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| 緩叙法(付加) かんじょほう litotes | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ――『半分の月がのぼる空』1巻22~23ページ (橋本紡[原作]、B.たろう[作画] /メディアワークス 電撃コミックス) |
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| 緩叙法(付加)は、ひかえめの言いかたを、あえてする。そのことで、逆にホンネを強調するものです。 | |||||
| 「緩叙法(付加)」は、表面上だけは控えめなことばをつかうものです。たとえば、「少し酔っぱらった」という表現。これは、たしかにオモテ向きは「少し」しか酔っぱらっていないことを表しています。ですが、このフレーズによって実際には「すごく酔っぱらっている」ということを示すことができます。これが、「緩叙法(付加)」とよばれるものです。 | |||||
| 上にも書きましたが。「緩叙法(付加)」は、強調をするために使われるものです。けれども、使われている言いまわしは、控えめな弱いものです。つまり、使う目的は「強調」のためのもの。他方、その手段は「控えめ」な表現だということになります。このことから、「緩叙法(付加)」は、間接的で遠まわしな表現だということができます。 | |||||
| これは、「緩叙法(付加)」が間接的な表現だということと関連するのですが。遠まわしに言うことで、話し手の真意がどこにあるのかを「ぼやかす」ことができます。 | |||||
| 「緩叙法(付加)」は、ものごとをダイレクトには伝えないという性質のものです。このことから「緩叙法(付加)」の使い手に、ある程度の性格とかキャラクターといったものを、与えることができます。具体的には、「冷静」だとか「ものに動じていない」といったものです。 | |||||
| 自分に対して「緩叙法(付加)」を使ったばあい。つつしみがあるとか、謙遜しているといったことをあらわすことができます。 | |||||
| 「緩叙法(付加)」を、自分以外のヒトに使うと。これは、時として「皮肉」になります。たとえば、「あいつは、あまり気の利かないヤツだ」というフレーズで、「あいつは、ちっとも気の利かないヤツだ」をあらわしたばあい。これは、「皮肉」を帯びた「緩叙法(付加)」です。 | |||||
| このレトリックで、強調させるために「付加」するもの。つまり、つけ加えるフレーズは、だいたい決まっています。具体的には、「ときどき~」「まあまあ~」「少し~」「ちょっと~」とあたりです。例をあげると。「ときどきハズれる」で、「ほとんどハズれる」。「まあまあ良い」で「とても良い」。「少しあつい」で「非常にあつい」。「ちょっとマズい」で「かなりマズい」。こういったものは全部、「見せかけだけ」控えめな表現を使っているものです。 | |||||
| 上に書いた、「ちょっと~」などの単語。この「ちょっと~」ということばを、「文字どおり」受けとってしまうヒトがいるかもしれません。なので、読み手(聞き手)が「文字どおりに受けとってはイケナイんだな」と気がつくことができるように、なにか「目印」みたいなものをつけるとベターです。つまり、「緩叙法(付加)」だと気がついてもらうために、なにか手を加えるということになるのですが。その方法は、いくつかあります。で、まず1つ目としては。「緩叙法(付加)」に書いた「ちょっと~」などの単語に、「 」や〈 〉などをつける。つまり、かっこ書きにするという方法があります。 | |||||
| つぎに、2つ目の手段ですが。古くから日本で使われていたのは、「傍点」などをつけるというものです。具体的には、「ヽ」「●」「○」「◎」といったものです。ご存じのとおり、むかし日本の文はタテ書きでした。ですので、こういった記号は、文字の右側につけることになります。 | |||||
| つぎに、2つ目の手段ですが。ほかの文字と、「フォント」をかえる。もしくは、そこだけ「太字」にする。さいきんの日本語では、こちらも多くなっています。 | |||||
| アルファベットで書かれているもの。つまり、英語とかフランス語とかドイツ語とかのばあい。イタリック(斜体)にするのがメジャーです。また、アンダーラインが使われることもあります。ほかにも、すべて大文字で書くという方法もあります。 | |||||
