ツアーの意味、ということについて、こんなに考えさせられたツアーは今までなかったと思う。
というのも、少なくとも「空襲警報」以降のツアーについては、すべて新しいアルバムが主なテーマになっていて、毎回毎回コンセプトや趣向は全く違ったにせよ、選曲はやはり新アルバム中心であったし、またアルバムを出したらそのツアーをやるというのは世界的常識でもあって、その意味付けについては全く疑問の余地がなかった。
ところが、今回に関しては、『涙橋』が出てからすでに9ヵ月経っていたし、ツアータイトルも「愛力」でアルバムとは違うし、何より『涙橋』が出てから初めてのライブというわけではなくて、1月のPUBライブや、2月の「生命熱力」ライブなどが行われた後のツアーであって、明らかに『涙橋』のツアーという色彩ではなかった。
なぜ、今回のツアーがこの時期にこういう形になったのか、というのは、レコード会社を移ったばかりだったり、チャリティーコンサートが入ったり、海外のライブが入ったり、といった、いろんな成り行き上たまたま、だったのかもしれないし、特に意味はなかったのかもしれない。
でも、もしかしたら、アルバム発売→そのツアー、という常識を崩し、もっと自由な形でツアーをやりたいと思ったのかも、という気もする。
ツアー前のキャンペーンで出演したラジオなどでの伍佰さんの話によれば、今回の「愛力」ツアーは、基本的に2月の「生命熱力」演唱會の続きである、ということだった。
具体的には、まず「愛」がテーマである、ということ。
それから、「愛」と「力」の2部に分かれている構成である、ということ。
そして、今まで歌う機会がなかったような曲をたくさん入れる、ということ。
こういったことは、2月のライブが思いのほかすごく成功したので、伍佰さんとしても同じような形でまたやりたいと思ったのではないかと思う。
もうひとつ、ツアーの形態として、今回は今までの大型会場とは違い、中規模の屋内会場を使い、指定席で、会場数を増やす、ということだった。
この構想は、よく日本のアーティスト(誰のことを想定しているのかわからないけれど)が、簡単な機材をかかえ、町や村レベルの会場をたくさん回って、全国縦断百数十箇所、とか、数百箇所、とかいうツアーをやるのと同じようなことを、台湾でやりたい、という発想から来たのだという。
でも、実際には町レベルのライブというのは受け皿がなく不可能だったので、市や県レベルの文化会館規模の場所を使うということで落ち着いたらしい。
指定席にしたのも、いつもの立ち席だとライブの最初から観客のテンションが高すぎて怖いし、体力的にも大変だろうということで、指定席にすれば空間的にも体力的にも余裕を持って楽しめるだろう、ということだったようだ。
これらのことを要約すれば、つまりは今までライブに来たことがないような地方の人、長時間並んで場所を取るようなライブには来られなかった人(年齢的、体力的、熱意、などの理由で)にも、ライブに来てほしい、という気持ちの表れだったのではないか、と思う。
そういうわけで、いろんな意味で今までのツアーとは違ったツアーだった。
9月17日、いよいよ最初の会場である台北での初日。
台北会場は、ちょうど8年前(1996年9月)に、彼らが初めて大会場で開いた演唱會(「夏夜晩風」)の会場、台北国際会議中心だった。
「夏夜晩風」のビデオは、おそらく自分としては見た回数が一番多いライブ映像で、しかもファンになったばかりの頃に非常によく見ていて、伍佰さんたちの印象を決定づけたライブだということもあって、個人的に非常に思い入れが強い。
(ちなみに、このビデオは、VCD、VHS、DVDと3種類も持っている(笑))
そのため、あの"伝説"の会場に自分が身を置いている、ということで、まず非常に感動した。
ビデオで見た通り、非常に急勾配で高いところまである観客席だった。
この会場は、伍佰さんたち4人にとっても、非常に感慨深い場所であるようで、そういう場所からツアーを始めることができるというのはとても意義深い気がした。
そういう感じで、いろんな意義があった台北会場だったのだけれど、実は個人的にはいろいろと違和感を感じてしまった1日目だった。
まず、会場がきれいすぎて、しかも一歩外に出ると結婚式をやっているような場所(会議場内には、大ホール以外にもいろんな会議室やレストランなどがあるのです)には、自分が非常に場違いな感じがしてしまった。
本当にこういうところで伍佰さんたちのライブをやるの?という感じだった。
それに、今回は指定席で、伍佰さんからも肉眼で見えそうな場所(笑)に座ったので、最近後ろの方から見ることが多かった自分としては、嬉しい半面、非常に緊張して落ち着かなかった。
