2011.5.2(月) 福島横断ショッピングセンター巡り


 ここ数年、GWは一日だけ一人で西のほうに遠征しており、ここしばらくは毎年西の方へ行こうと思っていたのですが、今年は震災があったため復興支援も兼ねて福島へ行くことにしました。復興支援と言ってもボランティア等やるわけではなく、単に現地で買い物して消費活動するだけですが…。

 福島のミスドは1998年に完訪し、その後新店や改称店もちょくちょく訪問していたのですが最近はご無沙汰しており、新規訪問するのは2005年3月の●須賀川以来です。この6年の間に移転改称・改称・新規開店が相次ぎ、訪問対象数が8店にもなっているのですが、この8店のうち、この日は◎イオン南相馬(震災により休店中)を除く7店を訪問してきました。最近は東京以外で新店巡りをするとまず間違いなくショッピングセンター(以下「SC」)を訪問することになってしまっていますが、今回もご多分にもれず全7店ともSC内のショップです。

 7時頃出発して東北道を北上。栃木から福島に入ると、とたんに道の状態が悪くなってきました。「段差あり」の看板が増え始め、何も考えずに走っていると段差で大きな衝撃を受けることがあり、運転も慎重にならざるを得ません。個人の乗用車なので乗り心地を気にする必要がなくまだましですが、トラックや高速バスの運転手などは積荷や乗客への振動の影響が気になって大変だろうと思いました。

●須賀川
 10時前に須賀川ICに到着。◎ロックタウン須賀川に行く前に、移転前の●須賀川が入っていた赤トリヰグリーンモールに行ってみました。ミスドの跡にはなんの店が入っているのかな?と思いながら行ったのですが、なんとグリーンモール自体が閉店して寂しい状態になっていました。ミスドが昨年11月に移転のため撤退したのは知っていましたが、グリーンモールはまだ営業していたはずで、閉店は全く知りませんでした。帰宅後にグリーンモールのHPを見たところ、訪問のわずか3日前、4月29日をもって閉店となっていました。ウィキによると、震災の影響による安全的見解から建物を取り壊すことになったらしく、それが閉店理由のようです。


赤トリヰグリーンモールは閉店して寂しい状態になっていました


●須賀川健在時の様子(2005.3)


◎ロックタウン須賀川
 先ほど訪問した●須賀川の移転改称店です。第681号店で、ショップ番号は変わっていませんが、この店は場所や店名がたびたび変わっています。●郡山安積→●須賀川サティ(移転改称)→●須賀川(改称)→◎ロックタウン須賀川(移転改称)という変遷をたどっており、私は●郡山安積時代に2度、その後改称のたびに1度ずつ訪問しているので、0681号店としては今回で5回目の訪問となります。
 ロックタウンの中にあるミスドはM型フードコートタイプのショップでした。フードコートと言っても他に店はなく、お茶屋さんがありましたが出張販売のような感じで、座席はほとんどミスド専用です。空きスペースにミスドを作ったのでしょうか。
 レジには募金箱がありました。ミスドの募金といえば、これまでにも愛の輪運動の募金箱が置いてありましたが、今回は震災の義援募金箱になっていました。しかも、中には小銭がぎっしり。震災後のミスド訪問はこの日が初めてだったのですが、ミスドの募金箱の中身がこんなにぎっしりなのを見たのは初めてです。刺激されて、というわけではありませんが、私もお釣りを募金箱に寄付しておきました。

ロックタウン須賀川

◎ロックタウン須賀川

 ロックタウン訪問後は郵便局を訪問。この日はGWのまん中にポツンとある平日で、大きな局は混んでいるだろうなぁと思いつつ須賀川郵便局に行ってみたのですが、やはり駐車場待ちの車があたりにあふれていました。待ち時間が非常に長そうだったのでここはあきらめ、須賀川ICへ行く途中にある須賀川中町局に寄りました。商店街のはずれに近い、住宅街にあるような局で、こちらはすいており、すぐに貯金できました。
 このあと須賀川ICから再び東北道に乗り、磐越道経由で会津へ向かいました。

