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| くびき語法 くびきごほう zeugma | |||||||||
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| ――『学校のおじかん』2巻107~108ページ (田島みみ/集英社 マーガレットコミックス) |
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| くびき語法は、文の中でそっくりの部分を取りだして、ひとくくりにするというレトリックです。これはさらに、つぎの2つのタイプに分けることができます。 | |||||
| 2つ以上の名詞にたいして修飾する形容詞が、「そっくりのもの」であるときに。そういった「そっくりのもの」をくりかえし使わずに1回だけにする。これが、「くびき語法」のパターンその1です。つまり、同じような「形容詞」が出てきそうなときに、まとめて1つにするということになります。 | |||||
| 2つ以上の名詞を目的語とする動詞が、「そっくりのもの」であるときに。そういった「そっくりのもの」をくりかえし使わずに、1回だけにする。これが、「くびき語法」のパターンその2です。つまり、同じような「動詞」が出てきそうなときに、まとめて1つにするということになります。 | |||||
| 基本的な「くびき語法」では、くり返し出てくる表現を一つにまとめることになります。それはつまり、ムダに何度もあらわれることばが煩わしいので、これを避けるということになります。 | |||||
| はじめに、ふつうに表現すると何度もあらわれることになってしまう語を見つけます。つまり、くくり出すことになる元になることばを選びだします。 | |||||
| そのようにして見つけ出した「くり返し何度も出てきていることば」を、1つにします。そのままにしておけば、2回以上あらわれるはずのことばを、シンプルに一回だけにする。このことから「くびき語法」は、「省略法」の一種だということができます。 | |||||
| 上に書いた手順をまとめると。ようするに「くびき語法」というレトリック用語が指ししめしているのは、数学でいう「カッコでくくる」という作業にあたります。つまり、「共通項をくくり出す」ということです。 たとえば、5a+5b = 5(a+b) となる。これを、ことばの世界でやってみる。たとえば、「私が買ったのは鉛筆で、弟が買ったのはノート。」というのを「カッコでくくる」。すると、「私が買ったのは鉛筆で、弟はノート。」となる。こういったのが、いちばん基本的な「くびき語法」のかたちとなります。 |
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| 上にも書いたことですが。いちばん基本的な「くびき語法」では、数学でいう「カッコでくくる」という作業です。これは一歩進めていうと、カンタンに元の状態に戻せることを意味します。5a+5b が 5(a+b) になったように、 5(a+b) は誰にも間違いなく 5a+5b に直すことができるということです。 なので、いちばん基本的な意味での「くびき語法」というのは、気の利いた表現でもありません。派手な表現でもありません。むしろ、ごく普通のあらわし方です。これが、このあと下で書くような「兼用法」や「破格くびき」となったとき、意外性を生みだすことになります。 |
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| 引用は『学校のおじかん』2巻から。 主人公は、青葉陸。 陸は、どこにでもいる高校1年生の女の子、…のはずだった。 が。ある日のこと、とつぜん彼女は「学園長」になる。これは、陸のおじいちゃんが遺言で「陸を学園長にする」と決めていたから。 そんなわけで陸は、名門私立校・マガレット学園の学園長となった。しかも、このマガレット学園で高校生として学園生活をすごし、なおかつ学園長までこなすことになってしまう。 そういったわけでクラスメートは、よそよそしい。高校1年生とはいっても、やはり学園長なのだから近づきにくい。なので陸は、なかなか学園になじんでいくことができない。だけども、そんななかでも、篠原楓と広田マキ(マッキー)という、2人の生徒と話をするようになった。 そんな高校生活のなか。陸は、いきなり告白される。相手は、六條という男の子。「友だちから」といって親しくするようになった六條くんだったけれども、彼は明るくてやさしい。陸は、六條くんと付き合うことに決めた。 だが、しかし。六條には、ねらいがあった。それは、学長室にある「実力テスト」の用紙。これを試験の前に手に入れて、いい点数をとろうというつもりだった。 まあ、たしかにこの計画は、マッキー達の活躍によって防ぐことができた。六條は、テスト用紙を盗むことに失敗した。 それでも、このことは陸にとってショックだった。六條には「アンタが学長だから近づいただけなんだ!」とまで言われ、すっかり落ち込んでしまう。 そんなときのマッキーのセリフが、引用の場面となります。 「あーゆう男」というのは、もちろん六條のことです。六條みたいなヤツばかりではないという、マッキーのことばを聞いた陸。そのときのモノローグが「くびき語法」になっています。 マッキーのさて。 この文章は、もともと、 「マッキーの言葉が夜空に響く/あたしの心にも響く」というものであったはずです。なのですが、つづいている文のなかに、「響く」という「動詞」が2回出てきます。そこで、これをひとまとめにして、「響く」ということばを1つにしました。その結果が、 「マッキーの言葉が夜空に響く/あたしの心にも――…」というかたちになったわけです。そういったわけで、この省略は「くびき語法」と考えることができます。 |
