手鏡
■このホームページを作るになんと時間をとったことか(笑)。せっかくつくっても間違って「あっ!」という間に消してしまうことも1回や2回じゃなかった。ソフト通りにというものの苦戦の連続、とはいうもののなんとか見えるようになった今、再度公開いたします。よろしくお願い致します。
■大好きな長沢節先生のクロッキーを見てから、迷わず「セツ・モードセミナー」へ入学しました。あの頃は入学試験なんかありませんでしたから、いい時代でした。いつもブルーマウンテンの香りが漂っていました。私はファッションイラスト科で3年いました。卒業後はファッション業界で30年近くマーケット・バイヤー・販促などに携わりました。その間に宮田雅之氏の切り絵を知ることとなり、独学で切り絵作家になりました。
いまでも宮田先生の妖艶な切り絵は私の感動であり原点です。
■子供の頃から母が「紙と鉛筆があれば、本当に手のかからない子供だった」と常々いっていましたっけ。それでも当時紙は貴重品。広告の裏面が当たり前、わら半紙でも上等でしたね。ですから、ほこりっぽい路上や砂場がキャンバスでした。
■伯父が日本画家であり書家であったことで、よく可愛がられました。伯父の交友先はかなりのお歳の方々ばかり。それでも小学低学年でいっぱしのカバン持ち。そのころは風呂敷でしたが、伯父は子供扱いするでもなく、それが僕にはすごく嬉しかった。遠い日の思い出です。絵描きになりたいと思ったのはそのころからでした。 |

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桜柳

深川夜桜
■どうもませた子供でして、子供の頃から年上の綺麗なというか、淫らなというか、いなせなというか・・・・とにかく美しい人が好きでしたね。だから今でも子供心にあこがれた「美しい女性」が走馬灯のように想い出されます。美人の基本は生命力でしょうか。決して顔が美しいだけじゃないんです。やはりそんな女性は「艶があり」「色気が」自然と感じますね。

大原女〜春の風
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