 ところで、東京では街中で「がんばろう日本」という標語を見かけますが、福島では「がんばろう福島」というのをよく見かけました。「がんばろう日本」とはいっても、これは被災していない地方の人々が言う言葉で、被災地はやはり地元の復興がまず一番でしょう。
 会津では、ICの近くにある会津アピオ郵便局にも寄りました。付近は流通団地のようなところで会津アピオというのは組合の愛称のようですが、そのアピオの駐車場には「がんばろう日本」と「がんばっぺ福島」と、二つの大きな垂れ幕が並んでいました。

会津アピオの垂れ幕


◎ピボット会津若松
 ●会津若松が移転改称し、2009年にできた店です。ピボットは、地図を見たら駅のすぐ横にあったので駅ビルかと思っていましたがそうではなく、平屋建ての小ぶりなSCでした。ここではヴィアナブロートシナモンとエビグラタンパイと水でイートイン。ヴィアナブロートは40周年記念で復刻販売されたものですが、私はミスド巡りを始めた初期に何回か食べた記憶があり、ちょっと懐かしかったです。
 このショップにも義援募金箱がありましたが、先ほどの◎ロックタウン須賀川にあったような透明のものでなく、白い募金箱だったので中身は見えませんでした。まぁ、中身を見て募金するわけではないので、見えなくても構わないのですが、時節柄ちょっと中を見てみたい気もしました。ロックタウンに続き、ここでもお釣りを募金箱の中に入れたのですが、なんだか募金箱巡りをしているような気になってきて、せっかく福島に来ているのだからこのあと訪問するショップでもお釣りは募金箱に入れることにしました。とはいえ、どこで募金しても結局赤十字社に集められるのであって、東京でまとめて募金するのと結果は変わらないのかもしれませんが、まぁ気持ちの問題であり、自己満足の世界です。このあとも募金箱を見るたびに小銭を入れておきました。ミスドを出たあとは、ついでにピボットSCと駅構内のみやげ物売り場で福島産のお菓子も買い込みました。

◎ピボット会津若松


◎アピタ会津若松
 このショップも◎ピボット会津若松と同様、移転改称店です。元●会津若松神明で、2006年に移転改称しています。会津若松駅前から●会津若松神明のあった商店街を通ってアピタに向かいましたが、元のショップの位置は調べてこなかったので、跡地が何の店になっているかは判りませんでした。商店街を抜けると鶴ヶ城の脇を通りますが、予想外に人が多く、道も他県ナンバーの車で渋滞していました。福島でも特に会津・喜多方地方は原発から遠く、「GWは会津へ」としきりに宣伝していた効果でしょうか。あるいはこれでも例年よりはすいているのかもしれません。
 ◎アピタ会津若松は、アピタに多い独立開放型のM型ショップでした。店前に涼風麺のポスターなどが展示してあり「お、今年の涼風麺が発売になったか。食べてみよう。」と思ったのですが、近寄ってよく見てみると5月3日から販売と書いてあり、すなわち明日発売開始のようで、本日はまだやっていないようでした。

アピタ会津若松

◎アピタ会津若松


◎ベイシア安達
 本日の訪問予定7店のうち6店は改称店、もしくは移転改称店でであるのに対し、この◎ベイシア安達は唯一の新店で、2009年の開店です。
 SCに入り、入口のフロア案内でミスドを探しましたが、いくら探しても見当たりません。案内が古いのかと思い、適当にフードコートのほうに歩いていったら、フードコート脇にあるM型ショップが簡単に見つかりました。ヴィアナブロートのハニーでイートインの後、帰り際にベイシアのフロア案内を再度確認したところ、ミスドのある場所は「インストアベーカリー ホルン」となっていました。ミスドが入る前はパン屋さんだったのでしょう。
 また、このベイシアはかなり積極的に節電しており、店内が暗かったです。最初、建物に入った瞬間に「暗っ!」と思ったのですが、この日訪問した7軒のSCの中ではダントツに暗かったです。蛍光灯は4本に1本くらいの割合でしか点灯していませんでしたが、しかし暗くても特に不便は無く、ここまで暗くても問題ないのなら、他のSCでもまだまだ節電できるのでは、という気がしました。