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| さて、じつは。 「くびき語法」というレトリック用語は、いろいろなタイプのものを指ししめすためにつかわれます。これは、いろいろなレトリック研究家が、いろいろな意味で「くびき語法」という用語をつかった結果、かなり混乱しているためです。 そこでとりあえず、下に図を書いてみました。 この図をはじめてみた人は、多分「なんだコレ」という受けとり方になるでしょう。 ですが、 これは、くくることになる単語と、くくられる単語。その間に、どのような関係があるかを示した図です。
なおこのサイトでは、『レトリック事典』をもとにして定義づけをしています。 |
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| これは、いちばんシンプルな「くびき語法」です。 ようするに、ことばがダブって2回以上あらわれるのを避けるために省略して、1回だけにするというものです。 この「くびき語法」のページで扱っているのも。基本的には、この「単純に、ことばのくり返しを省略するだけのタイプ」にあたります。 『レトリック事典』が書いているように。これだけを限定して言いあらわすレトリック用語は、ありません。ですので、このタイプのことだけを指ししめしたいときには「くびき語法」と呼ぶしかありません。 たとえば。 「1人目は、シャベルを手に取った。2人目は、つるはしを手に取って、3人目は、クマデを手に取った。」という文があったとします。なのですが、この文章には「手に取った」という「動詞」が、何度も出てきます。つまり、そっくりの部分があるわけです。 そこでこれを、ひとくくりにしてみます。つまり、「手に取った」という「動詞」を1つにまとめるわけです。 すると。 「1人目は、シャベルを手に取った。2人目は、つるはしを、3人目は、クマデを。」と変えることができます。このようにして出来上がるものを、「くびき語法」といいます。(なお、この例文は『ラルース言語学辞典』から借りてきました。) ようするに、似たようなことばをくり返すのがメンドウだということです。ことばが反復して登場するのがイヤなので、1つにしてしまおうというわけです。 まあ。 「メンドウだから」とか「イヤだから」とかいった理由が書いてあることからも、想像がつくことですが。この意味での「くびき語法」は、あまりハデな効果を生みだすものではありません。 |
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| ――「異義兼用・兼用法・双叙法・一筆双叙法」 | |||||||||||||||||||||||||||
| くくり出した「動詞」を元にもどしてみる。すると、そのことばが片方ではたらいている意味と、もう一方ではたらいている意味とが違う。そういったものが、このタイプにあたります。 いいかえれば。1つしかないことばが、くびきのように2つ以上のことばへと結びついている。その2つ以上のことば、それぞれとの関係で、くびきとなっている語の意味が別になっているというものです。 とくに。片方では「本来の意味」となっているが、もう一方では「比喩の意味」となっていることが多くあります。 このタイプの呼びかたは、いろいろあります。「兼用法」とか「異義兼用」とか「双叙法(雙叙法)」とか、もしくは「一筆双叙法(一筆雙叙法)」とか呼ばれます。 このタイプに含まれるものとしては。たとえば、 といったものが、あげられます。(参考:『レトリック事典』) というのは。これをよく見てみると、 もとに戻すと、「褌(ふんどし)が外れる」のほうは「本来の意味」ということができる。だけども、「思惑が外れる」のほうは「比喩の意味」といえる。からです。 くわしくは、「兼用法」のページをご覧ください。 |
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| ――「破格くびき」 | |||||||||||||||||||||||||||
| くくり出した「動詞」を元にもどしてみる。すると、片方とは結びつくけれども、もう一方とは結びつかない。そういったタイプが、これに該当します。 このタイプのものだけを呼ぶのには、「破格くびき」という名前が一般的です。あと「不一致的軛語法」とよばれることもあります。 このタイプに含まれるものとしては。たとえば、 といったものが、あげられます。(参考:『レトリック辞典』) というのは。これをよく見てみると、 もとに戻すと、「この手で触れたのだ」+「この目で触れたのだ」となる。「この目で触れる」という表現は合わない。からです。 |
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| ――「異質連立・両義法」 | |||||||||||||||||||||||||||
| くくられていることばが、「具体的なもの」と「抽象的なもの」、という異質な結びつきとなっている。そういったものが、このタイプとなります。 このタイプに含まれるものとしては。たとえば、 といったものが、あげられます。(参考:『レトリック事典』) というのは。これをよく見てみると、 「汚れたレインコートを持っている」のは「具体的なもの」だけれど、「夢を持っている」のは「抽象的なもの」といえる。からです。 ですが。 「異質連立(attelage)」というレトリック用語は、なぜかフランスだけで使われているものです。 フランス語「wikipédia」の「Attelage」には、ほんの少しだけ説明が書いてあります。 2) en rhétorique, un attelage est l'association d'un terme concret et d'un terme abstrait.というふうに。 見てのとおり、フランス語です。日本語に翻訳すれば、 2) レトリックでは、attelageは具体的な語と抽象的な語とを結びつけたものをいう。くらいの意味だとおもう。私(サイト作成者)は、フランス語を習ったことがないので自信はちっともないけれど。 なお。 どれか1つを引き立たせるために、ほかのことばは「添え物」として置かれていることも多くあります。 |
