|
|||||||||||||
渓流文庫 |
渓流竿をペンに持ちかえて、釣りへの想いを綴ります。 |
04’渓流情報 |
2004年は台風の当たり年でしたね。 週末毎の来襲には、まいりました。 そんな合間をぬっての釣査報告です。 |
||||||||||
10’渓流情報 |
2010年 6月第2段 葛野川です。 |
03’渓流情報 |
2003年も釣りまくりました。 紹介河川多数掲載。 次の釣行の参考にしてください。 |
||||||||||
09’渓流情報 |
2009年は渇水に悩まされました。 |
02’渓流情報 |
2002年は大物との出会いも多数。 充実のシーズンです。 |
||||||||||
08’渓流情報 |
2008年も釣りまくりました。 今年は初めて四国の釣行報告も 入っています。 |
01’渓流情報 |
2001年の気になる河川をチェックしてみてください。 | ||||||||||
07’渓流情報 |
2007年の釣行記録です。 北海道・東北など。季節の河川情報 の参考にどうぞ! |
会員の広場 |
全国の三渓会会員の掲示版 | ||||||||||
05’渓流情報 |
2005年の釣行記録です。 今年はあまり活動できませんでした。 |
キャンプ場 |
渓流釣りにお勧めのキャンプ場です。 |
||||||||||
|
|
|||||||||||||
| 今週のお話 |
|
新年、明けましておめでとう御座います。 さて、さて年始のご挨拶も済ませたところで久し振りの「新年会」開催です。 会員諸兄に於いては単独釣行や気心の知れた仲間達と諸国の渓流魚釣査に出向き釣報員となって諸国の貴重な「釣報提供」を頂戴しておりますが会員の高齢化並びに転勤や配置転換等、諸般の事情によりここ数年 大人数での「会合」を開催する事もなくなり淋しい想いをされた諸兄も大勢いたことと推察します。 今年はそんな停滞ムードを一掃し新年早々盛大な「新年会」が開催されました。 1月10日、三渓会御用達である新宿「隠れ坊」にて10名ものご参加を頂き次々と「宴の間」に入ってくる顔、顔、顔に歓声が上がると「空白の年数」など吹き飛んでしまい昔の釣行話や釣り談義に花が咲き、徐々に盛り上がってくるとそれに比例し酒量も増えて芋焼酎のボトルを何本オーダーしたかもわからない程に「祝杯」を上げると「やっぱり昔の仲間はいいなぁ」と感じたのは私一人だけではないはずです。
気の置けない連中ばかりなので楽しい反面、将来の「三渓会」を担ってくれる「新規会員」の募集も懸念されます。 しかし「ノータリンクラブ」の会則等を聞き及ぶに「三渓会」も現在の会員数15名だけで良いのかも? まぁ、入会希望者がいるならば難しい事を言わずに入会させてあげましょう。 さて、今年は「新年会」だけでなく「定例釣行会」の再開や多大な犠牲を出した為に「無期延期」となってしまった伝説の「寒中キャンプ」復活を望む声が多くなった為、今後のスケジュール調整及び派閥間での検討事項とさせて頂き、昨年度の「三渓杯オープン」優勝者である大家敬一氏から「締めの言葉」を頂戴し無事に閉幕となりました。
「追伸」 「絆」とか今年の干支の「龍」に引っ掛けて最後はうまく締め括るつもりが次の文字が浮かびません。 元来、頭も顔も悪いのですがここに来て文章も浮かばない。となるといよいよもって怪しくなってきました。 世の中にはとっても怪しい人が沢山いるような気がするのですが、いつの間にやら自分が「怪しい人」になっているとは、、、、、、トホホ 「参加メンバー」(全10名) 青木裕之、大家敬一、大浦満男、田中(忠)、舛谷泰秋、 貫井達雄、吉野良一、守屋健嗣、山本清文、佐久間峰雄 22年7月 青木
22年7月 青木 大月⇔上野原間、桂川で新しいポイントを今年探索していて、当地区14年間住んでいますが知ってないポイントが多くその中で7月7日(水)に6;00AM〜15;30PMまで釣りをしたポイントを紹介します。鮎師が後からいっぱい来ましたがその中でヤマメ狙いは青木のみ。なかなかの渓相でした。