それから、1日目はマスコミやら招待の有名芸能人などが前の方で出たり入ったり、カメラを回して取材したりしていて、非常に集中力をそがれてしまった。
やっぱり、ファンでない人の空気というのはあきらかに違っていて、そういう人たちがいることでその場の空気があきらかに乱され、損なわれてしまうのだった。
そして、コンサートの内容についても、実は少なからず違和感を感じてしまったのだった。
まず、選曲と曲順の意図が、どうも私には正直いまひとつ理解できなかった。
確かに、今までやらなかった曲を入れるという点では、「生命熱力」を踏襲していたのだけれど、残念ながら自分にはあまり「愛」というテーマは伝わってこなかったのだった。
「愛」ということでいえば、「生命熱力」のときの方がずっとはっきり感じることができた。
その時の自分の心境とも関係あったかもしれないけれど、そのとき私が感じたのは、愛というよりは、「もし自分がずっと孤独だったとしても、それを受け入れていかなければいけないんだ」、ということだった。
まあ、それもひとつの愛の真実なのかもしれないけれど…。
曲順の流れも、どうもなんだかぎくしゃくしているような気がしてしまって、このまま修正しなかったとしたら、このツアーはちょっとやばいんじゃないだろうか、とさえ思ってしまった。
(でも、一番ぎょっとした部分(^_^;)に関しては、さすがに伍佰さんもやばいと思ったのか(笑)、その後修正されたようだった。)
今まで、私はどのライブに行っても、ただ頭が真っ白になって、曲順とかやった曲とかはほとんど覚えておらず、ましてや不満を持つことなど決してなくて、ただ、あーいいライブだった、と満足していつも終わっていた。
だから、こういう感じを受けてしまったことで、自分自身非常に戸惑ってしまった。
こんなことは、今までで初めてだった。
ゲストの小Sはおもしろかったし、自分としては初めて、陳昇さんとの「愛ni一萬年」を、しかもあのビデオと同じ会場で聴いてしまった、というのもすごい感激ではあったのだけれど、ライブ全体としてはどうもちぐはぐというか、不完全燃焼で終わってしまった。
翌日の台北2日目は、同会場の連続で観客も続けて来ている人が多いことを見越してか、曲目はがらっと変わって、まるで別のコンサートのようだった。
2日目はもうマスコミも有名人もいなくなって、ああやっと内輪だけになれた、という感じで、伍佰さんたちもファンもやっとリラックスできた感じ。
まるで空気が違っていた。
初日のぎくしゃくした感じは、おそらく緊張のせいも多分にあったのだと思う。
それぞれのメンバーが、メンバー紹介のときにソロもやってくれた。
(これはツアーを通して、たぶんこの日が最初で最後だったと思う。)
「再度重相逢」もやってくれて、すごく嬉しかった。
(何しろ、1日目はこれさえもやらなかったのだ。いくら『涙橋』のツアーではないといっても、やっぱりこれくらいはやってくれても、と思う…)
当日になって、いや舞台に上がってからも、かなりその場で曲目をいじっていたようで、その分、流れを大切にした、伍佰さんらしい勢いのあるライブになっていたと思う。
曲数も多かったし、この日は心から満足できたいいライブだった。
終わるのがすごく名残惜しくて、思わずあんなに大きな声でアンコールや名前を叫んだのはすごく久しぶりだった。
と、この台北2日間のみで、私はこのツアーを見納めするはずだった。
しかし、この2日間だけ取ってみても、まるで違うライブのように、曲目も雰囲気も何もかも大幅にがらりと変わってしまったのを見て、これはどうも今までのツアーの概念では捉えられないツアーであるらしい、と改めて認識させられた。
そして、セットリストの研究まで始めてしまい、このツアーの意味について、改めて考え始めたのだった。
2箇所目の新竹は、ほとんど台北1日目の内容に戻されたようで、その後もそれが基本のプログラムになったようだけれど、細かい部分の曲順や曲目が、その場所ごとに少しずつ違っていたようだった。
それは、会場や場所、観客の雰囲気がそれぞれに違い、それに合わせて内容も変えている、ということだ。
そして、このそれぞれの会場の違いの大きさは、今までの大型会場のツアーの比ではなく、しかも場所ごとに変える、変化していく、ということに、伍佰さんたち自身が価値を置いているように見受けられた。
それこそが、生きた"ライブ"であるわけであり、より本質的な形に戻ってツアーをしたい、ということであったともいえるかもしれない。
そういうことがわかってきたら、どうも台北だけ見て終わり、というのは、今回のツアーに関しては不十分なのではないか、という気がしてきた。
何より、自分自身がまだ納得できていない気がした。
