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| 寓言 ぐうげん parable | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ――『090えこといっしょ。』2巻25~26ページ (亜桜まる/講談社 少年マガジンCOMICS) |
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| 寓言は、文のなかに短い「たとえばなし」を入れるというレトリックです。つまり、作品のなかに独立した1つのストーリーがあって、その話によって何かを伝えようとするレトリックです。 |
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| 「寓言」をつかって表現することによって、いままでよりもカンタンで親しみやすいものにできます。 | |||||
| 「たとえばなし」は、メインのストーリーとは独立したものです。なので「たとえばなし」は、メインから一線を画したものになります。その意味で「たとえばなし」として扱う部分は、聞き手=読み手の注目を集めやすくなるといえます。 | |||||
| 「たとえばなし」は、その中にメッセージが含まれています。このメッセージというのは、「教訓」のようなものが多くなります。また何か「宗教」を説くとき、この「たとえばなし」は大きなはたらきをします。ほかには、「政治」の方面でも活躍することができます。 | |||||
| また「たとえばなし」を使うことで、だれかを諷刺をすることもできます。「たとえばなし」という手段をとるので、間接的に相手を攻撃することができるというわけです。 | |||||
| 書き手=話し手は「たとえばなし」を使って、何かを伝えようとしているはずです。また読み手=聞き手も、そこから何かを読みとろうとします。ですので「たとえばなし」を使うことで、オモテに現れない「暗示」したメッセージを交換することができます。 | |||||
| 話のメインから一度はずれて、エピソードを組みいれます。 | |||||
| たしかに「たとえばなし」は、メインのストーリー「そのまま」ではありません。ですがメインのストーリーと何か結びつきを持たなければなりません。 | |||||
| 「たとえばなし」は、その名の通り「たとえ」です。そして「たとえ」を使ったばあいには、「あいまいで抽象的」な表現を、「くっきりした具体的」なカタチにかえることになります。ですので、「たとえことば」をつくるときには、いままでよりも具体的な表現をとるのがふつうです。 | |||||
| 「たとえばなし」は、メインのストーリーを中断して挿入されます。そのため「たとえばなし」をつかうことは、横道に進むのと同じことです。なので使いかたによっては、読み手に負担をかけることになりかねません。 | |||||
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| 引用は、『090えこといっしょ。』からです。 で。 主人公は、「えこ」。 「えこ」は、人間のカタチをしています。ですが、れっきとした「携帯電話」です。アタマの横から、アンテナがのびる。耳のヨコでしゃべったら、電話してきた相手に話をすることもできる。そのほか、いろんな「携帯」っぽい機能をもっています。 なお。「えこ」は自分のことを「ロボット」と呼ばれるのが大嫌いです。「携帯電話」であるということに、なにかプライドがあるらしいです。 そして。 その「えこ」という「携帯電話」の持ち主が「ヒロシ」。はじめて買った携帯電話が「えこ」だったこともあって、「えこ」(という現代の科学ではムリっぽい存在)を、あまり気にしていないみたいです。 しかし。 「えこ」は、あくまで人間のカタチをしています。なので、あの大きさで「携帯」するのにはムリがあります。なので「携帯」といっても、そばを歩いているだったりします。 では。もし「だれにも携帯されなくなったら…」。そんな「えこ」の不安をあらわしたような、テレビの番組が出てきます。タイトルは、「まんがじゃぽん昔ばなし」。 引用するには文字があまりに多いので、ところどころ省略しましたが。ようするに、 ということ。「えこ」にとって、いちばん大きな心配ごと。それが、この「もしも携帯されなくなったら…」というものだということです。 そして、それを表すときに「寓言」を使っているのがポイントです。 |
