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| 語中音添加 ごちゅうおんてんか epanorthosis | ||||||||||||||||
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| ――『ひとひら』1巻83~84ページ (桐原いづみ/双葉社 ACTION COMICS) |
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| 愛称語は、相手を呼ぶとき名前に「~ちゃん」をつけたり、名前を短くするものです。呼んだ相手と仲がよかったり、親しいことをあらわします。 | |||||
| 仲がいいこと、親しいことをあらわします。とくに多く使われるのは、家族だったり、友だち同士だったりするときです。 | |||||
| 自分と同じくらいの年齢のばあい。または、自分よりも年下のばあいに使われます。 | |||||
| あだ名を作るために、よく使われます。これは、「親しい」というのに近いものです。 | |||||
| 恋愛関係のばあい。つまり、お互いが愛しあっているばあいに使われます。これも、「親しい」というのに近いものです。 | |||||
| 「~ちゃん」のような「指小辞」といわれるものを、名前につける。 | |||||
| 本名の一部を省略して、短くする。 | |||||
| 名前の一部を短くしたあとで、「~ちゃん」のようなことばをつける。 | |||||
| 「愛称語」で呼んだばあい、相手を見下した言いかたになることがあります。これは、「愛称語」が持っている性質に原因があります。もともと「愛称語」を使う相手は、自分と同じくらい年齢だったり、もしくは自分よりも年下だったりするばあいが、ほとんどです。なので、そのような人間関係でないときに使うと、「愛称語」を使った相手のことを低く見ていると受けとられることがあります。 | |||||
| これは、親しくもないのに「愛称語」を使うことから起こるものです。どういうことかというと、実際には「ある程度の距離がある」人間関係がある。それにもかかわらず「愛称語」を使う。その結果、「自分と相手とが、親しいものである」というキモチを強制することになるのです。それが原因で、実際に裁判になったということまであります。 | |||||
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| このページの、いちばんはじめの画像は、『ひとひら』1巻から。 アニメ放送も終わったことだし、ていねいにストーリーを追って書いてみます。とはいっても、ほんとうにストーリーの最初のところからの引用なのですけれども。 で。 主人公は、麻井麦。 「麦」は、中学を卒業して新入生となる。そして、ひょんなことから「演劇研究会」という活動の入部届にサインをする。 だが。 じつは「麦」は、極度のあがり症。いつもは大丈夫なんだけど、人の目を気にして緊張したとたんに声が出なくなる。「演劇研究会」の入部届にサインしたのも、ほんとうは、 これを書いたらと思っただけ。何人もの「演劇研究会」のメンバーが、みんなで勧誘してくる。だから、その視線がこわくて、ただ逃げるためにサインをしただけ。 とまあ。 「麦」の性格は、このような消極的なもの。こんな引っこみ思案な性格で、ほんとうに「演劇研究会」の活動についていくことが出きるのか。 そういうわけで、思ったとおりダメな感じが出てしまっているのが、引用したシーン。「もう少し声を大きくした方がいいわね」とか、言われています。 なのですが、このシーンを「愛称語」の例としたのは、そういった「麦」と「演劇研究会」との関係についてのものではありません。 「麦」と同じ1年生の「神奈ちとせ」が、「麦」のことを、 麦チョコと呼んでいるところに注目しました。 むかし「麦チョコ」というお菓子が売っていました。今ではスーパーのようなところでは見かけなくなりましたが、おいしいお菓子です。なので「ちとせ」は、「麦」という名前から「麦チョコ」というお菓子を連想したのだと思います。 そういうこともあるので。 たしかに「~チョコ」という語を「接尾辞」と考えるのには、やや無理があります。ですが、名前のうしろに何かことばをくっつけることによって、おたがい仲のよい感じを出す。そういった「愛称語」の役目とは、同じものだと思います。 ですので、このシーンを「愛称語」の例としておきます。 |