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| ことばの性格として。 ヨーロッパ系の言語では、まったく同じ単語が何回も出てくることをイヤがります。そういった事情もあって、ヨーロッパ系のことばの中では、わりと「くびき語法」がよく出てきます。 それは。 反対にいえば、あまり日本語では見かけないということでもあります。それはつまり、もし日本語で「くびき語法」を使ったばあいには、かなり「目を引く」ものになるということでもあります。 |
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例えば、右のような「ふき出し」があります。 注目したいのは、その「ふき出し」の作りかたです。 海堂(右)と桃城(左)は、同じテニスのチームで、ダブルスとして試合をしている最中です。 ここで海堂は「精神力で勝つ」と言っていて、桃城は「体力で勝つ」と言っています。ですが、「で勝つ」の部分は、共通しているということで、一緒になっています。つまり、ここで書かれている「で勝つ」という動詞は、「精神力」と「体力」という二つの名詞にかかっていることになります。 たまたま読んでいたのが『テニスの王子様』7巻だっただけです。これが特別というわけではなく、いろいろなコミックで使われています。 「ふき出し」になると、「くびき語法」は、この例のようなかたちで表現されることになるのではないか。そのように思います。 |
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| くびき語法・軛語法 | ||||
| 兼用法・兼用語 | ||||
| 文肢並列法・一致的軛語法 | ||||
| ※「兼用法」または「兼用語」といったばあいには、もっと限られた意味(「異義兼用」としてのsyllepsisの意味)を指ししめしていることも多くあります。 | ||||
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| ダブルミーニング、破格くびき、兼用法、異質連立、交差再説、二詞一意、反復法、超格法、文体落差、訛り、省略法、語頭音消失、語尾音消失、語中音消失、脱落、主辞内顕、断叙法、連辞省略、要語省略、情報カット、警句、黙説法、頓絶法、中断法、名詞句、異例結合、名詞提示、場面カット、沈黙表示、省略表示 | |||
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| ここのページは、この『レトリック事典』がまとめている方法にならって書かれています。ですので、もっとくわしく「くびき語法」について知りたい方は、まずこの本を読むことになると思います。 | |||
| 日本語で読める本の中で、「くびき語法」に関していちばんくわしく書いてあるのは、たぶんこの本です。すぐ上に書いた『レトリック事典』の行っている分類の方法とは、ちょっと違います。けれども、かなり細かいことにまで踏みこんで書いてあります。 | |||
| こちらの本にも、くわしい説明があります。ただし、『文学修辞学―文学作品のレトリック分析―』にも当てはまるのですが、翻訳した本なので読むこなすのが難しいという点には注意が必要です。 | |||
| 翻訳ではない日本語で書かれた本で、それなりに充実したことの書かれている本となると。たぶん、これがオススメではないかと思います。 | |||
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| 「くびき」というのがどういったものなのか、書いておくことにします。 この「くびき」は、馬車や牛車で車の先に取りつけられているものです。これを使って、馬や牛の首にひっかけて引っ張らせる道具のことです。 漢字で書くと、「軛」になります。なので「くびき語法」は、漢字で「軛語法」と書くことができます。 ですが。 日常生活で馬車や牛車を見かけない、この現代では。この「くびき」の意味を知っている人は、少ないと思います。 明治時代に、たくさんのレトリック用語が導入されたとき。“zeugma”という言葉には、「くびき語法」という日本語を当てることにしました。当時には馬車や牛車も使われていたと思います。また、“zeugma”の語源がギリシア語の「くびきにつなぐ」という意味だということから考えても、「くびき語法」と名づけたことに無理があったわけではありません。 しかし現代では。もはや使われなくなってしまった「くびき」という言葉を使った、「くびき語法」というレトリック。分かりにくいのは、たしかです。 ただ、まあ。 「くびき語法」というレトリック用語は、レトリックの世界ではかなり定着しているのものです。新しい言葉を当てはめて、うまく通用するようにすることが、簡単だとは思えません。ですので、この「くびき語法」という呼びかたは広く一般的に使われています。 |
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はじめのほうで書きましたが、学者によって「くびき語法」にかんする用語の使い方が混乱しています。というのは、レトリック研究家がいろいろな意味で「くびき語法」という用語を使ったためです。その結果、かなり混乱しているのです。 そこでここでは、混乱の激しさを図にして書いてみます。 分類が間違っていたら、すいません。でも、なるべく多くの本を参照したつもりです。 ようするにナニがいいたいのかと言うと、「混乱している」ということです。たとえば「くびき語法」という呼びかたをしているばあいでも、参考にした本によって意味が違うのです。 「(広義の)くびき語法」と「(狭義の)くびき語法」について。これらは、「くびき語法」というレトリック用語を使って問題ありません。ですが、「異義兼用」や「異質連立」であっても、「くびき語法」と呼ばれているようです。上の円グラフの朱色(赤色)にしておいた部分が、それに該当します。 少なくとも私(サイト作成者)は、「異義兼用」や「異質連立」について「くびき語法」と呼ぶのには違和感があります。 まあ、そのような使われ方がされているということは、注意しておいたほうがいいと思います。違和感のあるなしに、かかわらず。 |
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