ツアーの意味から言えば、本来はそのご当地の地元の人が行ってこその巡迴演唱會であるとは思うし、そういう意味では台北在住の自分としては台北に行けば十分であるはずなのであるが、やっぱりこのツアーの意味をしっかり受け止めるというためにも、もう一度違う場所で見たいと思った。
そして、万難を排し(笑)、国慶日の10月10日、台中会場のライブに行った。
今度の場所は中興大学の講堂で、ほどよく古く、場違いな違和感を感じることもない。
しかも、前日になってぎりぎりチケットを取ったせいで、さすがに席は後ろの方のしかも2階席だったから、前過ぎて緊張することもない(笑)。
後ろだったから会場全体がよく見えたし、観客が見えるということも、感動のひとつの大きな要素なんだということがよくわかった。
(その点、台北では観客はみな自分の後ろだったので、ほとんど見えなかったから、ライブ全体を十分味わうためには、果たして前がいいのか、後ろがいいのか、難しいところではある。)
舞台の上には、台北で見たのと同じ、丸いスクリーンを中心としたシンプルなセットが、ぴったりと収まっていた。
今回の舞台設計は非常にシンプルだとは思っていたが、地方の会場にもぴったりと収まるこの機動力が、あのシンプルさの意味であり、そのままこのツアーの意味を体現していると思った。
台中の曲目は、やはり基本は台北1日目と同じだったが、今度はぎくしゃくした感じは全く受けず、なかなかいい選曲ではないか、と思った。
もしかしたら、自分がもう3回目ということで、やっとこのプログラムのよさがわかってきたのかもしれない。
選曲としては初期の頃の曲が中心で、非常に通好みの渋い選曲といえるかもしれない。
それから、今度は「涙橋」も「晩風」もやってくれて、非常に感動した。
やっぱり、なんだかんだいって、自分としては『涙橋』の曲をもっとやってほしかったんだと思う。
これは、たぶん私だけではなくて、他のファンの人たちも思ったことではないだろうか。
1アルバム1ツアー、という形態を必ず守らなければいけないというわけではないけれど、個人的に『涙橋』というアルバムは本当に好きなアルバムなので、できればそれをタイトルにしたツアーはやはりやってほしかった、と思う。
今にして思えば、1月のPUBライブが、実質的に『涙橋』のツアーであったのかな、とも思う。
不遇のアルバム、というのは言い過ぎかもしれないけれど、やはり正直ちょっと残念に思う。
台中では、高雄会場で始まったという、4人が全員前に出てきてアンプラグドで演奏するアンコール(「随風而去」)も聴けたし、何より観客もすごく熱くて会場の雰囲気がすごく良く、本当に感動的ないいライブだった。
ファンの間では、最終の台南に並んで、一番良かったという声が多かったし、そういう会場に行くことができてすごくラッキーだった。
決して台北が悪かったというわけではないのだけれど、特に今回のようなツアーに関しては、必然的にその会場ごとの違いが大きくなってしまうのは当然で致し方ないことだ。
その分、どの会場にもそこにしかなかったゲストや選曲や雰囲気がそれぞれあって、やはりそれぞれかけがえのないひと時であり、経験であるわけである。
ライブとは、究極的には、舞台上の人と観客とが、同じ場所の同じ空気を共有する、そのことに尽きると思う。
その事実は、大きな会場であろうが、小さな会場であろうが、本質的に変わらないのだけれど、小さな会場の方が、より観客や会場や土地の空気などに依存する変動要素が大きくなって、つまりはより「生きている」といえるのかもしれない。
そういうことを、本当に考えさせられた、今回のツアーであった。
それから、今まで行かなかった場所で開催し、指定席にしたということについては、確実に今までライブに来たことがなかった層や、しばらく来ていなかったという人たちを動員できたと思うし、成功したのではないか。
立ってはいけない、と言われると困ってしまうけど、座っても立ってもいいということであれば、席があった方が安心して行けていいと思う人もきっと多かったと思う。
ただ、反面、始まる直前に行けばいいというのは、なんだかあまりに楽すぎて、しかも自分が住んでいる場所に近い会場だったりすると、本当に何も苦労することなくライブが見れてしまう。
そうすると、なぜだか感動も半減してしまうような気もして、難しいものだな、と思った。
無駄なようでも、人間というのは結局、遠いところからわざわざ駆けつけたり、炎天下長時間並んだりする時間や苦労の中で、少しずつ自分のテンションが上がっていき、それがライブのための非常に良い準備となるわけである。
だから、感動のためには、やはり敢えてわざわざ苦労する、苦労させるような仕掛けも、必要なのではないか、ということも、ちょっと思ったりしたのだった。
(TEXT & PHOTO by 仁美)