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| 類義累積 るいぎるいせき synonymy, interpretation | ||||||||
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| ――『屍姫』1巻53~54ページ (赤人義一/スクウェア・エニックス ガンガンコミックス) |
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| 類義累積は、意味も似たことばを並べるレトリックです。つまり、ある1つのことを述べるために、同じような内容の言葉を積みかさねてゆくものです。 | |||||
| 効果には、大きく分けて2つあります。1つめは「印象を強くするため」のというものです。似たようなことばを続けることによって、インパクトのある文を生みだすことができます。 | |||||
| この「類義累積」には、もう1つ特徴的な効果が知られています。それは、「苦しまぎれ」といえるものです。ピッタリしたことばが見あたらないので、ひとことでうまく言いあらわせない。でも、なんとか言いあらわそうとして、アタマにあるイメージに近いことばを積みかさねていく。これが、「類義累積」のもっている、もう1つの特徴です。 | |||||
| 「ひとりの人」「ひとつのこと」にたいして、いくつもの異なる語を次々と並べることです。別の言いかたをすれば、ことばのかたちは異なるけれども、ほとんど同じ意味のことばを、連続して使うものです。 | |||||
| そして、それは同時にそれは、1つのモノを多角的に表現するということです。いいかえれば、ひとつのモノがもっている、いろいろな性質。そういった性質を表現するために、いろいろな角度から光を当てるということになります。 | |||||
| 1つの単語で、十分に伝えることができる。だけれども、それにもかかわらず「類義語」を何個も積み上げる。もしそんなセリフを聞いたのなら、「まわりくどい」と思うはずです。 | |||||
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| 1つめの画像は、『屍姫』1巻から。 主人公は、眞姫那。 コミックのタイトルからも分かると思いますが、「屍姫」というのが眞姫那の任務(?)です。そして、この「屍姫」という設定が、この作品のキーポイントとなります。 そういったわけなので、まず。 その「屍姫」というヤツの説明を、コミックから抜粋してみることにします。 まず。1ページ目のトビラに書いてある説明から、抜き書きしてみます。 ■屍姫(しかばねひめ)と書いてあります。 これだと、ちと堅苦しい。なので、コミックの本作品の中から「屍姫」なるものを説明しているページに当たってみる。 すると、 屍にようにとのことです。 そして。 ここまでくると、もう1つの用語をプラスして説明する必要が出てきます。それは、「屍」というものです。「死を冒瀆する死体」、これが「屍」とよばれる。この「屍」という用語についても、ちと抜粋してくると。 強い「未練」がと書いてあります。 以上のことを、まとめると。 「屍」というのがいる。一度は死んでしまったけれども、この世に何かの未練があった。なので、生きていたときの体を被って、未練を果たそうとする。そして、それはさらなる「死」を呼ぶ。それが、「屍」。 そして、そこに「屍姫」というのが現れる。「屍姫」も、一度死んでしまった未練のある死体。ただ、光言宗との契約によって生まれたのが「屍姫」。そして、「屍」を退治するのが「屍姫」のルーチンワーク。 と言ったところだと思います。私(サイト作成者)が、今のところ1巻までしか持っていない。なので、あまり詳しいことを書くことができません。 そういったわけで。カン違いとかに気がついたら、時を追って訂正していくことにします。 それでもって。やっと「類義累積」の説明になります。 人はわたしをというところ。この「畏怖」「憐憫」「侮蔑」「嘲笑」の4つが並んでいる。「類義語」が立てつづけに使われる。これが「類義累積」というわけです。 このページの、はじめのところに。 「類義累積」の効果には、大きく分けて2つがあると書きました。それでは、この例はどちらに当てはまるでしょうか。 あえて個人的な意見を書きますが。私(サイト作成者)は、 2つの効果を、両方とも持っていると。そのように考えています。どちらかに割り切ることのできるものではない、とそのように思っています。 ま。そういった細かいあたりは、ヒトそれぞれ感じかたが違うものです。ですので、あまり深くまでは考えに立ち入らないことにします。 |
