第六話 予言 前半




「分かった。お前達、戦うつもり無い。俺達と同じ、ハーゴンは敵」
「その通りです」
 リーダーらしき男の言葉に、カインは安堵の息を吐いた。
 三人を取り囲む部族の者達は、額当てにマントという揃いの格好だった。黒い肌には刺青と化粧が施され、自らが戦士である事を示している。盾はそれほど頑丈そうではないが、彼らの持つ戦斧の輝きは剣呑そのものだ。
 カインの両脇を固めるアルとアイリンが、油断なく森の奥を窺う。木々の間に見え隠れする影を入れて、総勢ざっと五十名。到底、三人で相手に出来る数ではない。
「言ってること本当の場合、心配するの何も無い。ロト、偉大な戦士。多くの者達の挑戦を退けた。だから、ほとんどの部族、ロトの格好、真似てる。その子孫、とても歓迎する」
「それは興味深いですね」
 身を乗り出したカインを遮って、アルが男に尋ねた。
「あんたらの領地を荒らすつもりはねえんだ。単に、通らせて欲しいだけで」
「金銀や宝石でしたら、充分にお支払いする用意もありますわ」
 続けたアイリンに、リーダーが首を横に振る。彼女達は少し緊張したが、男は友好的な態度を崩さずに言った。
「金、要らない。誰か一人の首、寄越す」
「交渉決裂か」
「違う。首、嘘吐かない。お前達の話を信じるのに、首が必要。これ、どの部族も同じ。長い長い時間、今まで違ったのロトだけ」
 顔を見合わせたアルとアイリンが、視線で次の行動を相談した。片言とはいえ言葉の分かるリーダーに、内容がバレないようにというのもあるが。分かりきった事だけに、わざわざ口にするより早いからだ。
 彼らに挟まれたカインは、呑気な事に感心なんかしていた。
「なるほど、だから首狩り族なのか。文化の違いというやつだねえ」
「あなたね! 少しは状況を理解しなさいよ」
「これでも取り乱してるんだけど」
 くわっと目を見開いたアイリンに謝りつつ、カインが部族の者達へと向き直る。三人の考えは分かっただろうに、リーダーは楽しそうに笑って尋ねた。
「誰の首にするか?」
「話し合いの余地がありません。首が取れたら生きていられませんし、我々は誰も死ぬ気は無いんですよ」
「とても良い答え。ロトの子孫らしい。その挑戦、受けて立つ」
 リーダーが振り返って、部族の者達に彼らの言語で何かを叫んだ。様子を窺っていた首狩り族は、嬉しそうに雄叫びで応じ、斧で盾を叩き始める。密林の中でも、あちこちから鳥の鳴き声に似た鬨の声が響いてきた。
 戦斧を掲げたリーダーが、突撃命令を下そうとした寸前で、カインが杖を振った。
 襲い掛かった電流による痺れに、首狩り族の勢いが削がれる。迷わず馬の方へ身を翻したカインの背中を守りながら、アルとアイリンも退がっていく。
「待って」
 迫る部族の戦士達へ、光の剣を掲げようとしたアルを制すと、澄んだ声で詠唱を終えたアイリンがラリホーを放つ。十名近くも眠らせたが、抵抗した者は怯まずに近付いてきた。
「それは温存しておいて。いざって時に、最大の効果を発揮して貰わないと」
「分かった。っと、しゃがめ!」
 アイリンの上へロトの盾を伸ばしたアルが、振り下ろされた戦斧を受け止める。その黒い肌の戦士と同じく好戦的な笑みを浮かべ、アルは相手を蹴り飛ばした。
 彼の腕を潜ったアイリンは、バギを唱えながら立ち上がり、密林から襲い掛かってきた戦士達へ真空の刃を叩きつけた。空中でバランスを崩した彼らが、木々や地面に背中を打って咳き込むのが聞こえる。
 互いの背を守りつつ場所を入れ替わって、見事な連携で敵を捌く二人だが、数の差は覆しようもない。
 何人かに深手を負わせたものの、押し潰されるのは目に見えている。
 もっとも、最初から二人に戦いきるつもりなど無い。馬の蹄の音が近付いてくると、大振りの攻撃とバギで首狩り族に距離を取らせ。カインの差し出した手綱を握って、鞍の上へ乗り込んだ。