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引用は、『ひとひら』1巻からです。 アニメ放送も終わったことだし、ていねいにストーリーを追って書いてみます。とはいっても、ほんとうにストーリーの最初のところからの引用なのですけれども。 で。 主人公は、麻井麦。 「麦」は、中学を卒業して新入生となる。そして、ひょんなことから「演劇研究会」という活動の入部届にサインをする。 だが。 じつは「麦」は、極度のあがり症。いつもは大丈夫なんだけど、人の目を気にして緊張したとたんに声が出なくなる。「演劇研究会」の入部届にサインしたのも、ほんとうは、 これを書いたらと思っただけ。何人もの「演劇研究会」のメンバーが、みんなで勧誘してくる。だから、その視線がこわくて、ただ逃げるためにサインをしただけ。 とまあ。 「麦」の性格は、このような消極的なもの。こんな引っこみ思案な性格で、ほんとうに「演劇研究会」の活動についていくことが出きるのか。 そういうわけで、思ったとおりダメな感じが出てしまっているのが、引用したシーン。「もう少し声を大きくした方がいいわね」とか、言われています。 なのですが、このシーンを「愛称語」の例としたのは、そういった「麦」と「演劇研究会」との関係についてのものではありません。 「麦」と同じ1年生の「神奈ちとせ」が、「麦」のことを、 麦チョコと呼んでいるところに注目しました。 むかし「麦チョコ」というお菓子が売っていました。今ではスーパーのようなところでは見かけなくなりましたが、おいしいお菓子です。なので「ちとせ」は、「麦」という名前から「麦チョコ」というお菓子を連想したのだと思います。 そういうこともあるので。 たしかに「~チョコ」という語を「接尾辞」と考えるのには、やや無理があります。ですが、名前のうしろに何かことばをくっつけることによって、おたがい仲のよい感じを出す。そういった「愛称語」の役目とは、同じものだと思います。 ですので、このシーンを「愛称語」の例としておきます。 |
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| 上にもちょっと書きましたが |
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| 上にもちょっと書きましたが |
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上にもちょっと書きましたが、「愛称語」の作りかたとしては、つぎのようのなものがあります。
『ひとひら』の登場人物でいえば、つぎのように当てはめることができます。 3年生の「理咲」は、主人公の「麦」のことを、 麦ちゃんと呼んでいます。名前のうしろに「~ちゃん」ということばをつけているので、ごくふつうの「愛称語」です。 また「ちとせ」は、とある事件によって「オリジナル」と呼ばれることになり、さらにはそれが縮まって、 オリナルで通用するようになりました。このばあいには、途中の「ジ」という音が抜けてしまったといえます。ですので、名前の一部を省略して短くしたものだと考えることもできます。まあ「愛称語」というのは、本名を短くしていなければいけない気がしますが。 ___【以下、右画像】
 ̄ ̄ ̄【以上、右画像】 |
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| 「愛称語」というものが、本名を短くしていなければいけない気がするという理由。それは、「換喩」というレトリックがあるからです。「換喩」というのは、かんたんに言えば、(その人の)特徴となっている部分に注目するというものです。 たしかに「ニックネーム」や「あだ名」を作る方法は、「愛称語」と「換喩」だけに限られるわけではありません。「隠喩」とか「提喩」とかを使った「あだ名」というのも、ちゃんとあります。 たとえば、『ラブ★コン』(中原アヤ/集英社 マーガレットコミックス)に登場する「小泉」と「大谷」。2人を「オール阪神巨人」と呼ぶのは、「隠喩」を使った「あだ名」です。 けれども。 ほとんどの「あだ名」は、「愛称語」か「換喩」のどちらかを使ったものになります。 「換喩」の例としては。
こういった「換喩」を使った「あだ名」は、たしかにその人の特徴となっているポイントに着目していることは間違いない。だけれども、ことばを本名につけ加えたり、逆に一部を省略しているわけではない。 それにたいして「愛称語」は、あくまで本人の名前に「~ちゃん」のようなことばをプラスしたり、もしくは名前の一部を削ったりする。 そういったわけで、「換喩」と「愛称語」とでは、「あだ名」の作られかたが違うわけです。 このように整理して考えると。 オリナルという「あだ名」の元になった、 オリジナルということばは、「ちとせ」本人のした行動がもとになって付けられた「ニックネーム」です。ネタバレがあるので具体的なことは書きませんが、とにかく「ちとせ」が行ったあることに由来するものです。とすると、「換喩」と考えなければならないとかなあという気がします。 |
