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| 反照法 はんしょうほう boucle(フランス語) | |
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ちせはかわいい。 だが、のろい。 チビだし、気が弱い。 おまけにドジっ子で 成績も中の下。 世界史だけが得意。 口癖は「ごめんなさい」。 座右の銘は「強くなりたい」。 |
| ――『最終兵器彼女』 [上]1巻12ページ・[下]7巻317ページ (高橋しん/小学館 ビッグコミックス) |
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《定義》 反照法は、ストーリーの最初と最後とで、同じような文をくり返すレトリックです。 つまり、話のはじめと終わりで、反復するような表現がおこなわれることをいいます。 なお。 上に書いたような「反照法」の定義は、『日本語レトリックの体系』と『日本語の文体・レトリック辞典』という本に書かれているものです。 具体的にいえば。上に書いた2冊では、このレトリックに対して、 作品の最初で出した文と同じものを、作品の最後でもう一度出すことをというような意味の定義をしています。 ですので。 このサイトでも、そういった「作品の最初と最後とを、同じ文で統一させる」という意味で使っていくことにします。 《例文を見る》 で、例文は『最終兵器彼女』から。 左上にある2枚の画像のうち、上が1巻の最初の部分で、下が最終巻の結末の部分になっています。 両方とも、主人公のシュウジが考えていることが書いてあるシーン。シュウジの彼女、ちせに対しての気持ちが述べられています。 このように、作品の最初と最後で同じような表現を使うのが「反照法」です。 まあ厳密に言うと、一連の「ちせは、かわいいい。……」という文はいちばん最初に出てくるわけではない(上に書いたように12ページ目に出てくる)。それに、おしまいのほうも最後の最後だというわけではない(あとちょっと続きがある)。 だけれども、まあそのあたりは大目に見て下さい。そうでないと、引用してくるコミックがないもので。 《例文を見る――その2》 この「反照法」が使われているものとしては、他に『あなたに追いつけない』(かわちゆかり/講談社 コミックスフレンド)があります。 なんだか、これを書くと大塚製薬の広告になってしまうだけのような気もします。ですが、いちおう書いておきます。 冒頭シーンで、主人公の夏緒が、彗という男の子と出会う。これは、たまたま二人が同じ時に「ポカリスウェット」を買おうとしたけど、自動販売機には「ポカリスウェット」が1本しかなかったのが、事のはじまり 。 そして、最後のシーンでは、彗が「ポカリスウェット」の缶を持って、海を見ている。 ここに「ポカリスウェット」によって「反照法」が成立しているということができます。 以上、大塚製薬の広告でした。 《レトリックを深く知る》 【1.「反照法」と「照応法」の関係】 このサイトでは「反照法」を、「作品の最初と最後とを同じ文で統一させる」という用語ということにしました。 そのように定義すると。 「照応法」は、ストーリーの最初と最後に限定しないで、単に同じ文をくり返すレトリックだということになります。 つまり、作品の最初と最後とだけではなくどこであっても、ある程度の長さを持って似た文がくり返されていれば「照応法」ということになります。ようするに、1つの作品の中のどこでもいいので、似た表現が出てくるものが「照応法」ということになります。 そういった意味で「反照法」は、「照応法」の特殊な例ということになります。 【2.「円環」との関係】 このサイトが採用することにした、「反照法」というレトリック。これは、『レトリック事典』が説明しているところの「円環(boucle)」というレトリック用語と同じだといえます。 というのも、この「円環」というレトリックの定義は、 作品の書き出しと終わりに同じ文章を反復することというものだからです。 というわけで、このサイトのいちばん最初に書いてある「boucle」というフランス語。これは、『レトリック事典』が「円環」として使っているものを借りてきました。ただ、今のところ英語訳は分かりません。調査中です。 【3.伝統的な「反照法」という用語】 なお。 伝統的なレトリックでは、次のように「反照法」をあつかっています。それは、 間をおいて同じ文をくり返すことという意味です。たとえば『新文章講話』(五十嵐力/早稲田大学出版部)は、こういった定義をとっています。 ようするに。 「作品」といったような、「大きなスケール」にたいしてのレトリック用語ではないということです。 まあ、『新文章講話』に書かれている例文が『論語』だったりするので、引用はしない。だってたぶん、『論語』で説明されても、やたら難しくなるだけだから。 そんなわけで。なにが言いたいのかというと。 「反照法」について、このサイトと同じような定義をとっている本。そのような本は、今のところ『日本語レトリックの体系』と『日本語の文体・レトリック辞典』でしか見たことがない、ということです。この2冊が、両方とも中村明氏の書いたものだということから察するに。この定義は、中村氏のオリジナルではないかと思われます。 「ウィキペディア」は、参考文献を書かないで「反照法」を定義しているけど。いいのかな? 私(サイト作成者)は、どうでもいいけど。このサイトを、「たいせつな論文」の参考にしようとしている、そんなかたは注意したほうがいいかも。 あと。どうでもいいことを、1つ。 「反照法」についての、『新文章講話』の使っている説明。つまり、「反照法」について「間をおいて同じ文をくり返すこと」とする考えかた。 この定義をとっている本としては、ほかに『説得の文章技術(講談社現代新書685)』(安本美典/講談社) で書かれているのを見かけたことがあります。 まあ。じつは、この『説得の文章技術(講談社現代新書685)』(安本美典/講談社)という本。 レトリック用語については、かなり『新文章講話』を参考にしているけど。 たとえば、「連鎖法」という用語を使っていることとか。「連鎖法」って用語のネタ本、まちがいなく『新文章講話』でしょう。だって、このレトリックは、ふつうなら「前辞反復」と呼ぶとおもう。ちょっとマイナーだけど、「尻取り文」って名づけられていることもある。 それなのに。このレトリックにたいして「連鎖法」という用語で説明しているあたりが、とっても『新文章講話』っぽい感じを出している。 【4.もともと「レトリック」というのは、「弁論術」なので】 もともと、古代ギリシャやローマの時代。「レトリック」というのは、相手を説得するための技術でした。つまり「レトリック」は最初、「弁論術」とか「雄弁術」という役割をするものでした。 そのことを考えると。弁論をするため、説得をするためにする演説というのは、それほど長いものではなかったはずです。だから、たしかに演説の話は、たしかに「小さなストーリー」をつくっていると言うことはできます。でも、「物語」という名前で呼ぶには、あまりに短いものだったはずです。 だとすると。 私(サイト作成者)の独断の考えですが。この「反照法」とよばれるもの。これは実質的には。「弁論術」で、「両活式」とか「双括式」いう名前で呼ばれるものと差がないのではないか。と、思うわけです。 《駄文》 余談ですが。 『新世紀エヴァンゲリオン』に、「一瞬だけ制服姿のレイの姿が出てきます」。それも、第1話の冒頭と、劇場版の最終話の最後のシーンで。私は、これを「反照法」の一例だと思っています。……思うだけですが。 |
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| 関連項目→伏線、回帰反復、照応法、情報待機、未決、誤解誘導 | |
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