現するレトリックです。 つまり、事実や認識を大きい方向に誇張する「誇張法」の一種です。言いかえれば、「前向き」もしくは「上向き」に増加させてあらわす誇張法です。 この「過大誇張法」は、まれに「拡張叙法」とも呼ばれます。 「過大誇張法」には、「白髪三千丈」とか「一日千秋の思い」のように、定式化した表現もみられます。 《例文を見る》 引用は『R.O.D―READ OR DREAM―』1巻から。 ここは香港。とある三姉妹が「紙姉妹探偵社」という仕事をしている。 長女のミシェールが言うところによると、 捜索・修復とのこと。つまり、「本」に関わりのある全てのことが、この「紙姉妹探偵社」の仕事というわけです。 で、そのメンバーを紹介していく中で、次女のマギーのことにふれる。それが引用のシーンです。 たしかに、頭に鳥がとまっても、無反応。本に熱中しています。ですが、それを理由に、 隣りで核戦争がというのは、ありえません。「鈍い」ということを強調するために、「隣で核戦争が起きても」というのは、おおげさです。 ですが、「鈍い」とか「本に熱中すると周りで何起きても気づかない」ということを強調して、「隣で核戦争が起きても」と言っているわけです。なので、これは「過大誇張法」にあたります。 《レトリックを深く知る》 【1.「のび太」の涙は「過大誇張法」だけれど…】 「このサイトの詳しい説明」の「1.」でも書いたように、『ドラえもん』に出てくる「のび太」の「涙」は「過大誇張法」です。いくら大泣きしても、ドラえもんが流れるほどの涙は出ません。 ですが、このサイトでは、そういった「イラスト」の部分での「レトリック」については扱いません。これは、そこにまでは手が及ばない、というサイト作成者の限界によるものです。 【2.「過大誇張法」と「過小誇張法」との区別】 「隣で核戦争が起きても」というのは、どちらかといえば「過大誇張法」になじみやすいものです。しかし、「過大誇張法」なのか「過小誇張法」なのか、区別ができない例も多くあります。 つまり、世の中には「大きい」と「小さい」という尺度では表せないものもあります。そのため、この「過大誇張法」と「過小誇張法」とは、原理的には同じものといえます。 また実際には、「過小誇張法」が使われることは少なく、圧倒的に「過大誇張法」のほうが多く登場します。 【3.「無理誇張」について】 ところで。 「無理誇張(adynaton)」というレトリック用語があります。だけれども私(サイト作成者)には、ほかの「誇張法」との違いがよくわからなくて、困っています。 ようするに「無理誇張」は、不可能なことを引き合いに出してきて、あり得ないということを強調する表現です。 この「無理誇張」が別名impossibileと呼ばれるのもそのためです。なお、この別名はラテン語なので、けっしてimpossibleをタイプミスしたものではありません。 話をもとに戻して。 「あり得ないことを引き合いに出して」っていうところに、ひっかかりを感じるのです。だって、ほかの「過大誇張法」だって「過小誇張法」だって、「あり得ないことを引き合いに出して」いる。 まあ、必ずしも「あり得ない」ものでなければならないという決まりはないかもしれない。でも実際のところ「誇張法」には、「あり得ない」ものが例に出されるのです。 ありがたいことに、引用した『R.O.D―READ OR DREAM―』の文章で、アニタが証言しています。 隣りでというアニタの言ったセリフ。 そうなのです。「隣で核戦争が起きること」は、ちっともリアルでないのです。それこそ「あり得ない」ことなのです。そして、「あり得ない」ことだからこそ「過大誇張法」としてのレトリックになっていると思うのです。 というわけで、私(サイト作成者)は「無理誇張」というレトリック用語が、いまいち把握できかねます。 なお。 念のため書いておきますが、adynatonというレトリック用語は、それほどマイナーなものではありません。「Wikipedia」にも載っている、ふつうのレトリック用語です。 * …と、書いてみた。 そのあと、『文学修辞学』(H・ラウスベルク[著]、萬澤正美[訳]/東京都立大学出版会)という本に、「無理誇張」について少し解説がありました。なので、ちょっと書きくわえます。 どうも、この本によると「無理誇張」というのは、 「誇張法」というよりは、むしろ「迂言法」に近いものとのことです。 つまり、不可能であることを「回りくどく」伝える。この「回りくどく」というところが、この「無理誇張」のポイントのようです。 もちろん、最終的には「無理だよ!」というメッセージが到達させるのが目的のものです。それは、たしかです。ですが、そのための手段こそが「無理誇張」の特徴のようです。 つまり、「回りくどく」というか。もしくは、「ワザワザほのめかして」といいうか。とにかく、直接ストレートに言わないで伝えるという「迂言法」のもっている性質こそが、「無理誇張」の注目しているポイントのようです。 (※注:この本では「adynaton」のことを、「無理誇張」ではなく、「あり得ないことの迂言法」と呼んでいます。114ページ。) |
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| 関連項目→誇張法、過小誇張法、無理誇張、過精密、誇大語調、緩叙法(広義の)、虚言、極言、印象強調、過小言辞、類義区別、感嘆法 | |||||||||||||||
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