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| 兼用法 けんようほう syllepsis | ||||||||||||
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| ――『スレイヤーズ(新装版)』36ページ (あらいずみるい・神坂一 /角川書店 角川コミックス ドラゴンJr.) |
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| 兼用法は、1つの単語をつかって、種類や性質の大きく違うことばを結びつけるレトリックです。1つだけあることばが、片方ではたらいている意味と、もう一方ではたらいている意味とで異なることになります。とくに「本来の意味」と「比喩の意味」とを兼ねているばあいを指すことが、多くあります。 | |||||
| 「兼用法」を使うと、1つのことばが2つ以上の意味を持つことになります。この性質をつかって、おもしろいふざけたフレーズを仕立てることができます。また時には、気品のある上品な表現を作りあげることもできます。 | |||||
| 上に書いたような、「ふざけた表現」や「おかしな表現」を使えば。冗談やジョークなどを、作りだすことができます。 | |||||
| 機転のきいた表現や、ウイットあふれる言いまわしというのは。ときとして、はっとするような引きしまった表現を生みだすことになります。これは「兼用法」が、思いもよらない意表をついたフレーズを作ることができるということによります。 | |||||
| 上に書いたように「兼用法」には、機転に富んだ表現をつくるチカラがあります。このチカラを使うことで、新しいキャッチフレーズやスローガンなどをつくることができます。また、すでにある格言などのなかにも「兼用法」は多く使われています。たとえば、「ペンは剣よりも強し」といったときの「強さ」というのは、「ペン」のばあいと「剣」のばあいとで、ズレがあります。このズレが、「兼用法」だということを示しています。 | |||||
| 基本的なことばの操作は、単純な「くびき語法」のルールと同じです。手を加えないで書くと共通することになることばを、1つにまとめるということです。数学でいう、「カッコでくくる」という作業に似ています。 | |||||
| ただし、単純な「くびき語法」とは大きく違ったところがあります。それは、関わりあっているそれぞれの表現ごとに、意味が別々になるということです。つまり、結びついている片方で持っていた意味と、もう一方で持っていた意味とが異なっているということです。 | |||||
| すぐ上に書いたことを、いいかえれば。2つの語に結びついている、くびきの元となっている1つの語。この1つの語の中に、意味が入り組んで錯綜しているということができます。 | |||||
| 「兼用法」というレトリック用語。これは多くのばあい、「本来の意味」と「比喩の意味」とが結びついているばあいを指すことになります。 というのは意味が大きく異なるように、くくり出すとなると。どうしても「文字通りの意味」にたいして、「比喩としての意味」という関係になりやすいからです。くわしくは【2.「本来の意味」と「比喩の意味」との結びつき】の項目をご覧ください。 | |||||
| こういった「兼用法」の特徴を考えてみると。結びつけていることばに距離があるほうが、より効果が大きいということがいえます。 | |||||
| たいていの「兼用法」では、「本来の意味」と「比喩の意味」とが結びついている。これは、上に書いたとおりです。なのですが、ここにはちょっとした問題があります。それは、「あまり奇抜な比喩は使えない」ということです。くわしくは、【3.「兼用法」の限界】の項目に記しておきました。ですので、そちらもご参照ください。 | |||||
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| 引用は『スレイヤーズ(新装版)』から。 主人公は、“自称美少女魔道士”の「リナ」。 「リナ」たちは、この辺りで名を馳せている「盗賊B・T」を追いかけている。 盗まれそうになっていた「クリスタルの女神像」を取り返すことができた「リナ」。彼女に対して「盗賊B・T」は「美しい」と言ってくる。それが引用の場面です。 きみのという文。これが「くびき語法」になっています。つまり、
そして。このうち「心を奪う」というのは、「気持ちを自分のものにする」という意味で使われています。ですが、「唇を奪う」のほうは、「キスをする」という意味で使われています。つまり、同じ「奪う」ということばでも、その示している内容が違うのです。 なお。 この文章は、かんたんに「本来の意味」と「比喩の意味」とに分けることは難しそうです。ですが、一般的にいって「心を奪う」といういいかたは国語辞典に載っているような慣用句としてみとめられています。ですが、「唇を奪う」といういいかたは、慣用句とまではいえないようです。『広辞苑』や『大辞林』を見たかぎりでは、そのような感じでした。 ですので。しいていえば、「心を奪う」のほうが「本来の意味」で、「唇を奪う」のほうが「比喩の意味」だと、いえるかもしれません。 なお、おまけとして。 「新装版」ではない最初に出された『スレイヤーズ』は、1995年に書かれています。なので、ちょっと古いコミックからの引用になっています。ですが、この「兼用法」を使っているものが、なかなか見あたりません。ですので、『スレイヤーズ』を採用しました。 |
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見た目だけの、ことばの操作を見れば。「兼用法」のやっていることは、単純な「くびき語法」のものと同じです。共通することになることばを、くくり出す。そのくくられるコトバと、くくるコトバの間に、どういった関係になるか。その図で示してみました。
くわしくは、下にある なおこのサイトでは、『レトリック事典』をもとにして定義づけをしています。 |
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つぎに、「兼用法」と「破格くびき」との違い。ここでポイントとなるのは、
結びついているどちらの単語にも、意味として成りたっているかどうかがというところです。 「破格くびき」の例としては、 といったものが、あげられます。 これをよく見てみると、 もとに戻すと、「この手で触れたのだ」+「この目で触れたのだ」となる。「この目で触れる」という表現は合っていない。のです。 これにたいして「兼用法」のばあいには。あくまで、それぞれとの関係では表現が合っているのです。 まあ、もっとも。 「合っている」のか、それとも「合っていないのか」ということ。この判断は、じつはかなり難しいものです。とくに、比喩として使われている「兼用法」ようなばあい。それがどこまで、ふつう許された使いかたをなされているのかということは、いちがいに決められないこともあります。 |