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2つ以上の単語が結びついて、ひとかたまりとして扱われるもの。そういったレトリック用語を、3つの〈グループ〉に分けてみました。 といった具合に、まとめることができると思います。 上の表にも書きましたが。 「寓言」と「寓話」と「諷喩」の3つは、同じ〈グループ〉にまとめることができます。ナゼかというと、「寓言」や「寓話」は、「諷喩」がさらに大きくなったものといえるからです。 では、どのあたりが似ているから〈グループ〉としてまとめることができるのかというと。 表面にあらわれている「たとえばなし」のウラに、暗示している部分が隠れている。その部分が「寓言」「寓話」「諷喩」は一致しているからです。 なので、「隠喩」→「諷喩」→「寓言」→「寓話」という順番で、たとえられている文が長くなる。そのように、いうことができます。 すぐ上でも書いたように。 レトリックについて考える人は、一般的には「寓言」と「寓喩」というレトリック用語を、「諷喩」と結びつけます。つまり、「諷喩」が大きくなったものが、「寓言」「寓喩」とする考えかたです。このサイトでも、そのような立場で解説しています。 ですが。なかには、このようには考えない立場もあります。 では、どのように考えるのかというと。「寓言」「寓喩」の2つは、「諷喩」とは別のモノだと理解する。と、そういった立場のヒトもいるのです。 そういったわけなので。 なぜ、このような違いが出てきたのか、短く書いておきます。 まず、歴史的に見てみると。 はじめは「寓言」「寓話」の2つは、しっかり「諷喩」とは区別されていました。ですが「諷喩」が勢力を伸ばしていった結果、「諷喩」というレトリック用語でもって「寓言」や「寓話」のことも意味するようになりました。――とまあ、そういった流れになっているワケです。 ですので。 レトリック用語を、もともと使われていた方法で使おうとすれば。「寓言」「寓話」というものは、「諷喩」とは関係ないことになります。 けれども。 そのあとに積み上げられた、レトリック用語の発展のほうを重く見れば。「寓言」「寓話」というものは、「諷喩」と結びつきをもったものだということができます。 そのような、考えかたの違いはありますが。 「諷喩」と「寓言」とを別のレトリックだ、見ても。逆に、似かよったレトリックと考えても。 どの原理に目を向けると、「諷喩」と「寓言」「寓話」とは同じものだということは確かです。 |
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| 寓言 | |||||
| 寓喩・寓意・たとえ話 | |||||
| このサイトでは、「諷喩」と「寓言」と「寓話」とを分けて考えています。ですが実際のところ、どこらへんを境界として分けるのかという点については、ハッキリ示すことはできません。このことは、上にも書いたとおりです。そのため、残念ながら「諷喩」「寓言」「寓話」という3つについての扱いについては、かなり微妙です。一致した考えかたが見あたません。 | |||||
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| 直喩、隠喩、諷喩、提喩、換喩、寓話、格言、箴言、ことわざ、なぞ、寓話、警句 | |||
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| この本に記載されているうちで、紹介したいのは[英詩のレトリック(湯浅信之)]の章です。オススメだということはたしかなのですが、とても残念なことに。この本は「寓言・寓意・諷喩・allegory・parable」の区別をする規準がよく分かりません。「寓言」と考えられるものを「寓意」といったり。そうかと思うと、「諷喩」の解説をしているのに「寓意」と呼んでいたり。まあ、そのへんのレトリック用語の使いかたが気にならないというヒトにはオススメです。 | |||
| この本は、「寓言」について並はずれた定義をしています。なにか並はずれているかというと、その項目の数。「寓言」「寓喩」「アレゴリー」「寓意」「譬え話」と、5個に分類してあるのです。たしかに、この5つの違いについては解説が書いてあります。ですが、そのような違いを解説してある本は見たことがありません。そのあたりを考えると、ちょっと平均的とはいえない用語説明だと思います。でも、参考になることはたしかです。 | |||
| とことん詳しく書いてある本が必要なヒトは、これを読むことになります。[§432]のあたりに書いてあります。ですが、かりに初心者が読んだら「意味不明」です。私(サイト作成者)が読んでも「意味不明」です。けれども、日本で出版されている本のうちで「寓言」をくわしく書いてある本は、コレになります。 | |||
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