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| カットバック かっとばっく cutback | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ――『3月のライオン』1巻111~112ページ (羽海野チカ/白泉社 JETS COMICS) |
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| カットバックは、2つ以上のシーンを交互に描いて展開するレトリックです。 |
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| 「カットバック」の定義については、使うヒトによって分かれているところがあります。そのことについては、下にある【レトリックを深く知る】に書いておきました。 | |||||
| 2つ(かそれ以上の)シーンが、お互いに並び立つ関係であること示したいとき。「カットバック」を使うことによって、読み手(受け手)がハッキリ分かるかたちで伝えることができます。また使いかたによっては、それぞれが対立し合っていることをあらわすこともできます(たとえば、逃げている人と追いかけている人とを交互に描いたりするばあい)。 | |||||
| とくに、短い時間で何度もシーンを入れかえたりするときには。緊張感のある、手に汗をにぎるような状況を作りだすことができます。 | |||||
| 緊迫したシーンを作りだすということ。それは同時に、ショッキングで衝撃的な場面を生みだすことにもつながります。 | |||||
| 「カットバック」を利用することによって、より強く臨場感を与えることができます。つまり、読み手(受け手)が作品のなかにある世界に、実際に立ち合っているような感じを演出することができます。 | |||||
| 「カットバック」は、2つ以上の異なる視点から描かれたシーンを用意するところから始まります。いちばんスタンダードな「カットバック」では、別の場所で別個に起こっている事象をあらわしたシーンが使われます。ですが、同じ時間の同じ対象を別の切り口から写しとったものでもかまいません。 | |||||
| 「カットバック」のポイントは、この「シーンを交互に入れかえる」というところにあります。1回だけシーンが切りかわっただけであれば、それは単なる場面転換です。そうではなくて、たたみかけるように場面が入り乱れるところがツボです。 | |||||
| 同じ時間に、いくつもの場所で進んでいるできごと。それは、ふつうは一度に表現することはできません。なぜなら基本的にはストーリーというものは、1つの視点から時間の流れに沿って描かれるものだからです。ですが「カットバック」を使えば、そのような同時進行で起こっているイベントを描くことになります。 | |||||
| 人間は、時間を行ったり来たりはできません。ですので、違う時間帯に起こったものごとを交互に見ることはありません。また、遠く離れた場所から一瞬で移動したりもしません。そのため、はるかな距離のある2つの場所のこのごとを交互に見ることもありません。しかしながら「カットバック」というのは、そういった時間や空間といったものを一瞬で移動させ、くり返し変化させるものです。そのため読み手(受け手)は「カットバック」が使われた場面を読む(見る)と、落ち着かない感覚をもってしまうことがあります。 | |||||
| 「カットバック」というのは、映画用語として生まれたものです。ですので映画やドラマを作る上では、比較的カンタンに使うことができます。けれどもコミックでは、カベが1つあります。それは、「次のコマに進むということは、時間が進んだことを示すという『暗黙の了解』がある」という点です。同じ時間帯に存在する2つの場面を交互に描くと、同じ時間帯をあらわすコマが2つできてしまいます。つまり、「カットバック」を使うということは、『暗黙の了解』に反していることになるのです。ですので、「カットバック」を使うのは最小限にとどめるべきだといえます。 | |||||
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| このページの、いちばんはじめにある画像。これは、『3月のライオン』1巻からの引用です。 主人公は、桐山零(きりやまれい)。17歳。職業:将棋のプロ棋士。東京の、とある下町に住んでいる。 そして、この引用のシーンに登場している、もう1人。彼女の名前は、川本ひなた(あだなは「ひな」)。零(れい)の家からほど近い下町の一角で、姉(あかり)・妹(モモ)といっしょに暮らしている。ひなたが、3人姉妹のまん中。 零(れい)は、幼いときに交通事故で家族を失った。そのため、亡くなった父の友人で、棋士をしている男性のもとに引き取られることになった。 そして、ひなた三姉妹のほうは。彼女たちも、母親を亡くしていた。ひなたたちの祖父母が付き添いつつも、長女のあかりが仕事や家事を切り盛りしていた(父親も見当たらないけど、どうしていないのかはハッキリしない)。 そんな零(れい)と、ひなた三姉妹が、とある理由で知りあいます。ひなたたちの家で、零(れい)が食事をとるのはもちろんのこと、零(れい)がモモの保育園に迎えに行ったりすることもあります。 