PLUSH今夜伍佰&CHINA BLUE演唱會
2004年1月12日
PLUSH(京華城、台北)

最初から最後まで、ずっと笑っていたような気がする。
本当に嬉しくてしかたなかった。
なんだか、初めてシンガポールで生の彼らのライブを聴いたときみたいな気持ちだった。
最初の1音が出たときから、もう笑いを抑えることができなかった。
本当に、ずっとこのときを待っていたような気がした。
そうそう、これだよ、これなんだよ、っていう。

PLUSHはほぼ1年前に一度行ったけれど、前回はステージのセッティングが良くなくて、最前列を除いてほとんどステージ上が見えないような作りだったけれど、その反省からか、今回はステージの場所も高さも変わり、見やすい作りになっていた。人も多いけれど、月曜日だったこともあってか、息苦しいほどではなく、リラックスして楽しめるくらいの状況。
平日で仕事の後に来る人もいて、開演予定の8時になったけれど、まだ来ていないお客さんもいるので、15分遅らせて8時15分から開演します、というアナウンスがされた。
そして、その言葉通りに、8時15分に伍佰さんたちが登場した。

「愛情的盡頭」から始まり、最初は以前から馴染みのある曲で止まることなくいきなり飛ばしていった。
そして、だんだんと、バラードや、「涙橋」の新しい曲も加わっていった。
その辺の選曲、曲順も本当に絶妙で、ステージとの近さや、時間差なしで直に伝わってくる音とも相まって、そうだよ、これがライブっていうものなんだよ、と思った。

新しいアルバム「涙橋」の曲は、ライブで聴くのはほとんど初めてなのに、まるで以前からずっと歌ってきた(伍佰さんも自分たちも)歌のように感じた。最初からすでに経典になっている。そう思った。本当に、新しい曲がこんなに違和感がないというのは、すごく不思議だった。それだけ、みんな名曲ばかりだということなんだろう。それと、今回は、スタジオとライブとの距離がなくて、最初からこういう近い距離で歌うために作られたという気もする。それだけ、人に対して開かれた、人との距離が近いアルバムだということだと思う。本当に、いいアルバムだと思う。

会場が小さくて、ステージと観客との距離が近いというのは、本当に共有感があって、お互いにすごくリラックスして、この場のすべてを楽しんでいる感じがある。私たちももちろんすごく楽しいのだけど、伍佰さんたちも本当にすごく楽しそうで、やっぱり直に観客と近いコミュニケーションができるというのはすごく嬉しいことなんだと思う。音楽はコミュニケーションなのだ。しかも、この狭い場所にいるのはすべてかなり気合の入った(笑)ファンばかりなわけだから、もうその密度というのはとんでもなく濃い。だから、この場所に生まれる空気は、ファンとしても、伍佰さんたちとしても、普段はそうそう経験できないようないわく言いがたい密度の濃い空気であり、それを一緒に吸っているだけでも、厳粛で、この上なく幸せで、陶酔してしまうのだった。いつまでも、その場が続いてくれればいいと思わずにいられなかった。

小さいライブにはハプニングがつき物で、今回もいろんなことがあったけれど、それもいかにも生だからであり、またそれにすぐその場で絶妙に対処していく伍佰さんも実に見事だった。
まず、ライブの最初からいきなりメインのマイクの音が出なかった。これにはさすがに伍佰さんも会場のスタッフもものすごく焦ったと思うけれど、最初は歌は会場に任せて自分はギターに徹し、その後はサイドの小朱のマイクで歌い、その間にスタッフがケーブルを交換して、曲の流れも雰囲気も壊すことなく後半にはしっかり正常に戻っていた。
「海浪」の前奏でギターの弦がいきなり切れたときも、すぐに替えのギターを持ってこようとするスタッフを手で押し留め、前奏が終わって歌に入ってから、改めて指示を出し、歌いながら息継ぎのときにギターを交換するという離れ業をやってのけた。