ベイシア安達


◎イオン福島
 2007年9月に、イオンやダイヤモンドシティと名のつくショップが大量に「イオンモール○○」というショップ名に改称されたことがありますが、同様にこの3月、ジャスコやサティと名のつくショップが一斉にイオンに改称されました。改称店舗数は前回以上で、100店舗近くあったと思います。この改称によって私の訪問対象店も一気に70店くらい増えてしまったのですが、◎イオン福島もその中の1店です。一斉改称したショップの再訪は全く手がついておらず、この◎イオン福島が初めての再訪となりました。
 このショップは元●福島サティですが、行ってみたら外壁工事中でした。工事理由は震災のためか老朽化のためか改称のためか、よく判りません。ミスドも座席エリアが若干改装されていてT型になっていました。テーブルと椅子が紫とオレンジのものではなく、新しくなっています。ただし、レジ周り(ショーケースやトレーを滑らす紫色の台など)は元のF型のままでした。

 先ほどの◎ベイシア安達と同様、このショップにも涼風麺のポスターがありましたが、発売日の案内がありません。レジで聞いてみるともう発売しているとのことだったので、早速氷冷おろし麺を食べてみました。冷たい大根おろしのシャキシャキ感は良いですが、大根ばかり印象に残ってしまって、麺を食べているという感じがあまりしませんでした。

イオンモール福島


ミスドの前は外壁工事中で囲われていました

◎イオン福島
 囲いの隙間から撮影



ミスドにあったボード。「頑張ろう!!福島」の文字が見えます


 福島からは東北道を少し戻って南下し、今度は磐越道でいわきを目指しました。磐越道を東に進むにつれ道は一段とひどくなり、でこぼかがかなり増えてきました。
 また、東京では「がんばろう日本」だった標語が会津や福島市内では「がんばろう福島」になり、そしていわきでは「がんばろういわき」になりました。


●いわき鹿島
 移転してしまった跡地がどうなっているかと思ってちょっと寄ってみたところ、台形屋根のF型一軒家はそのまま、ユーメイドという眼鏡屋になっていました。テラス席も残っていましたが、眼鏡屋なのでさすがにこの席は使用していないようです。 
 
●いわき鹿島跡


使われなくなったテラスの塀に「がんばろう いわき」の字幕


裏側の駐車場から。調理場のダクトなど、そのまま残っています。



◎いわきエブリア
 2009年の暮れに●いわき鹿島がエブリア内に移転してできた、M型のフードコートショップです。ドーナツのショーケースの上に「がんばろういわき」と書かれた紙が吊るしてありました。また、募金箱には箱の半分くらい小銭が入っていましたが、お札も数枚入っていました。
 ここではもう一つの涼風麺「冷しゃぶ豚野菜麺」を食べてみました。まぁ普通の涼風麺、といった印象です。

いわきエブリア


 ミスドを出たあと、SC内をちょっとうろつき、県産品などを買い込みました。一時期、いわきには物資が届かず、首都圏の物不足が収まったあともいわきでは物不足が続いたと聞いていたのですが、今ではそのようなことはなく、弁当・惣菜・水など、大量に売られており、震災の影響はほとんど感じられません。この日訪問した他のSCも同様に震災の影響は感じられず、津波と原発の被害を受けたところ以外はかなり立ち直っているように思いました。


◎ヨークタウン大原
 ●スーパーセンター大原の改称店です。スーパーセンターは福島県を中心に多数の店舗を構えるSCでしたが、ヨークベニマルに吸収合併され、その後次々と改称され、この大原店の改称をもってスーパーセンターの名称は消滅しました。ミスドは2009年夏に●スーパーセンター大原から◎ヨークタウン大原に改称されていますが、場所はスーパーセンター時代と同じフードコートの一角にあり、M型に改装されてはいましたがフードコート自体の雰囲気は変わっていませんでした。しかしまだ18時半だというのにドーナツの種類が2〜3種類しか残っておらず、フードコートの客も少なく、ちょっと侘しかったです。

ヨークタウン大原


 これでこの日予定していた7店全店訪問し、常磐道で帰途に着きました。常磐道も凸凹が多かったですが、次第に減っていき、いつのまにか普通の平坦な道に戻っていました。
 なお、休店中だったため未訪のままとなっている◎イオン南相馬ですが、公式サイト情報では私が福島を訪問した直後、5月6日から営業を再開したようです。


2011年の訪問記に戻る

訪問ショップリストに戻る