そんななかで、お盆の日。お盆には亡くなった人が帰ってくる、という話を聞いたひなた。亡くなった母のことを思い出して、ひとりで隠れて泣いていた。そんな泣いているひなたの姿を見つけた、零(れい)。そこが、引用したシーンです。 ここでは、1つのシーンが3タイプの視点から描かれています。 まず第1は、そのシーンでセリフとして語られているもの。つまり、ふきだしになっている(地の文ではない)ものです。上のテキスト部分には、【黒色】で書いておきました。ここでは、泣いているひなたと、それ励ましている零(れい)との会話を描きうつしています。 次に、そのシーンで零(れい)が思っていること。零(れい)のモノローグ、ということもできます。テキストでは【緑色】で書きあらわしてあるものです。内容としては、零(れい)が親のことを考えているものとなっています。親を亡くしたことを「泣くことのできる」ひなたと、それにたいして親を亡くしたことを「泣くことのできない」零(れい)。そのようなコントラスト(違い)を、うつしだしています。 最後に、そのシーンの光景それ自体をスケッチしているもの。テキストでは【青色】で書きました。ひなたが泣いている。そして零(れい)は、泣いていない。そのように書かれています。たしかに、それ自体は見たままです。客観的、といえるかもしれません。この部分は、ほかの【黒色】や【緑色】で書きあらわされた内容と重なり合って、深い意味をもってくるようになります。 そういったわけで。 ひなたと零(れい)とでつくられた1コマを、3つの角度から切り取っていることになります。ですので、「カットバック」の例ということができます。 |
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| 2つ目の引用は、「『彼』の跡」から。 この例で見ることのできる、「カットバック」。これは、1つ目の例と似たものです。
主人公は、日菜子という女の子。「ヒナコ」ってあだなで呼ばれたりします(個人的には、カタカナにしただけではないかという疑問があるけど)。 彼女は、初めて告白される。しかしその恋は、2週間で消滅してしまう。 そこに丹野という、バスケ部の男の子が登場。だんだんヒナコは、彼のことが気になり出す。 そのことを自覚するようになったのが、引用のシーン。 見てのとおり、2つのシーンが交互に描かれています。 ひとつは、丹野と会話しているコマ(【青色】の部分)。もうひとつは、「ヒナコ」が自分の心を自覚したことを語っているモノローグのコマ(【黒色】の部分)です。 |
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| 3つ目の引用は、『07-GHOST』1巻から。 この最後の例については、上に書いた2つとは少し違いがあります。
主人公は、テイト。そしてミカゲは、テイトの大親友。2人は士官候補生として、バルスブルグ帝国にある軍の士官学校にいた。 しかしある日、失っていた幼い頃の記憶を取りもどす。その記憶というのは「テイトが、バルスブルグ帝国の敵国として滅ぼされたラグス王国の、王の息子だ」というのもの。 そんなことからテイトは、ラグスブルグ帝国の士官学校から逃げだそうとする。その結果、脱出そのものは成功した。けれどもテイトの逃走を手助けしたミカゲは、帝国軍につかまってしまう。 で。帝国軍のアヤナミ参謀はミカゲに、次のようにいう。「家族を殺されたくなければ、テイトを帝国軍に連れて返すように」と。そして、家族とテイトのいずれも帝国軍に引き渡さないときには、ミカゲ自身が死ぬように印をほどこす。 その上で、ひそんで暮らしているテイトのもとへやってきたミカゲ。だけれどもミカゲは、アヤナミに意識を乗っ取られつつあった。 それが、引用したシーンです。 【黒色】になっている部分は、テイトのセリフです。なので、この部分は置いておくとして。 まず【緑色】について。これは、ミカゲがテイトに向かって実際に語りかけたものです。テイトの親友として、友情に満ちあふれてた言葉で訴えかけています。 ですが。 その一方で、【青色】のミカゲ。これは、ミカゲの口からは語られていない、心の内側です。テイトのために犠牲になろうと決めても、それでも死ぬことは怖い。自分(ミカゲ)がいなくなったあとの家族のことも、気がかりが残る。そんな、口でしゃべったセリフにはあらわれていない揺らぎや迷いが、垣間見られます。 さて。さいごの【赤色】について。これは、ほとんどミカゲの意識を取りこみつつある、アヤナミの声になります。ミカゲを通して告げられている命令が、ここにはあらわれています。 |
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| 「カットバック」と「フラッシュバック」。この2つの用語はどちらも、異なる場面を交互に入れかえて表現するという意味で使われています。 そこで、この「カットバック」と「フラッシュバック」という2つの用語を、どのように区別するのかが問題となってきます。そして、どのように区別するかの考えかたについては、大きく2パターンに分けることができます。 ですので。 これから先に、その2つのパターンを両方とも書いておきます。 と、その前にここで。 分かりにくいので、2つのパターンそれぞれにニックネームをつけておきます。1つは、『広辞苑』タイプ。もう1つは、『大辞林』『大辞泉』タイプ。このページでは、そのように呼んでいくことにします。 |