「アル、今!」
「任せろ!」
 アイリンに促される前から動いていたアルが、包囲を狭める戦士達へ光の剣を翳した。剣の宿す魔力が光となって奔り、首狩り族の目を眩ませる。
 マヌーサと同じく、幻影によって相手を惑わせるもので。効かなかった者も、虚像を焼き付けられた仲間の振り回す斧に邪魔され、攻撃どころではない。その混乱を逃さず、三頭の馬は敵中を駆け抜けていった。

 ローレシア地下牢での傷を癒した一行は、南海要塞で荷物を回収してルプガナへ飛んだ。
 大灯台からの報告によると、ロンダルキアに軍勢が整いつつあるらしい。来る決戦の為にも、早急にハーゴンの海上拠点を叩く必要があり。旅の扉で日程を大幅に短縮すると、ナナの祖父を頼って船を出して貰った。
 ルプガナ商人達も、隼の剣や織物など、テパの特産品を欲していたようで。水門の鍵を見せたカインに、交易ルートの復旧を目的に進んで協力を申し出た。
 水路を使わず陸からテパへ向かうには、大きく迂回しなければならない。船を下りた三人は途中、何度か異文化コミュニケーションの難しさを実感しつつも。提供された地図を元に、山奥の村へと辿り着いた。
「大きな湖だね」
 ゴーグルを外したカインが、髪を払いながら感嘆した。
 この辺りを治めていた国が全て滅んでも、テパが生き延びた理由は、この豊かな湖のおかげだろう。小さな村が自給自足するには充分な広さがある。水門と共に物流も閉じたが、ハーゴンに目をつけられずに済んで、かえって良かったのかもしれない。
「まず飯だ。そして寝る」
「水門を開く方が先でしょ。ほら、二人とも行くわよ」
 アイリンにせっつかれて歩き出した彼らの方へ、大柄な男が走ってくる。顔に似合わぬ情けない表情で、何かから必死に逃げているようだ。
 一瞬で戦闘態勢に切り替え、アル達は呼び止めようとしたが。口を開く前に、男の悲鳴交じりの声が聞こえてきた。
「ジーナ、すまん! 俺が悪かった。許してくれえ!」
 顔のあちこちに青痣のある男は、そのままの勢いで走り去っていった。
 しばらく後姿を見送ってから、三人が疲れた顔で村に向き直る。どう考えても、さっきのは痴話喧嘩か何かだ。がしがしと頭を掻くアルの隣で、アイリンは眉間の皺を揉んでおり。カインの笑みも、いつもより虚ろな感じがした。
「さて。とにかく、誰か捕まえて水門の場所を教えて貰いましょう」
「この村の奴ら、全員あんなんだったらどうするよ?」
「言わないで。考えないようにしてるんだから」
 アルの合いの手を切り捨て、アイリンが顔を上げる。
 辺りを見回してみるが、暇そうなどころか、通りがかる人の姿自体が無い。不思議そうに首を傾げる世間知らずへ、カインが解説してやった。
 こういう小さな村では子供も含め、昼間は誰もが仕事で忙しく。ふらふらと出歩いている人間など、あまり見られるものではない。ここは素直に、どこかの店で話を聞くべきだと促したところで、建物の陰から人が飛び出してきた。
「あんの宿六がっ!」
 怒りに満ちた叫びを上げつつ、その女が大岩を蹴りつけた。
 細い手足の、アイリンより小柄な若い女だったが、道端にあった見上げるような岩は、ずずっと音を立てて滑った。彼女の足が当たった部分が砕け、地面に破片が散らばる。
「ねえ、カイン?」
「いやあ、まだまだ僕も知らない事が多いな」
 そこで三人に気付いたのだろう。慌てて取り繕う女が、口元に手を当てて上品っぽく笑う。アイリンは優雅な仕草で応じたものの、冷や汗は隠せなかった。
「もしかして、あなたがジーナさんですか」
「なんで私の名前を?」
「村の入り口で、泣きながら逃げる男が叫んでいましてね」
 ストレートに喋ったカインを、愛想笑いを浮かべたアイリンが蹴飛ばす。ジーナは引き攣った顔で頷きつつも、後ろ手に握り締めた拳を震わせていた。どうやら、さっきの大男の運命は決まったようである。