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「兼用法」と「異義兼用」とには、大きな違いがあります。それは、
結びついているそれぞれの単語が「どちらもメイン」の関係にあるのか、それとも「どちらかがオマケ」という関係にあるのか という点です。 つまり。 「兼用法」のばあいには、結びついているどちらの単語にたいしても「対等」な関係にあります。これにたいして「異質連立」のばあいには、結びついている単語のどちらかがメインでもう一方は「オマケ」という関係になります。 それと、もう1つ書いておくと。 「兼用法」は、「くびき語法」の代表的なパターンといえます。「くびき語法」の下位分類としては、とても一般的なものとして広く知られています。 しかしながら「異質連立」は、かなりマイナーなレトリック用語なのです。たとえば「異質連立(attelage)」は、たとえば英語の「wikipedia」にも、ドイツ語の「Wikipedia」にも書いてありません。フランス語の「wikipédia」にだけ、「attelage」の項目があります。 じつはこの「異質連立」というのは。なぜか近代になってから、フランス語にだけ登場したものなのです。そういったわけもあって「異質連立」という用語は、あまり多くは見かけません。 「兼用法」は、「異質連立」とは大きく違います。広く考えれば「兼用法」は、まとめられたことばが本来もっていた意味が、おのおので違うばあいを全て含みます。さすがに、「くびき語法」で例文として出してきた、 「1人目は、シャベルを手に取った。2人目は、つるはしを、3人目は、クマデを。」という文は、「兼用法」とはいえません。ですが、それぞれに応じて「意味が違う」、といったときの「意味が違う」ということば。これは、かなりあいまいです。ことばの意味なんていうものは、どこからが同じで、どこからが違うとかいうことはできません。連続しているのです。 そのように考えると。「くびき語法」のうちかなりのものが、「兼用法」に当てはまるということになりそうです。 |
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| 結びついている一方との関係では「字義的な意味」。もう片方との関係では「比喩的な意味」。とまあ「兼用法」は、おおかたこんな具合になっているということです。 というのは。 意味が大きく異なるように、くくり出すとなると。どうしても「文字通りの意味」にたいして、「比喩としての意味」という関係になりやすいからです。 「兼用法」の例を書いてみると。 といったものが、あげられます。 これをよく見てみると、 もとに戻すと、「褌(ふんどし)が外れる」のほうは「本来の意味」ということができる。だけども、「思惑が外れる」のほうは「比喩の意味」だということができます。 このように。 それぞれの関係で、意味が大きく異なるように「兼用法」をつくっていくと。どうしても、「本来の意味」と「比喩の意味」という結びつきになるということです。 ですので。 とくに、「本来の意味」だったことばと「比喩の意味」だったことばを、ひとまとめにしてしまうばあい。このようなものが、「兼用法」の典型例となります。 |
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| 「兼用法」にも限界があります。 それは何かというと。 「比喩の意味」とはいっても、それほど奇抜なものは使えないということです。つまり、今までで見たことも聞いたこともないような比喩は、「兼用法」になれないということです。 なぜなというと。そもそも「兼用法」それ自体が、「アクロバット的」だからです。つまり、いくつかあった意味の違うことばを1つにくくったというだけで、十分に「文法のルールから外れた」ことをしていることになります。もしもかりに、ここで突拍子もない比喩をつかったとしたら。それは、ただ「意味不明な文章」になることでしょう。 そういったわけで「兼用法」につかわれる比喩は、よく知られた分かりやすいものでなければならないのです。 ためしに。 「唇を奪う」をgoogleで検索すると、約22,100件あります(2007年6月現在)。少なくとも、読み手・聞き手が何のことだか分かるくらいには世間に広まっているものでなければ、「兼用法」にはなれません。 |
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| 「兼用法」にかぎらず、「くびき語法」によって1つにまとめられる単語は、ふつう「動詞」です。というか、ほとんど「動詞」です。 ですが。私(サイト作成者)が知っているかぎりでは1例だけ、「形容詞」の例文をのせているものがあります。それは、『レトリック小辞典』です。 この例文は、どこからみても「兼用法」にあたるものです。なので、ここに載せておきます。 飛ぶ鳥の声も聞こえぬ奥山の深き心を人は知らなむ (古今集恋一・535 読人しらず)この和歌は、「奥山が深い」ことと「人の心が深い」ことの「兼用法」です。つまり、「深い」という「形容詞」が1つにまとめられているわけです。1つは「奥山」、もう1つは「人の心」。どちらにたいしても、「深い」ということばが役目を果たしているわけです。 さらにいえば。片方の「奥山が」につかわれる「深い」は、「本来の意味」です。けれども、もう一方の「人の心が」につかわれる「深い」は、「比喩の意味」です。この部分でも、「兼用法」の条件にかなっています。 数少ない例ですが、「形容詞」のタイプもあります。 |
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| ダブルミーニング、くびき語法、破格くびき、異質連立、交差再説、二詞一意、反復法、超格法、文体落差、訛り、省略法、 |
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| この本が、「くびき法」の項目で説明しているもの。それは、このサイトでいう「兼用法」にあたります。ジュニア新書なので、やさしく解説してあるのでオススメです。 | |||
| シェイクスピアが使うような「兼用法」といえば。それは、喜劇的なウイットの効果のあるものです。そういったわけで、おかしみのある「地口」のような「兼用法」についての解説については、この本がしっかりしています。 | |||
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