![]() ちょうど駐車場が完備されていて河原と高低差がなく入渓が楽な場所です。黒川虫、ヒラタも容易に採集でき理想的です。 ![]() 川巾は広くポンイトが多数でルアー向きなところです。
青木は8,5mで初め釣り、その後ゼロ釣法の軟調竿にて挑戦しましたが10〜13cmのチビヤマメのみで良型は釣れませんでした。
途中豪雨に会いびしょびしょ状態での帰還でした
豪雨で増水、濁りにすぐなり安全を考え途中で中止。
備考、 鮎解禁後は夜明けから10時AM位か夕まずめがヤマメ釣りタイム。
後は鮎解禁まで。良型〜大型ヤマメがいるそうです。
駐車場で友鮎を売っている漁協組合のおじさんと団欒し聞いた話しです。
そのおじさんは友鮎販売小屋にヤマメ釣りが好きで長竿を2本も置いてあり、暇をみて駐車場土留め天端より竿を出していました。
22年4月 鱒淵 流峰 竿以外の道具や餌の購入も忘れてしまった。 現地で先に釣りをしていた青木氏と合流し、桂川を釣り下る事にした。 ミルクコーヒーのような色をした濁流は轟々とうねり、雨に打たれた体は芯まで冷えてしまいとても「渓魚」が餌に喰いつくような気温と天候ではなかった。 「撤退」の二文字が脳裏を過る。それでも「粘る」青木氏を尻目にさっさと退却準備をして歩き出してから暫くして青木氏も追いかけて来た。 今日は釣りにならないな。そんな事を思いながら歩き出したが帰るにはまだ時間が早い。
手頃な入渓地点を見つけると川岸に立ったが如何せん減水と気温が低く透明な水では釣りにならない。さっさと竿を納めたが青木氏はここでも 粘る。そして上流の落ち込みで3投目に手頃なサイズのアマゴを掛けた青木氏とはそこで別れて帰宅となったが竿の調子を試す事が出来ずに不満の残る一日であった。 3月23日には富士川へ釣行した。深夜2時に山梨県身延方面へ車を走らせた。青木氏とは塩ノ沢駅で5時に待ち合わせをしている。
快晴ではあるが気温は低い、今回も「試釣り」である。竿のテストは何度でも行うのが主義であり気に入らなければ使わない。 青木氏は富士川の上流へ向かったので塩ノ沢駅から一人だけである富士川支流の「椿川」へ入渓してのんびりと釣り上がった。 小さな淵で手頃なサイズのアマゴを釣り上げて一息ついた。本当はのんびりと渓流釣りに興じているような心境ではない。 人は生きていく上で大小様々なトラブルを経験するが根本的に最後は大人の判断で「仲良くやってもらいたい」と願う。 今は静かにそれを見守るしかない。
次回は4月30日〜5月3日の三泊四日で秋田県釣行を計画している 「一人みちのく釣り行脚」である。ご期待ください。 平成22年2月 鱒淵 流峰 毎年、毎年「暖冬」が叫ばれ「地球温暖化」が懸念されている昨今、冷水を好む愛しの「渓流魚族」は如何お過ごしなのでしょうか 又、この時期になると書店には渓流釣りに関した本がずらりと並べられ釣具店には今年の「最新モデル」と銘打った各社の新製品が所狭しと多数展示され否が応でも解禁直前の「購入意欲」を煽ります。 気の早い諸兄には、もう万全の準備をしている事と推察しますが今暫く「山女魚様」へのお目通りはお待ち下さい。 しかし、山女魚恋しさの「情熱」は齢を重ねてくると身体の変調や家庭環境の変化等で億劫になったりします。 他の事象で忙殺されるならいざ知らず「億劫」即ち「不精」になるのは忍び寄る「心の老い」が原因なのかもしれません。 まぁ、あれこれ考えても「結論」などあろう筈がないのですがゲームフィッシングの衰退や高齢化による釣行回数の激減、 他の趣味への移行等、様々な事由で釣り人の数は確実に減少の一途を辿っています。 私は今年から釣行回数を減らしても「納得の出来る釣り」を心掛ける事にしました。 何故ならば、関東周辺の河川では解禁早々に放流魚は釣り切られその後は喰いの渋い釣りや貧果を繰り返すことになり「得心」のいく釣りは出来そうにもないからです。 今年は遠出(秋田、山形、富山、石川)しようと思っています。 