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主人公は、「中寺逸実」という少年。 彼の友だちのグループは4人。「鳥居護」という大阪弁の少年。「清水清香」というちょっと強気な少女。「今河真知子」という少しこわがりだけど霊感をもっているみたいな女の子。あと、主人公の「中寺逸実」本人の合計4人。 彼らは、一匹の猫を拾う。そして、その猫を飼う場所として、廃屋となっている家を見つける。 そして4人のグループは、そこに猫を放してくるために、廃屋へと向かうことにする。 しかしその廃屋は、 という、ちょっと怖いところ。 だけれども、「逸実」と仲間たちは、そこに猫を放すことに決める。そして、問題の廃屋へ向かう。 しかし実際には、その廃屋には「人が住んでいる気配」があった。それに先月分の「電気料金の領収書」もあった。その家は本当は「廃屋」ではなく、誰かが生活しているらしい。 でも「雨戸やら釘付けよってからに…」(20ページ)という、やはり風変わりな家であることには変わりない。 さらに「逸実」は、その廃屋(?)に猫を置き去りにしてしまった。 というわけで、引用の部分になります。 斯くしてということでもう一度、あの廃屋に向かうことになる。「放課後探偵団」という、今日限りの名前をつけて。 そこで使われている、 受動的消極的済し崩し的にという部分を、「類義累積」と考えます。「受動的」「消極的」「済し崩し的」という3つの言葉は、どれも似たようなことばです。その3つが続けて登場しているので、「類義累積」ということができます。 |
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世の中には、とっても多くの単語がある。たとえば『広辞苑』(第六版)には約24万語が載せられているらしい。そして、24万語も収めているのに、それでも「すべて網羅している」わけではない。 じゃあ。日本語が持ちあわせている24万語のなかに、同じ意味の単語があるのかというと。厳密に、まったくピッタリ一致している同じ意味の単語は、1組もない。ゼロなのです。 もちろん。ほとんど同じ意味の単語は、あります。「食べる」と「食事する」は、ほとんど同じ。そして、シーンによっては「口にする」とか「召し上がる」とか「ランチをとる」とか「喰う」とか「食らう」とか「御飯にする」とか、いろいろ言いかえることができます。 そして、そういったものが「類義語」として扱われることになります。 そんなふうに。 持っている意味は、たしかに似ている。けれども微妙にちがうもの。それが、「類義語」です。そして、そんな「類義語」と積みかさねていってできるもの。それが「類義累積」というわけです。 「類義累積」をつくるためには、何個か「類義語」を見つけることが必要です。そこで「類義語」を探すことになるのですが、「類義語」を見つけるには、いくつかの方法があります。 まず。パソコンの漢字変換ソフトに「ATOK」を使っている人は、「連想変換」という機能を使うことができます。これは、かんたんな「類義語辞典」だといえます。 たとえば、「読む」と入力して[ctrl + tab]を押してみる。すると、「読み上げる」「黙読する」「唱える」「奉読する」……。とまあ、ズラズラっと「類義語」が出てきます。 この標準で搭載している「連想変換」は、あくまでカンタンなものです。けれども、手軽に使えるので便利です。 2番目の方法として。類義語を探しだすことのできるサイトも、いくつかあります。 類義語を探すための辞書としては、「類義語辞典」というものがあります。「シソーラス」と呼ばれたりするのも、これと同じものです。 この「シソーラス(類義語辞典)」が、インターネット上でも見つけることができるのです。たとえば、 といったものです。ほかにも、「Yahoo!辞書(http://dic.yahoo.co.jp/)」など、探せばいくつかあります。 最後に、3番目として。 紙で印刷された「シソーラス(類義語辞典)」というのが、もちろんあります。小さなサイズの辞典であれば、街の本屋で3,000円くらいで買えます。もちろん、もっと大きくて値段の高い辞書もあります。 そういえば。 このサイトに文章を書いていくときにも、「シソーラス(類義語辞典)」を使っています。私(サイト作成者)が利用しているのは、『類語国語辞典』(大野晋・浜西正人/角川書店)というものです。 私(サイト制作者)が思い浮かべた文は、どうしても難しい熟語が並ぶという悪いクセがあります。それをフォローするために、『類義国語辞典』を利用して分かりやすくするようにガンバっているというわけです。 |
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最初のほうにも書きましたが。 「類義累積」には、大きく分けて2つの性質があります。 1つは、強調のため。つまり、印象強くして念を押すために「類義語」を積みかさねる。これは気づきやすいし、ほかのレトリックにも多く見かけるものです。ようするに、この「類義累積」というページで、それほど語る必要がないものだといえます。 それに対して、もう1つの性質。うまく言いあらわすコトができないものをなんとか表現するために、言いたいモノゴトに近いことばを積みかさねていく。その結果として、「類義語」が累積することになる。こういったタイプの「類義累積」もあります。そして、このタイプのものが、「類義累積」を特徴づけるものです。 そういうわけなのですが。 2つめに書いた、「うまいことばが見つからないので、いろいろな言いかたをためしてみる」というタイプの「類義累積」。これは、「疑惑法」というレトリックに近づいていくことになるのです。 なぜかというと。 「疑惑法」というレトリック。これは、「ひとことで断言することを躊躇して、それとない似たような内容のことばを積みかさねる」というものです。「似たような内容のことばを積みかさねる」のだから、とうぜん「類義語」の累積になっていきます。 なので、どちらも「類義語の積みかさね」になる。だから、「類義累積」は「疑惑法」に近づいていくことになるのです。 そして、このように「類義累積」と「疑惑法」とが近づいていくというのは。ただ単に、「類義語の積みかさねというところが似ているから」というだけではありません。 じつは。表現しようとする内容についても、「類義累積」と「疑惑法」とは似ているのです。 「類義累積」。あらわしたいモノゴトを言うピッタリのことばをみつけるために、それに近いことばを連ねていく。 「疑惑法」。核心となるモノゴトを言うピッタリのことばを避けるために、それに近いことばを連ねていく。 「思いが迷っているので、類義語を重ねていく」。この点において、「類義累積」と「疑惑法」とは、とてもよく似ています。オーバーラップしている、乗りこえが起こっているといってもいいでしょう。 |