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| まず最初に、『広辞苑』タイプ。名前から分かるように、『広辞苑』(岩波書店)に載っている定義のしかたです。 その定義とは、どんなものか。それを並べて書くと、下のようになります。 「カットバック」・・・それまでとは異なる場面を交互に差し込むものこの定義にしたがったばあい。 「フラッシュバック」は、昔のことを思いかえしたり回想したりするときに用いられるものだといえます。 |
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| 〔補記:『広辞苑』(第五版)の記載〕 | ||||
| 【カットバック】映画で、二つの場面を交互に挿入して劇的効果を高める技法。切返し。 【フラッシュバック】カット‐バックの一種。映画で、物語の進行中に過去の出来事を挿入すること。回想を表現するための技法。 |
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| つぎに、『大辞林』『大辞泉』タイプ。こちらも、そのネーミングのとおり『大辞林』(三省堂)と『大辞泉』(小学館)に掲載されているものです。 で、こちらの定義はどんなものかというと。 「カットバック」・・・それまでとは異なる場面を交互に差し込むものといったぐあいで。 こちらのタイプは、差し込まれることになるシーンが長いかどうかで見わけています。短い間隔で、目まぐるしく場面が入れかわるようであれば、「フラッシュバック」。そうでなければ、「カットバック」となります。 ですので、この考えかたによれば。 過去に起こったカットがあったとしても、それは「フラッシュバック」とは限りません。 |
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| 〔補記1:『大辞林』(第三版)の記載〕 | ||||
| 【カットバック】(1)映画で、二つ以上の場面を、長さを変えながら交互に見せて緊張感を高めたりする編集技法。 【フラッシュバック】(2)映画・テレビなどの編集技法の一。ごく短いショットを複数つなぐこと。驚きや衝撃などの心理表現などに使用する。フラッシュ-カット。 |
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| 〔補記2:『大辞泉』(増補・新装版)の記載〕 | ||||
| 【カットバック】(2)映画・テレビで、ある場面と別の場面、またはもとの場面とを交互に転換する手法。切り返し。 【フラッシュバック】(1)映画・テレビで、瞬間的な画面転換を繰り返す手法。登場人物の激しい心理や緊張した場面などを表現する。 |
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| あまり、見かける説明ではないのですが。 もう1つ、『ウィキペディア』タイプ、とでも呼ぶべき考えかたもあります。お察しのとおり、 [ウィキペディアにある「クロスカッティング」の項目]でされている解説のタイプです。 『ウィキペディア』のほかでは。『プログレッシブ英和中辞典』(小学館)でされている説明が、このタイプに近いといえます。ただ『プログレッシブ英和中辞典』は、『広辞苑』タイプも説明に取りいれています。ですので、純粋な『ウィキペディア』タイプの説明ではありません。 それはさておき。 これについても、上の2タイプと同じようにリストアップしてみると。 「カットバック」・・・シーンの入れかえが、1往復だけのものとなります。 シーンの切りかえが1回だけなのか、2回以上なのか。そこを重く、見ているわけです。 |
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| 〔補記:『プログレッシブ英和中辞典』(第四版)の記載〕 | ||||
| 【cutback】[名](1)《映》カットバック,切り返し:A画面からB画面に移り,再びもとのA画面に戻ること. 【flashback】[名][U][C](1) フラッシュバック(小説・映画・劇などにおける場面の瞬間的切り返し);回想シーン. |
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| 実は上に書いた3タイプ以外にも、いろんな区分のタイプを見つけ出すことができました。そのため、この「カットバック」のページをまとめるのは、かなり大変でした。 それはともかく。 このサイトは、ようするにどのタイプを採用しているのか、というと。それは、『広辞苑』タイプです。つまり、いちばんはじめに書いたタイプです。 「カットバック」と「フラッシュバック」という用語は、ともに映画で使われていたものです。それが、文字の世界でも使われるようになって現在があるわけです。ですが私(サイト作成者)は、映画についての知識は持ちあわせていません。 それにくらべると。 私(サイト作成者)は、心理学でつかわれる「フラッシュバック」という用語のほうに親しみがあります。そして、心理学での「フラッシュバック」というのは、過去の記憶にかんする用語なのです。 もちろん。 映画や小説などのシナリオ上における、「フラッシュバック」という用語。これは、心理学でいう「フラッシュバック」という用語と、ぴったり一致するものではありません。映画や小説の「フラッシュバック」が、「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」による過去の再体験とか、そういったことに(どんなときも)関係するものではありません。 ですが。 過去にあった出来事をあらわすという意味で。心理学用語としての「フラッシュバック」というものを、シナリオ作成上の「フラッシュバック」という用語に反映させたいと考えている次第です。 |