 渾身の力を込めて大岩を押すアルが、びくともしない事で感心の目を向けてくるのを。きっぱり無視して、女二人は世間話から入った。
「それじゃ、水門の鍵を取り返して下さったんですか?」
「ええ。この通り」
 カインが懐から出した鍵を見て、ジーナは表情を明るくさせた。
「ありがとうございます! 鍵が盗まれてから、外との連絡も途絶えてしまって。しばらく前に来たローレシアの騎士様の話では、国が滅んだそうですけど。村長も、ちょっと信じられないと言ってました」
 領主の軍勢が、そう簡単に敗れるはずもないし。更に精鋭の揃う王宮の騎士達ならば、大抵の敵なら打ち負かすだろうと。
 嫌な冗談を吹き飛ばすように笑う彼女に、アイリンはカインと顔を見合わせた。岩を蹴り続けているアルを意識の外へ押しやり、ジーナが硬い表情になる。
「まさか」
「それ以上の敵だったわけです」
 断定するカインに、青い顔でジーナは呻いた。
「お城が廃墟になってたっていうのは、うちの宿六の嘘じゃなく、本当だったんですね。てっきり、お使いが面倒になって途中で引き返してきたものだとばかり」
 さっきの男は誤解が元で怒られたようだが、こうなるまでには、それ相応の信用失墜の積み重ねがあったのだろう。今も、ジーナは夫への仕打ちを反省するでもなく、亡くなった人々を悼んでいるだけだ。
 夫婦どちらに同情したものか、視線で意見を求めたアイリンへ。巻き込まれた自分達こそ同情されるべきだと、カインは苦笑した。
「ともかく、水門でしたら私が案内します。まず、村長のところへ行きましょうか」
「よっしゃ!」
 やけに威勢の良い返事に、びっくりしてジーナが振り返る。カインとアイリンも視線をやると、僅かだが大岩を蹴り動かしたアルが、ぐっと拳を握っていた。

 隼を象った飾りのある細身の剣を、甲板上でアルが振り下ろした。船の揺れを膝で吸収しながら、すぐさま切り上げる。鋭い音を立てる刃の後を、実体を持った残像が、鳥の羽ばたきのような音を立てて続いていった。
 そんな訓練の様子を、船縁に寄りかかったアイリンが、広げた呪文書と半々ぐらいで見物している。
 彼女の纏う水の羽衣は、半透明の素材で出来ているものの、下に着た布の服が透けて見えるだけで、特に色っぽい格好ではない。
 テパの村の、高名な職人に頼んで作って貰った物で。今まで船に積んであった雨露の糸と聖なる織機の使い道を、カイン以外の二人はようやく知る事が出来た。ここまで運ぶのは面倒だったが、それに見合う丈夫さと、炎への耐性を持っているそうだ。説明しておけという文句に、彼はマーペースを崩さず、聞かれなかったからと答えた。
 そのカインは呪文書に集中していたが、アルが動きを止めると同時に顔を上げた。
「持ち主の身を軽くして、倍の速さで動けると聞いてたんだけれど。なんだか、そういう風には見えないね」
「当たり前だろ。そんな都合の良い物なら、ハーゴンだって放っておかねえよ」
 かつてはピオリムという、素早さを上げる呪文もあったものの。それも決定的な要素となるほど、動きを速められた訳ではない。
 そんなことを思い浮かべつつ、アイリンは汗を拭うアルに声を掛けた。
「見た目には、ちょっと頼りないわね」
「感触もな。ただ、威力の方は文句無いぞ。一回の振りで、そうだな、棍棒で二回殴ったのと同じぐらいか」
「分かんないわよ」
「よっぽど硬い敵でない限り、光の剣よりは上だろうね」
 また呪文書に目を落としたカインに、納得したようなしないような顔でアイリンは頷き。あまり興味も無いのか、どかっと座ったアルに別の話題を振った。
「今更かもしれないけれど、ローレシア軍に合流しなくて良かったの? あなた、自分の役目から逃げないって言っていたじゃない」
