TOPへ 50音順 使う目的別(作成中) 佐藤信夫『レトリック事典』の分類 中村明『日本語の文体・レトリック辞典』の分類
 
緩叙法(広義の) かんじょほう litotes
――『闇の末裔』3巻60ページ(松下容子/白泉社 花とゆめCOMICS)
都筑 ゲームは何にいたしませう
ドクター」
邑輝 ではポーカーで。
ねえ都筑さん
私と勝負しませんか?
チップではなく
何か別の物を賭けて…
その方がスリルが あるでしょ?」
都筑 何を?」
邑輝 そうですね たとえば…
とか。」
都筑 なに考えてんだ
テメエはああ!!!」
(なんてなんてなんて破廉恥なッ)
邑輝 たかがゲームじゃ
ありませんか
それとも私に負けるのが
こわいんですか 都筑さん?」
都筑 うッ…
い…嫌な予感が)
あっ…の…
もしも… 俺が負けたら?」
邑輝 決まってるでしょ?
あーんなことや
こーんなことや
とても商業誌では
見せられないような
辱めをッッ!!
クックックッ
ぜぇーんぶ試してあげましょうね
四十八手。)
都筑 やっぱりィ――っっ
ぞくぞくぞくッ)
――『闇の末裔』3巻60ページ
(松下容子/白泉社 花とゆめCOMICS)

 《定義》

緩叙法は、見せかけだけ、弱めた表現するレトリックです。

たしかに、表面上は「ひかえめ」なカタチをとっている。でも、それは見せかけだけのもの。本心は、大げさな表現よりかえって強調を狙っている。そういったレトリックです。つまり、少なく言うことによって、反対に、その隠している本質を強めることになります。

これをまとめると、「緩叙法」は、」
  1. 迂言法の性質 : 遠回しに言うことになる

  2. 誇張法の性質 : 表現を強調することになる

という2つの性質をもっていることになります。

まあ。
ほんとうのところ「緩叙法」の定義は、レトリック研究家によって一致していません。

このあたりの事情については、下のほうに書いておきました。時間に余裕のある方は、読んでみてください。



 《例文を見る》

で、例文は『闇の末裔』3巻から。

主人公は、「都筑」。

「都筑」は、十王庁の中の閻魔庁で「死神」の仕事をしている。この世界では、死んだ人は十王庁へ送られることになっている。

しかし最近、香港で「死んだはずの人が十王庁に来ないで行方不明になる」という事態が起こっている。そこで、「死神」である都筑が原因究明のために動き出した。

どうも「華京院グループの豪華客船が怪しい」ということで、都筑はその客船に乗りこんだ。そこで、邑輝という男と再会する。その邑輝と都筑とのあいだの会話が引用のシーン(59~60ページ)。長い引用になってしまいましたが、ポイントは、
あーんなことや
こーんなことや
とても商業誌では
見せられないような
辱めをッッ!!
という部分。「あーんなこと」とか「こーんなこと」とか「とても商業誌では見せられないような辱め」とかが、具体的には何を意味しているのかは言ってはいません。ですが、この言葉がなにを意味するのかは、言うまでもないことです。まあ要するに、邑輝が都筑を狙っているわけです。

確かに、邑輝は具体的なことは言っていません。けれども遠回しに言うことによって、かえって強調の効果が出ています。ですのでこれは「緩叙法」に分類されます。

付け加えると。「言うまでもないこと」として言い逃れをするために、引用が長くなったともいえます。私(サイト作成者)は、「公然わいせつ」(刑法174条)や「わいせつ物頒布等」(刑法175条)で逮捕されたくはありません。ですので、作者にならって私も、具体的なことは書かないでおきます。

なお、細かい分類をしておけば、 と思います。



 《レトリックを深く知る》


 【1.「緩叙法」の定義についての大論争】

上にも少し書きましたが。
ほんとうのところ「緩叙法」の定義は、レトリック研究家によって一致していません。「婉曲語法」やら「過小誇張法」やらを巻きこんで、なにやら大論争になっております。

そういった困った状況なのですが。このサイトでは、つぎのように定義しておきます。

つまり、
  1. 迂言法の性質 : 遠回しに言うことになる ←遠回しに言わない「過小誇張法」とは違うもの

  2. 誇張法の性質 : 表現を強調することになる ←表現を強調しない「婉曲語法」とは違うもの
という2つの性質を持っているものを、「緩叙法」としておきます。


 【2.「緩叙法」と「婉曲語法」との区別】

そういったわけで。
「緩叙法」は、「婉曲語法」と形の上では同じものになってしまいます。「緩叙法」と「婉曲語法」はどちらも、表現それじたいは現実よりも「弱く」「小さく」示されているからです。

しかし、そのことばによって伝えようとしていることは、まったく逆です。「緩叙法」は、ほんとうは強調をねらったものです。しかし「婉曲語法」は、ことばどおりに弱くすることを意図したものです。このように「緩叙法」と「婉曲語法」は、送ろうとしているメッセージが正反対なのです。

ですので読み手(聞き手)は、それが「緩叙法」なのか、それとも「婉曲語法」なのか、それをしっかりと見極める必要があります。


 【3.「緩叙法(広義の)」の下位分類】

このサイトでは、「緩叙法(広義の)」を、次のように分類しました。この分類は、『レトリックの知―意味のアルケオロジーを求めて―』(瀬戸賢一/新曜社)によるものです。
○否定を用いるもの …これに「曲言法」と名づける見解もある
 ・一重否定(悲しくはない、など)
 ・二重否定(うれしくないわけではない、など) 

○否定を用いないもの
 ・選択(好意をもっています、など)
 ・付加(少し酔っぱらった、など)
 ・指小辞(こ鳥の「こ」、など)
くわしくは、それぞれの項目を参照して下さい。



 《駄文》

ここから下は、サイト作成者としての「ひとりごと」。

引用したページで邑輝が言った言葉に、
「体とか。」
というものがあります。私が目を引かれたのは、その言葉の意味するところではありません。マンガのふき出しで「。」という句点が使われている点に、コミックスを読んだ当時には意外性を感じました。

ふつう、マンガのふき出しには「。」という句点を使われませんでした。松下容子先生は、たまにふき出しで「。」という句点を使うことがありますが、他の作者のマンガには、「。」という句点が使われることは滅多にありませんでした。
ただし原則的に、出版社が「小学館」のものに限っては、「、」「。」が使われていますけれども。

まあというわけで、マンガのふき出しで「。」が使われることは、すごく少なかったのです。

ですが。
今や、多くのコミックスで「。」(句点)を見かけるようになりました。こういったことを書くようになると、「私も歳をとったなあ」と実感するわけなのですが。

以上、サイト作成者の「ひとりごと」でした。
関連項目→緩叙法(一重否定)緩叙法(二重否定)緩叙法(選択)緩叙法(付加)、指小辞、古語法
このサイト全体からのサーチ
 
「使う目的別のページ」の中からサーチ
TOPへ 50音順 使う目的別(作成中) 佐藤信夫『レトリック事典』の分類 中村明『日本語の文体・レトリック辞典』の分類