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| カットバック | ||||
| 切り返し | ||||
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| もちろん、サッカーやアメフトの「カットバック」を説明しようとしているのではありません。あくまでここで説明しているのは、「レトリック」としての「カットバック」です。 | |||
| もちろん、サーフィンのものでもありません。 | |||
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| フラッシュバック、挿入句、挿入法、挿入節、脱線法、先後倒叙、語順操作、倒置法、転置法 | |||
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| この本がいう「クロスカッティング」というもの。これは、本サイトが「カットバック」という名前で説明しているものとほとんど同じです。おもに「小説」での「クロスカッティング(≒カットバック)」について丁寧な説明がされています。 | |||
| 漫画の脚本をつくる上での「カットバック」(とくに時系列の狂うもの)について、切り込まれて論じられているのが特徴です。小説における「カットバック」についても書かれています。 | |||
| これは、若い人(こども)向けに作られた本です。なので、やさしい言葉で書かれています。また、上の2冊とは違って、典型的なレトリック用語についても少しふれています。 | |||
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| この「カットバック」という用語。 もともとは、映像メディア(映画やテレビなど)で用いられるものです。はじめは映画を撮るときのテクニックとして使っていたものが、シナリオ(脚本)をつくるときにも用いられるようになった。そしてさらには、小説などの文字を中心としたジャンルにも広がっていったわけです。 ですので。 「カットバック」という用語は、つくられてから日が浅いものです。なにせ映画というものがつくられたのが、19世紀なのです。その映画のなかで使われる「カットバック」という用語が、映画が生まれる前から存在していたはずがありません(演劇では、「カットバック」をすることが絶対にできません。なぜなら、短い時間で舞台を何度も切りかえることができないから)。 さて。レトリックのほうは、どれくらいの歴史があるかというと。 2000年以上、時代をさかのぼることができます。無難なところで、古典レトリックを完成させたアリストテレスを例にとると。アリストテレスは、紀元前4世紀の人です。ざっと、2400年近くも昔の人物です。 ようするに。 アリストテレスが「映画」というものを知らなかった以上、アリストテレスが「カットバック」なんていう用語を知っているはずがない。だから、「カットバック」が伝統的なもともとの修辞学に含まれているわけがない。そういうわけです。 しかし。 ナゼかは分かりませんが、『日本語の文体・レトリック辞典』の一項目として、この「カットバック」が設けられています。 他のレトリック関係の本で「カットバック」についてふれたものは、ほとんど見かけません。「小説の書きかた」みたいな、創作を指南する本には見かけることもありますが。 ですが。 『日本語の文体・レトリック辞典』を主要参考文献としている都合上、この「カットバック」をレトリック用語の1つとして扱うことにします。 |
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| 上のほうで、『07-GHOST』を引用しました。 そこで、【青色】の部分はミカゲの内心を描いたものだとコメントしました。つまり、ミカゲが実際にセリフとして声を口から出したものではない、と書きました。 このことは。引用した画像だけでは、分かりづらいかもしれません。ですが、引用した部分の前や後を含めたストーリーの流れからは、そのように読みとるのが自然となります。 アニメの『07-GHOST』も、【緑色】だけをセリフとして使っていたし。まあもしかしたら【青色】の部分は、ミカゲの表情とか声色とかを作りだすのに活かされたのかもしれません。ですが少なくとも、音声としては表現されていませんでした。 |
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