| この「緩叙法(付加)」は、「文字どおり」に伝えるものではありません。そして、「文字どおり」であるかどうかについては、文の流れに左右されるものです。もちろん、ストーリーの流れ以外にも、「文字どおり」ではないということを示す手段はあります。それは、「使い方」の項目であげたような(傍点をつけたり、太字にしたりといった)方法です。ですが、もっと重要なのは、そこまで読み進めてきたストーリーの展開と一致するかということです。そこにたどり着くまでに展開してきた、「シーン」、「状況」、「それぞれのキャラクター」。といったものが、読み手(聞き手)の側に伝わっているはずです。だからこそ、「緩叙法(付加)」の使われたときに。今までの情報とは大きく食い違っていることに、読み手(聞き手)が気がつく。そして、もしかしたら「文字どおり」ではない表現なのではないかと考える。と、そういった順序をとるわけです。なので、「緩叙法(付加)」というレトリックにとって、話の流れというのは、とても重要なものとなるのです。 | |||||
| 日本人は一般的に、「謙遜」することが多いといわれています。そして「緩叙法(付加)」というレトリックは、自分(とか身内)に使うばあいは「謙遜」となります。たとえば、それなりに英会話ができるのにもかかわらず、「英会話は、ちょっとウマいだけ」と言う。それは、たしかに「謙遜」です。だけれども、アメリカ人と英語でペラペラと会話ができる。完ぺきに意見のやりとりができる。そういったヒトが「英会話は、ちょっとウマいだけ」と言ったなら。それは、「謙遜」というよりは「卑下」になります。「いや、とってもウマくて…」といったホメことばを求めているのではないかと思えてくるのです。そして「緩叙法(付加)」というレトリックは、そういった「卑下」になる危険が大きいのです。「緩叙法」には〈付加〉のほかに、〈一重否定〉〈二重否定〉〈選択〉というパターンがあるのですが。いちばん「卑下」になりそうなのは、この〈付加〉だといえます。 | |||||
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| このページの最初に引用したのは、『半分の月がのぼる空』1巻です。 主人公は、裕一。17歳。 裕一は、急性肝炎で入院することになった。だいたい2~3ヶ月くらい、入院しなければならないとのこと。 けれども。 そこは、やっぱり17歳。朝から晩まで、ベットの上でいるなんて耐えられない。なので裕一は、夜になると病院を抜け出してしまう。 でも、もちろん。 病院を抜け出すなんて、許されるはずがない。看護士の亜希子から、何度もしかられる。そのすえに、裕一のベットがある部屋は、夜中ぜったいに抜け出すことができないほどの監視がつくようになった。就寝時間のあいだにトイレに行きたくなったときのため、尿瓶(しびん)を渡される始末となった。 しかしある日、看護士の亜希子から。 「監視を弱くすること」を条件に、あることを提案される。それが、画像で引用したシーンです。 亜希子が持ちだしてきた、条件。それは、東病棟にいる里香という子。その子の話し相手になって欲しいとのものでした。 この病院では。東病棟には、症状の重い患者が入ることになっていた。なので裕一としても、「里香という女の子は重病なんだろう」という考えが、はたらいたのかもしれません。看護士の亜希子が出してきた条件を、受け入れることにしました。 でも。 そのときに、看護士の亜希子が口にした、 ということば。かなり、意味深です。そして、このフレーズが「緩叙法(付加)」に当たるということになります。 つまり。 たしかに亜希子が言ったことばは、「ちょっと」難しいところがある、というものです。つまり、文字どおりだけを見たなら「控えめ」「弱くした」表現になっています。ですがホントは、あつかいが「とても」難しいのです。そのことは、このことばに続いて書かれているモノローグ、 気づくべきだったのだというところから、推測できます。 これまでのことを、まとめると。 となっていることが分かります。ですので、この部分が「緩叙法(付加)」となります。読者としては、このフレーズに行きあたったとき。これが「見せかけだけのもの」だということに気がつかなければなりません。そのために、わざわざ「傍点」までついているのだから。言いかえれば、このシーンで「里香という子は、とてもあつかいが難しい」というウラの意味を読みとることになるわけです。 |
