アジアマンス・アジア太平洋フェスティバル(福岡)招聘出演
2000年9月23、24日
福岡市市庁舎前特設ステージ

できるだけ簡単な福岡報告

【徘徊するDino Zavolta】
9月23日、晴れ。
前日は大雨だったというが、天気がよくなって良かった。
11時ごろに会場前に到着する。
伍佰さんたちのリハーサルは、早朝に終わってしまったらしい。

りんけんバンドのリハーサルが終わって、開場。
ステージ前中央のベンチを数列獲得。

Dinoの目撃証言数例。
早朝の路上、開場前の会場前、それと、「アジアステージ」が始まってから、会場内を徘徊していた。
他の3人はどこにいるんだろう?

【偵察】
アジアステージの前半は、伝統的な民族舞踊など。
本当にこういう場所で、伍佰さんたちが演奏するのだろうか、とちょっと不安。
後半のASIAN NEWに入り、「りんけんバンド」の演奏が始まる。
と、ステージ横の方へ、伍佰さんたちが偵察に現れる。
思わず、りんけんバンドをそっちのけで伍佰さんに手を振る。

会場の雰囲気は、りんけんバンドが観客を全員立たせてカチャーシーをやってくれたおかげで大分盛り上がってきた。
うん、これなら大丈夫そうかもしれない。

【監視員】
6時。いよいよ伍佰さんたちの出番。
ベンチを捨てて、ステージの真下に移動する。
目の前に監視員がいる。
なぜか、「喧嘩しないように」などと言われる。
そんなに暴れそうに見えるのか?
一応、「演奏中立ち上がるのはまずいですか?」と聞いてみる。
だめとは言わない。
りんけんさんたちが一度全員立たせてくれているので、気持ちはもう楽勝である。
(ありがとう、りんけんバンドさん。)
当然、始まったらすぐに立つつもり。

魔岩唱片のスタッフの人たちが、結構セッティングに手間取っている。
「上yin了」のオープニングの音が、何度も流れる。
そうか、「上yin了」から来るのね、これは伍佰さんたち、飛ばしていくつもりだ・・・。

【登場】
何度も「上yin了」のオープニングの音が流れ、散々じらされて、とうとう伍佰さんたちの登場。
じらされた分、こちらもいきなり最初から全開である。
「歓迎イ尓們来到日本!」のボードを振って、一緒に歌う。
本当に、日本に来てくださるのをずっとお待ちしておりました。
伍佰さんは、最初はちょっと緊張しているように見えたけれど、ステージ前の集団が大声で歌って踊っているのにびっくりし、なかば呆れているような感じ。
いつもの調子でやっていいんだと、すぐに安心してくれたみたいだった。

【距離】
私の立っている位置は、「最前列」なんてものではなく、ステージのすぐ真下、である。
まさに、「かぶりつき」である。
本当に、目の前に、すぐ目の前に伍佰さんがいる。
こんな状況って、信じられない。
7月の台北@liveで、10時間も並んで待って、やっと6列目ぐらいに行けて、それでも感激していたのに、あれはなんだったんだろう、という距離である。
こちらが歌えば、伍佰さんはこちらに歌えと振ってくれ、こちらが踊れば、伍佰さんも一緒に踊ってくれ、何か叫んだりボードを出せば、必ずすぐに反応してくれる。
もちろん、目の前にギターを弾きに来てくれる。
「女尓」といいながら、こちらを指さしてくれる。
あまりにもう幸せである。

【曲目】
いったい、彼らはどういうプログラムを持って福岡にやってくるのか、というのが、ものすごく楽しみだった。
ずっと飛ばしまくるのか、それとも、バラード系のヒット曲を並べてくるのか。
結局、彼らは飛ばしまくった。
台湾語率、6割以上。
あろうことか、「愛情限時批」までやってくれた。
嬉しかった。