鳥の鳴き声と川の音、滝の轟音しか聞こえない深山幽谷の峪を颯爽と一人で釣り上がるのもロマンである。 それは遠い昔、微睡みの中で見た憧憬なのか、永年、渓流に通いつめた果ての美学なのか、全ては「納得できる渓流釣り」の為に今年から「回数から場所」へと釣行趣旨を変更したのです。 故に私の初釣行は4月中旬〜月末と決めています。 黒ずんで「錆」の残った渓魚や「鰭」の取れてしまった放流魚もその頃になれば活発に活動を始めるし、真剣勝負なら「元気な相手」が良いに決まっている。 5月頃になったら長男夫婦、次男夫婦と「神之川渓流釣り場」にて親父の手料理で「渓流昼食会」を計画する予定です。 (ニンニクの豆板醤揚げは最高です) そして帰路の途中にある町営の「やまなみ温泉」へ立ち寄るのも忘れてはいけません。 さて、さて、楽しそうな事ばかりを書いておりますが実は最近になって右足の踵を痛めてしまいました。 身体のどこかに「支障」が出てもおかしくない年齢ですが元気な内に渓流釣りやキャンプを含めたアウトドアーの楽しさを息子達へも「伝授」出来ればと思っています。 平成22年1月 鱒淵 流峰 冬場の休日は時間を持て余す事が多くて困る。 切り落とした枝葉を掻き集めているとアメリカハナミズキの枯葉がヒラヒラと際限なく舞い降りてくる。 昔は枯葉を沢山集めて風流に「焼き芋」も出来たが今や「CO2」とやらで、うっかり「焚火」も出来なくなった。 千両や万両、南天や隠れ蓑、ブルーベリーも剪定した処で次男のお嫁さんとコーヒータイムになった。 年齢的にはそろそろ「石神井のご隠居」と言う事になるのだが山奥での「隠遁生活」や「好々爺」になるのはまだ早すぎるようだ。 憧れである自給自足の生活、「晴耕雨読そして時々釣り」の日々は暫し留め置いて今は駄文の執筆に勤しむ事にしている。 「翳情奇譚」や「月夜の渓の狐狸話」はライフワークの一部であるし、若い頃には見向きもしなかった「庭仕事」も自然とやる年齢になってきた。 考えてみれば私にはやりたい事がまだ沢山残っているようだ。 来年の「釣行河川予定表」の作成もその内の1つであるし年末の年賀状は表裏共に「手書き」で作成する事。とも書いてある 勿論、釣りに関する事柄やキャンプ道具や屋外料理等々の書き込みが圧倒的に多く、定年後の身の振り方まで書き込まれている。 しかし「実行」された事よりも思いつく事が多い為か、書き記した事が一向に減らないのは困ったものである。 まぁ、呆けて時間を無駄にするよりは「まし」なのかも、、、と言う事で今日は「仕掛け」の作成をするつもりだったが又しても猫が微妙に揺れる竿先にじゃれついて仕事が捗らない。 来週末はゆっくりと一人でドライブがてら長閑な山里と清流の流れでも見に行きたいと考えている。 自分と向き合い、自分と言う人間を理解する。 何歳になっても真直ぐに見る目と折れない心を持ち続けたいものである。 昨年から釣行時の衣装を「甚平と菅笠、地下足袋」に変更したのだが未だに釣友から「賛辞の言葉」を頂戴している。 当分の間は、この昔風の釣り姿で諸国の渓流を訪ねる事にしている。 解禁当初の放流物やサビて痩せこけた山女魚は釣趣に欠けるので出来れば4月中旬から出掛けたい。と考えている 釣りの帰路に地元の温泉へ立ち寄り、首まで湯に浸かって新緑の芽吹く山々を眺むれば浮世の喧騒も家庭や仕事の悩みも 「些細な事」に思えてくる。 平成21年11月 鱒淵 流峰 今年も伝統ある「三渓杯オープン」が無事に終了した。 初秋から冬の間はこんな風にぼんやりしている時間が好きである*仕事中もぼんやりしている事は多々あるが、、、、 積年の夢である「諸国漫遊渓流釣り行脚」の支度でもそろそろ始めるか。 ある年の冬、日本酒の熱燗があっと言う間に「冷酒」になり今、食べたものすら忘れてしまう程の極寒の中で、身震いしながらテントへ入ったが足の方から深々と寒さが忍び寄り両足の感覚が完全に麻痺して徐々に意識が薄れていく寸前で夜明けを迎えた事がある。 