 王位を継ぐ決心はついたはずだという言外の問いに、アルは真面目に答えた。
「まだ、やる事が残ってるからな」
「何?」
 まるで分かっていない彼女に、あからさまな溜め息を吐く。カインにも呆れ顔で首を振られて、アイリンは眉間に皺を寄せた。
 アルが仕方なさそうに口を開いたところで、赤い布を頭に巻いた水夫が大声を出した。声の焦りに余裕の無さを感じ取り、素早く立ち上がる。船尾へと向かいながら、二人は親戚の娘に笑いかけた。
「約束しただろ」
 一瞬、きょとんとしたアイリンが、嬉しそうに頷き返した。
「全部片付けるまでは、手を貸すってね」
「ちょっと待て、カイン。皆まで言ったら台無しじゃねえか」
「そうかなあ」
「当たり前だ。いいか? 泊まっていけよ、ってだけなら誘い文句だが。具体的に何をするか口にしたら、ただの猥談になっちまうだろ」
「確かに。というか、それで了承する女性というのは、少しいただけないね。安っぽい娼婦みたいだ。いや、彼女達は客商売、そんな甘い事で成り立つはずがない」
「私の感動を返して」
 杖で馬鹿二人を小突いてから、アイリンは彼らに先行したが。どっちが悪いか言い合う声を背に、湧き上がる温かさのまま、口の中で礼を言った。
 船尾には水夫達が集まってきており、何人かが不安そうな顔で岸の方を指差していた。空いている場所から覗くと、川岸から何艘かの小舟が近付いてくる。マントとサークレット姿の、テパまでの道中で何度も見た者達だ。
「総員、今すぐキメラの翼で逃げろ! こっちは、なんとでもなる」
「船をなめて貰っちゃ困りますな。素人に何が出来るんですか。それに、俺らの受けた仕事は、ナナお嬢さんの良い人を満月の塔までお送りする事でしてねえ」
 潮に嗄れた声で、赤い布の水夫は男っぽく笑った。強い視線をぶつけるアルと、一歩も引かずに睨み合う。
 どちらかが折れるよりも早く、時間の無駄だとカインが割って入った。
「それじゃ、お願いします」
 毒気を抜かれたアルも、舌打ち一つして告げた。
「分かったよ。塔まで頼む、着いたら逃げろ」
「勿論。俺だって死にたかありませんや」
 にやっと笑って、水夫が報告を上げる。詰襟を羽織った船長が渋く頷き、部下へ指示を出すと、帆が一杯に張られ、何本ものオールが水を掻き始めた。
 しばらく進むと、強い風が吹いてくれたのもあって、首狩り族の船を引き離す事が出来た。飛び降りた三人へ、安心させる為か水夫達がキメラの翼を振る。だが、苦笑したアイリンやカインとは違い、アルはやけに硬い顔をしていた。
 中央のホールから幾つか階段が窺えたが、ここの地図を見た事があるというカインが先導する。しかし、躊躇ったように動けないアイリンを、アルが怒鳴りつけた。
「走れ!」
「あ、えっと」
 困惑する彼女の視線を追って、ばつが悪そうに彼は近寄った。アイリンの足首を掴んでいる、手首だけの赤黒い魔物を無言で斬り、何事も無かったようにカインを促す。
 しかし、茶髪の少年は入り口の方を、いつになく険しい目で見ていた。
「追いつかれたみたいだ」
 アイリンが慌てて振り返り、塔内に首狩り族の姿が無いと安心しかけて。川を引き返した船の上で、戦闘が行われている事に気付いた。
「え? なんで!」
「最初っから足止めするつもりだったんだよ。分かったら止まるな。あいつらの覚悟を、無駄にすんじゃねえ」
 背中で答えたアルが、階段へ向かって走り出す。唇を引き結んだアイリンも、短く祈りを捧げたカインと共に、彼の後を追った。
 天井から垂れ下がる目玉と触手の化け物を斬り捨て、群がるミイラを薙ぎ払う。暴風となって駆けるアルの背後から、アイリンのルカナンとカインの杖が食屍鬼どもを怯ませ。勢いに飲まれた邪教徒を、二筋の閃光が切り刻んだ。
 数の少ない敵は、仲間を呼ばれる前に片付けていったが、しばらくすると隊列を組んだ魔物が続々と階下を目指し始めた。追ってきているであろう部族の影に、湧き上がる焦りを押さえつけ。物陰に潜んで、金毛のオークの一隊をやり過ごす。