【伍佰さんの日本語】
今回、心配だったのは、伍佰さんが日本語を喋ったらどうしよう!?ということだった。
なぜかあまり喋ってほしくないと思った。
でも、蓋を開けると伍佰さんは結構日本語を喋ってくれた。
想像とは全然違って、すごく嬉しかった。
私たちにもっと大声でと煽るときの「もっと、もっと」。
soah到女尓のときの「ちょっと待って、ちょっと待って」。
2日目のメンバー紹介のときは、メンバー全員が「こんにちは!」と言ってくれた。
最高傑作は、1日目のメンバー紹介のとき、プロレス式に紹介したこと。
「赤コーナー、余大豪!青コーナー、朱劍輝!バック・コーナー、Dino Zavolta!私は伍佰。」
そして、2日目の最後の曲「素蘭小姐要出嫁」のとき、ちょっと離れたところに座って聴いている福岡市民のみなさんに向かって指をさしながら、「おじいさん、おばあさん!おじいさん、おばあさん!」と4回ぐらい連呼したのにはやられた。(後日記:私たちにはそう聞こえたけれど、実は伍佰さんは「おじさん、おばさん」と言っているつもりだったらしい)
この曲が日本においてどういう曲なのか、伍佰さんはちゃんと知っているんですね。

【大歓声に勝る静寂】
今回、福岡に来る前に、できるだけ台湾語でも大きな声で歌えるようにいろいろと準備をした。
台湾でのような大合唱という訳にはいかなかったけれど、一生懸命歌った私たちに、伍佰さんはしっかり歌の一部を任せてくれた。
ただ、唯一、「浪人情歌」の時だけは、大声で歌うことが憚られた。
この曲は、台湾でも東南アジアでもどこでも、伍佰さん本人の声が聴こえないほどに必ず大合唱になる曲。
それが、ここ日本ではあまりに伍佰さんの歌が切々と響いて、自分の声でかき消すのが憚られ、小さな声で一緒に歌うにとどめた。
周りの人たちの声も、突然とても小さくなった。
結局最後の台詞を伍佰さんが言い終わるまで、しんとした気持ちで聴き入った。
感動的だった。
この曲をこんなふうに、静寂をもって聴ける、わびさびと「間」の文化を持った日本人の伍佰歌迷たちを、心から誇らしく思った。

【メッセージボード】
今回、生まれて初めて「メッセージボード」なるものを準備した。
せっかく伍佰さんが日本に来て、近くで聴ける機会なのだから、できるだけコミュニケーションしたい、と思った。
結果的には、叫んで音楽の邪魔をしなくても確実にメッセージを出せたので、やはり用意して良かった。
とにかくすぐ目の前にいるので、ボードを出せば必ず伍佰さんは見てくれた。
リクエストボードも数枚持っていった。
1日目の最後に出してみて、それを見て伍佰さんは笑ってくれたけれど、2日目も基本的な構成は変わらず、それだけ今回の福岡に向けて綿密にしっかりと組んだプログラムだったのだと思うと、安易にリクエストなど出したことをちょっと恥じた。

一番感動したのは、2日目のプログラムも進んで、「心愛的再會ロ拉」になったとき、もうすぐ終わってしまうのがあまりに悲しくて、「再會ロ拉〜」と歌って目の前に来てくれた伍佰さんに向かい、そういうシチュエーションで出すつもりではなかった「不要走!」ボードを思わず出してしまったら、伍佰さんは笑って、目の前でギターを弾いてくれた。
まるで演歌の女のような自分だった。

【ビール】
今回は、2日間とも「素蘭小姐要出嫁」をやってくれた。
この曲といえば、ビールである。
1日目は、茶色の瓶ビール。
撒いてくれたけど、たぶん中味は水?
2日目は、アサヒの黒生缶をいきなり伍佰さんが振りはじめた。
振るということは、缶ということは、これは当然中味は「ビール!」である。
喜び踊る私たち(笑)!
派手にこれでもか、というくらいビールをかけてもらって、大感激だった。

【終演】
そんなこんなで、2日間のステージは終わった。
私たちも本当に嬉しかったけど、伍佰さんたちも本当に嬉しそうだった。
ものすごいライブだった。
ステージと観客の一体化、親密さ、ということがライブの価値だとすれば、これ以上のライブはなかったのではないか。
伍佰さんは、「大感動」と言ってくれた。
でも、それは私たちの台詞・・・。
この日本で、この感動を共有できたことは、なんと幸せなことかと思う。

私は台湾でもどこでも追いかけて行くけれど、日本に来てもらえたから初めて伍佰さんたちの演奏が聴けて、この感動を分かち合えた人たちがたくさんいる。
ぜひ、また日本に来て、この感動を日本の人たちにもっともっと経験させてもらえたら、と願う。

伍佰さん、China Blueのみなさん、本当に素晴らしいライブをどうもありがとう。
また来てくれる時を、待っています。

(TEXT: 仁美)

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