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| このページで取りあつかっている「類義累積」。このレトリックのばあい、くり返されることになる単語は、「単語のかたちは別だけれども、意味の似た」ものです。 そして。 このように、ことばを「くり返す」レトリック。これは、2つのポイントに注目して分類することができます。 1つめのポイントは。「単語のかたちが同じ」ものが、くり返されているかという点。そして、2つめのポイントは。「単語の意味が同じもの」が、くり返されているかという点。この2つです。 それをまとめてみたのが、つぎの表です。 たとえば、このページで扱っている「類義累積」。これは「単語のかたちが違う」+「意味の同じ(似ている)」単語をくり返すことになります。そのようなことに着目して分類してのが、上にあげた表になります。 「類義累積」を除いた、のこり3つのレトリック。そのくわしい解説については、それぞれのリンクを参照ください。 |
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このページで説明している、「類義累積」。それから、上にあげた「トートロジー」「異義復言」「類音語反復」。この4つは、すべて「ことばを反復するタイプ」のレトリックです。 そして、この「ことばを反復するタイプ」のレトリックは、そのほかにも数多くあります。 ですので。そういったレトリックを解説するために、「反復法」というページを作ってあります。ですので、くわしい分類や説明については、そちらをご覧ください。 |
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| 類義累積・類義語累積法 | |||||
| 類語法・シノニミー | |||||
| 換語反復・同義語反復・同義的反復 | |||||
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| 反復法、畳句法、畳語法、隔語句反復、復言法、回帰反復、首句反復、結句反復、首尾語句反復、前辞反復、おうむ返し、異義復言、同綴同音異義、類音語反復、疑惑法、継起的音喩、訂正法、換語、抹消表示 | |||
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| 佐藤信夫先生が、「類義累積」について長い文章を載せています。「類義累積」というレトリックの細かな性格について知るには、かならず読むことになるはずです。 | |||
| 「類義累積」を使うことになる、2つのシーン。「念を押して強調」する場面と、「とらえることの難しいモノゴトをあらわす」という場面。この2つの面をシッカリと指摘している本として、あげておきます。野内氏は『レトリック辞典』(野内良三/国書刊行会)などでも、同じような説明をしています。 | |||
| 厳密に言えば、「まったく同じ意味の単語=同義語」というのは存在しないということ。そのため学問的には、「同義語」ということばを避けて「類義語」という言いかたをするということ。そのあたりのことを、わかりやすく説明してあるものとしてあげておきます。「辞典」と名前のつく本であれば説明が必ずあることだとは思いますが、「わかりやすく説明してある」ので。 | |||
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| さて。 じつは。いくつかの単語を見せられたときに、それを「類義語」だと受けとるか。つまり、どのくらい似たような意味であれば「類義語」だと考えていいのかというのは、わりとアバウトです。 たとえば。 このページのトップで画像を引用した、「畏怖と憐憫と侮蔑と嘲笑」という4つの単語。こいつらが「類義語」かどうかというのは。かなり判断が分かれるところだとおもいます。 この4つならんだ単語の意味を、じっくり考えていくと。その疑問は強くなっていきます。 ややムリがあると思いつつ。無理やり「和語」にしてみると、つぎのようになります。
でも。 人間が思いえがく気持ちというものは、1つの単語でだけでピッタリと言いあらわすことができない。だから、この例のように4つ単語をならべるということに、意味があるのだとおもいます。 |
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「類語累積」は、『極上生徒会』に出てくる「角元れいん」だけが使っているわけではありません。 まあ彼女のばあいは、どのセリフも「類語累積」なわけですが。 …と、またもや、ごく一部の人にしか理解できないことを、平気で書いている。いいのか、それで? 左の画像は、角元れいん。トランプで勝ったときのセリフです。 |
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