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| じつをいうと。 ヨーロッパでいう「愛称語」というのは。ここまで書いてきたものとは、すこし違ったものです。 じゃあ、ヨーロッパの「愛称語」というのが、どんなものかというと。与えられた「洗礼名」をもとにして、それを短くしたり後ろに“-y”のようなものをつける。そういったものです。 そして、だいじなこと。それはなにかというと、「洗礼名」というのは「レパートリー」が限られているということです。つまり、決まったような「洗礼名」しか、ないのです。 で、そんなふうに「洗礼名」が決まったものばかりだった。で、「愛称語」というものが「洗礼名」にもとづいてつけることになっているため、「愛称語」についても決まったパターンができました。 たとえば、
ですが。 日本では、「洗礼名」を受ける人は少ない。なので、上に書いたような「洗礼名」から「愛称語」をつけるのも少ない。その結果として、ヨーロッパっぽい「愛称語」をつけることが、ほとんど無理なのです。 そういったわけで。ヨーロッパでいう「愛称語」というレトリックを、日本語で使うためには。少し「愛称語」の定義をずらす、ことになるわけです。 |
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| 愛称語・愛称 | ||||
| 親愛語 | ||||
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| あだ名、指小辞、接尾辞法、接尾辞法、 | |||
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| 日本語では、どのように「愛称語」が作られるか。つまり、外国語のものだけでなく、日本語の「愛称語」についても書かれている、めずらしい本。 | |||
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| このページでは「愛称語」の例として、「麦チョコ」というものを採用しました。つまり、名前の「麦」に「~チョコ」ということばがプラスされているから「愛称語」だとしたわけです。 ですが。 ここには、重要な問題がかくされています。それは、 そもそも「~チョコ」ということばは、「指小辞」なのかということです。何度か書いていますが「愛称語」というのは、名前に「指小辞」がくっついていなければいけないのです。「~ちゃん」といったような「指小辞」をくっつけることによって、はじめて「愛称語」となるのです。 そこで。この「~チョコ」ということばが、はたして「指小辞」といえるのかということが問題となってくるのです。 結論から先に書くと、 これからは「~チョコ」の時代(?)という、ちょっとヘンなものになります。 なにが言いたいのかというと。 「~タン」が流行したように、これからは「~チョコ」を広まらせようという、このサイトの陰謀です。文法的にいえば、「~チョコ」を「指小辞」にしてしまおうというわけです。 これについての反論としては、たとえば、 「指小辞」は、ことばとして単独では使うことのできない「接尾辞(接辞)」でなければならないというものが考えられます。たしかに理論としては、そのとおりです。ですが、ここでは、 「~チョコ」ということばを「品詞転換」して、「接尾辞」としても使うことのできる可能性は十分にあるとしておきます。 くわしい語源を調べたわけではないのですが。おそらく、「愛称語」を作る「指小辞」の「~くん」ということば。これはもともと、敬意をあらわす名詞であったのだろうと推測できます。これと同じようなコースで、「~チョコ」を「指小辞」としていくことはできると思います。 まあ。 レトリックをやっていると、だんだん、「品詞」なんていうものはコロコロと変化するものだという感じをもつものです。それこそ、「品詞転換」というレトリック用語があるくらいなんだから。 それに、音の感じ(音象徴)という点を見ても。「ちょこっと」とか「ちょこちょこ」とかいったようなことばに似たイメージを、引きだすことができます。つまり、親しい感じであるとか、仲がよい感じというものをあらわすことはできると思うのです。 そんなわけで、ここに、 「~チョコ」を広まらせようの会をつつましく立ち上げておきます。 「む、無理です…」 by麦チョコ。 |
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