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ミサトの家に居候することになった(というか、居候させられることになった)、主人公の碇シンジ。ミサトの家は、「ちょっと」ちらかっているらしい。 だが。実際にミサトの家の中に入ってみると。そこは、どんなふうにしても「ちょっと」ちらかっている、という程度ではない。「画像には変な線が書いてあるけど、臭気でも漂っているのですか?」の、ありさま。 もし、ミサトが鈍感で。この状態を「ちょっと」ちらかっている状態なんだ、と本気で考えているのであれば。残念ながら、それは「緩叙法」ではありません。 ここはあくまで、こう考えてください。 本当はものすんごく汚いことは認識はしている。だけど、本当のことをダイレクトに言ったらヤバそう。だから、『ちょっと』という言葉を使う。そこに含みを持たせる。つまり、『ちょっと』という言葉を使うことでワザと表現を弱めたんだけど、伝えたいのは「すんごく汚れているよ」の意味である。 と、このように理解して下さい。そうすることで、このページの ちょっとという表現が「緩叙法」の意味をおびてきます。 でも。 ほんとうに「ちょっと」しかちらかっていないと考えていそうな雰囲気が漂ってるなあ。けど、そう考えると、ここが緩叙法のページではなくなってしまいます。「婉曲語法」の系統に属するレトリックのページになってします。 なので、いちおう、「ちょっと」という表現は「ワザと弱める」ために使った表現なんだ、ということにしておいてください。 |
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| 「緩叙法(広義)」には、つぎの性質があるとされています。 ようするに、使う目的は「強調」だということです。これは に書いたとおりです。 また。 細かい点については、すぐ下の に書いてあります。 これは、遠まわしな表現が用いられるということです。これもすでに で、ふれています。 なお。 くわしいことについては、 に記しておきました。 |
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| このページで扱っている「緩叙法(付加)」と、「誇張法」との関係をみると。たしかに「緩叙法(付加)」は、結果として強調されるという効果をねらったものです。そして「誇張法」についても、その名前どおり「誇張」をするために使われるものです。 しかし。「緩叙法(付加)」は、「誇張法」とは正反対の表現を使うものです。 「緩叙法(付加)」は、うわべだけは「控えめ」の表現を使います。つまり、見た目は「弱めた」ことばづかいだといえます。ですが、これに対して「誇張法」は、「まっ正面から言いたてる」ものになります。「歯に衣を着せない」というわけです。 いいかえれば。 「誇張法」は、「より強く」表現するもの。「緩叙法(付加)」は、「より弱く」あらわすもの。ということになります。 そして。 このことから、2つのことを導きだすことができます。 ひとつは。 ことばを額面どおり受けとったならば、「完全に反対」のものだということです。つまり、より強い言いかたを目ざす「誇張法」にたいして、より弱い言いまわしを求める「緩叙法(付加)」。その意味では「完全に反対」のものです。 もうひとつは。 文字どおりの表現から遠ざかってるという点では、この2つは「一致する」ものだということです。一方で、「文字どおり」の言いかたよりも、「もっと強い」表現へとズレていく「誇張法」。もうひとつは、「文字どおり」の言いまわしよりも、もっと「弱い」表現へというベクトルに進んでいく「緩叙法(付加)」。 これを、数直線にたとえて説明するならば。「文字どおり」という原点から、プラス方向に進んでいくのが「誇張法」。逆に、原点からマイナス方向に移動していくのが「緩叙法(付加)」。そのどちらとも、絶対値が増えていくという点では同じなのです。 ですが、どちらにしても。 「文字どおり」の表現から外れていくことには、かわりありません。ですので、「誇張法」にしろ「緩叙法(付加)」にしろ。ワザと、「文字どおり」の言いまわしと「実際に伝えたい内容」とが、一致しないようにしているといえます。ですので広い意味では、「緩叙法(付加)」と「誇張法」は、両方とも「ウソ」をついていることになります。 |