 下から響く戦闘の音が、次第に近付いているのを聞きながら。痛む脚と肺に喘ぎつつ、アイリンは六階に続く階段へと足を動かした。
「待った。こっちだ」
 カインが二人を呼び止め、大きな扉に鍵を差し込む。開けるのを手伝ったアルは、中の様子を見て苛立たしげに言った。
「降りてどうすんだよ」
「宝物庫は、ここから一階に行かないと辿り着けないんだ。設計図を見た事があると言っただろ。まあ、建設後に大幅な改修がされてたら、違うかもしれないけれど」
「分かったから早く! もうそこまで来てるわ」
 アイリンに押されて、迷っていたアルも下り階段へ走る。
 残って扉を閉めたカインの先で、邪教徒が戦斧に切り倒された。彼は、のんびりした顔で二人を追ったが。ずらっと石像の並ぶ通路の先、待ち構えるローブに迫るアルを見て、口早に叫んだ。
「アル、全部ガーゴイルだ!」
 舌打ちしたアルが、横へ飛んで動き出した石像の爪を躱す。うぞうぞと蠢き始めた翼を持つ悪魔に、アイリンがマヌーサを浴びせ、カインも譲り受けた光の剣で駄目押しして、敵中を突っ切る。
 数が数だけに少なくない手傷を負ったものの、三人が連携して一気に邪教徒を倒し、首狩り族に追いつかれる前に宝物庫へ駆け込めた。
「月満ちて欠け、潮満ちて引く。全ては定めじゃて」
 不可思議な紋様の描かれた部屋にいた老人は、何かを悟ったように呟くと、一行に金属細工を差し出した。
 長い鎖の先で、月の満ち欠けを表す三枚の彫刻された板が、ぐるぐると回転しており。天球儀にも似た物が、秘められた魔力に鈍い輝きを放っている。
「あなたは?」
「ここの番人じゃ。ロトの子孫よ、そなた達が訪れるのは予言されておった。逃げる時間はあったが、どうせ老い先短い命。一族の使命に殉じるのも悪くない、と思っておったのじゃがな」
 三人が本当に来た事に、言い知れぬものを感じているようだ。それは絶対に喜びでは無かったものの、老人の心を窺うには、重ねた歳月の差は大きかった。
 抗うように口を開きかけたアルが、勢い良く振り返る。
 カインとアイリンも老人を守るように左右に立ち、階上に杖を構えた。鳥に似た雄叫びが、数を増やしながら迫ってきている。
「二人とも、リレミトの用意をするから頼む」
「任せろ」
「首狩り族です。退がって下さい」
「いや、ここの結界は簡単に突破出来るものではないぞ。中に入るのじゃ」
 老人の手招きに従い、三人が床の紋様を跨ぐ。皺深い唇が、ぼそぼそと何かを唱えると、紋様が輝いて光の壁が浮かび上がった。
 カインは興味を引かれたものの、せっかちな少年に肘でつつかれて作業に戻る。ぼんやりした顔をしながらも、手早く魔法陣が描かれていくが。半分も終わらないうちに、戦斧を掲げた戦士達が階段を降りてきた。
「待て」
 警戒するアルとアイリンに掌を向け、首狩り族が道を開ける。間を通ってきた黒い肌の青年は、すらっとした手に持つ首を掲げてこう言った。
「俺達も戦う気、無い。彼は教えた。お前達の来た、土地を荒らしに、でなく。テパに商売と、ハーゴンを倒す。それ、協力出来る、邪魔しない」
 難しい顔をした少年少女へ、青年は朗らかに笑いかけた。
「安心しろ。首、嘘吐かない」
「文化の違いだなあ」
 作業を放り出したカインの呑気な感想に、窘めかけた二人は思い直した。ここで首狩り族と争っても無意味だろう。だが、どうにも割り切れないらしく、がしがしとアルが癖っ毛を掻き回す。
 苦虫を噛み潰したような顔をする、アイリンの視線の先で。部族の戦士が持つ、赤い布を巻いた男の首から、ぽたぽたと血が垂れていった。


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