いつもはほとんど喋らない伍佰さんが、すごくリラックスしてたくさん喋っていた。「涙橋」のキャンペーンでいろんな取材を受けたり、ラジオやテレビに出たりしたときに、誰もが「今年の希望は?」と聞いたそうで、これにはほとほと困ったらしく、「もう誰からも『今年の希望』を聞かれないことが希望」と思った、とか言っていたけど(笑)、仕方ないので最後には「台湾語のアルバムを出すこと」と答えることにしたらしい。(そういうわけだったのか…)
でも、もし本当に今年台湾語のアルバムが出たら、我々は「今年の希望」を散々伍佰さんに聞いてくれた人たちに感謝しなければならない(笑)。
そういうこともあって、伍佰さんは、他のChina Blueのメンバー一人一人にも、「今年の希望」を無理やり喋らせていた(笑)。

そんなことをしているときに、後ろの方の観客から「話はいいから歌を歌って!」という声が上がった。すると、すかさず伍佰さんが「今言ったのは誰だ?!」とその声の主を挙手させ、お前が出てきて歌え!ということになってしまった。指名された声の主は、素直に人波をかきわけて舞台に上がり、いったい何が起きているんだろうとこちらが思っているうちに、本当に「ノルウェイの森」の前奏が始まってしまい、なんと本当に彼に歌わせてしまったのだった。彼は若い男性だったのだけれど、歌わせてみたらこれが非常にうまくて、しかも伍佰さんが歌詞を忘れたり間違えたりしているのに(笑)、彼は完璧に歌っていて、最初はサビだけは自分で歌っていた伍佰さんも、すっかり感心して、後半は結局ほとんど全部彼に歌わせてしまったのだった。
こんなことも、観客との距離が近くて、強い信頼関係があるからこそ、できることなんだろうと思う。

アンコールは、なんと観客のリクエストで曲目を決めるという方式だった。何曲か伍佰さんが曲目を言って、その後の観客の反応の大きさで決めるという方式だったのだけれど、結局3曲やってくれた。私が押した「素蘭小姐要出嫁」もがんばった甲斐あって(笑)2曲目にやってくれて、また伍佰さんのボトルネックを見ることができた。撒いたビールは私のところには届かなかったけど…。

ところで、4日後には大陸の北京でコンサートをするということで、その話も途中出ていた。大陸での活動については、結構私も複雑な気持ちで、いったい伍佰さんたちはどう思ってやってるんだろうな、と思っていた。やっぱり時期も時期だし、そういう中でその首都の北京に乗り込んで自分のコンサートをやるというのは、台湾の人にとってはどんな感じなんだろうな、と。そしたら、なんか、堂々と乗り込んで行って、台湾語の歌も堂々と歌ってきてやるぜ、みたいな感じだったので、なんか笑ってしまった。別に何も準備なんか必要ない、ただ歌をいつもと同じように歌ってくるだけじゃないか、と言いながら、北京で"いつもと同じ"でいる、ということが、やっぱり彼らの自信であり、誇りであり、そこに台湾人としての威信を背負っているわけで、そのことに対しては相当気合が入っていると私は見た。
ただ、「空襲警報」を歌っていいか、と聞いたら、だめだめ、と言われた、と言っていたけど。(でも、普通そんなこと聞くかよ?!(笑))

そんな話を聞いたり、観客の反応を見たりしながら、私は自分が何のために台湾に来たのかを思い出していた。

後日、古くからのファンの人に、LIVE-A-GO-GOのライブって、どんなだった?と聞いたら、今回のライブみたいな感じだった、と言っていた。毎週ライブをやっていたLIVE-A-GO-GO時代というのは、私にとってはもうまさに伝説のようなものだけれど、それと同じような体験を今の時代にもできたということは、本当に幸せなことだと思う。今まで何度かPUBライブにも行ったけど、今回ほど幸せだと思ったことはない。
今回のタイトル「今夜伍佰」は、伍佰さんがまだデビューする前に最初にやったPUBライブのタイトルだったそうだ。彼の原点は、まさにここにある、ということなのだろう。今回を皮切りに、今後もPUB巡回演唱會は続けていくということだ。嬉しくてたまらない。

(TEXT by 仁美)

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