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| 同じように、「緩叙法(付加)」と「誇張法」をくらべると。「緩叙法(付加)」は、見た目だけは控えめな表現をしています。そして「婉曲語法」も、同じように消極的な言葉づかいをします。 ですが。「緩叙法(付加)」は、「婉曲語法」とは反対の効果を目ざしたものです。 どういうことかというと。まず「緩叙法(付加)」のほうを見ると、その目的は「強調するため」です。つまり、できるだけ相手の印象に残るように使われます。しかしながら「婉曲語法」のほうを考えてみる。するとこちらは「露骨にしないため」に使われるものとなります。言いかえれば、できるだけ相手の印象に残らないようにするためのもとだということになります。 このように。 「婉曲語法」と「緩叙法(付加)」とは、逆を目ざしているものなのです。たしかに、表面上は「控えめな」表現をしている。それは「婉曲語法」であっても「緩叙法(付加)であっても同じです。けれどもその効果は、全くさかさまのものなのです。 |
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| 緩叙法 | |||||
| 曲言法(※注) | |||||
| ライトティーズ | |||||
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| 緩叙法(広義の)、緩叙法(一重否定)、緩叙法(二重否定)、緩叙法(選択)、指小辞、古語法 |
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| このページのの「ネタ本」です。70~80%くらいは、この本を参考にして書いてあります。とくに「指小辞」をつけることで、「緩叙法」になるという考えかた。そのあたりは、この本の丸写しです。 | |||
| 「緩叙法」の特徴について、「(1)誇張法」「(2)婉曲語法」「(3)反語法」という3つをあげるもの。この考えかた自体は、ポピュラーなものです。平均的なことを網羅しているということで、この本をあげておきます。 | |||
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| 『半分の月がのぼる空』のほうについての、余談。 上にも書いたように。 裕一は夜中、部屋から出られなくなってしまった。なぜなら、裕一のいる部屋の入口に亜希子が「長イス」でブロックをかけたから。 でも、ここで1つの疑問が浮かんでくる。それは、裕一のベッドがある部屋には、ほかに誰もいないのかという点です。 急性肝炎については、よく知らないのですが。空気によって伝染するものではないハズ。だとすれば、一人部屋ということは考えにくい。 だとすると。「長イス」を使って、ベッドのある部屋のドアが開かないようにする。それでは、裕一以外のヒトまで、部屋から出られなくなってしまうのでは。そんなふうに、思うのです。 |
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| こっちは、『新世紀エヴァンゲリオン』についての余談。 なんで、また。 マンガのキャラクターが「居候」することになる「家」って、たいていこんなふうに汚れているんでしょう。例えば、『フルーツバスケット』で、透が「居候」する前までの草摩家とか。パターンとして。 ナゼでしょうね。 でも、そういえば。 『のだめカンタービレ』の最初のほうでは、「のだめ」の部屋がカオス状態だった。それを掃除したのは「千秋」だったけれども、べつに「千秋」は「のだめ」の部屋に居候はしていない。むしろ、「のだめ」のほうが「千秋」の部屋で食事をしたりしている。 してみるに。「部屋が汚れている」というパターンによって「起こる出来事」。それは、「居候することになる」というものではなくて、「掃除をすることによって親密になる」というものなのかもしれない。 …しかしながら。ことばの選択って、難しい。 これは「伏線」というほどのものではない。こんな小さな出来事に「伏線」ということばを使ったら、曲亭馬琴が泣く。 かといって、「フラグが立つ」のも気が引ける。アニメ『ハヤテのごとく』を観ていたら「フラグが立つ」というセリフがあって、かなり驚いた。でも、まだ世の中に広まっていることばともいえないし。それに私(サイト作成者)が、その昔「BASIC」やら「DELPHI」やらをいじっていたということもあり、「フラグ」ということばの元の意味を連想してしまうということもあって書きづらい。 そんなわけで。パターンによって「起こる出来事」、なんていう回りくどい文が出てくることになりました |
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