「九死に一生」とはまさにこの事でありそれ以来、参加した9名の誰からも「寒中キャンプ」の事を言い出す者はいなくなってしまった。 人其々生きていれば色々な「出来事や出会い」がある。そして僅かな「タイミング」でその後の「人生」が大きく変わってしまう事もある。 そして全てを忘れて没頭出来る「趣味」が人生には不可欠である 「渓流釣り」は大自然の中で遊ばせてもらう崇高な趣味である。 更にその土地の特産物や野菜等を買って渓魚も土産にすれば家族円満間違いなし。の時もあったような気がする。 見晴らしの良い岩場で弁当を広げてゆっくりと昼飯をするとか、美しい風景や珍しい鳥や野草花をカメラで撮るとか大自然を満喫出来ればその日一日は「大収穫」なのである。 16〜17年前から懇意にしている朝霞市の廣田釣具店は鱒淵流峰御用達の老舗である。 来年は東京都の「鳥獣保護員」に応募するつもりである。 以前から「ボランティア」でもやりたかった事なのである。 その際に社長から「自分で編んでみたら、簡単だよ」と言われ以前に頂戴した草鞋を解けば編み方が理解出来る旨の説明を受けた。 人生でも、仕事でも、遊びでも自分なりの「美学」を持っている人は魅力的である。 平成21年10月 鱒淵 流峰 「悲喜交々」 前号で「石神井宣言」の御布令を出したものの釈然としない日々、悶々としながら過ごす日常こんな気持ちで良い仕事など出来るわけがない。(どうしたんだ 営業マン)若い男女の「恋患い」ならいざ知らず「渓魚不釣」の悩みに魘されている主人に猫のミータンも呆れ顔でパタリと寝転がってしまった。
しかしこのままでは解決の糸口すら見出せない。 この言葉の中には多くの「ヒント」が含まれており漆黒の暗闇で一条の光明が射し込んだ思いであった。 持論であるが人には夫々持って生まれた「天賦の才」があり才に恵まれない者がその道で大成するに血反吐を吐くような修練を日々積むしかない どうやら私には「テンカラ釣り」の才はないらしい。 さて、9月21日(祝日)の午前5時に青木氏と待ち合わせをして奥多摩川上流の丹波川へ釣行に出掛けた。 ![]()
当日は快晴で絶好の釣り日和である。早速支度を整えると最初は「餌釣り」で探ってみた。 やがて昼食を終えると今度は上流へ向かう事にした。 それに今日は途中で大小の「蛇」に出くわしたので「必ず釣れる」はずである。 二人は勇んで上流へと歩を進めるが餌釣りの青木氏にも私の毛鈎にも何の反応も見られない。 青木氏はウェーダーなので「バシャバシャ」と深い所も進んで行くが私はニッカズボンなので股間部を冷水に浸してしまい「縮んだ一物」は何とも妙な気分である。
結局、お互いに一匹ずつをキープし16時に納竿とした。 平成21年10月11日 佐久間 峰雄 三渓会では毎年10月〜12月にその年1年間の釣技の上達と研鑽を競う「三渓杯オープン」が年間行事の一環として行われている。 「オープン」としているのは会員以外の釣り人でも自由に参加出来るし釣法も問わないからである。その「三渓杯オープン」が今年は10月11日に開催された。
場所は例年通り神奈川県裏丹沢の神之川渓流釣り場である。 例年以上の参加人数だった為、混戦、激戦が予想される。 参加者の顔ぶれは(敬称略) ![]() 慌しく再会の挨拶を済ませると午前6時には舛谷委員長より注意事項の説明があり又、今回から「大物賞」のトロフィーも新設されたので否が応でも参加者はヒートアップするばかり。 そして6時30分、今年一年間修行してきたその釣技と知恵の勝負が始まった。
優勝の常連、青木氏や吉野氏も最近は優勝から遠ざかっており胸に期するものがあるらしい
私も過去に一回しか優勝経験がなく「今年こそは」と勝負に臨んだ。明け方は気温が低い、しかし数日前の台風の影響もなく各自がそれぞれ好みの場所へ入り「熱い戦い」が開始された。
私は数匹を釣り上げて何気なく顔を上げると私より2つ、3つ下流の場所で釣っていた青木氏が連発して釣り上げているではないか。 まだ渓魚放流前なのにもう10匹以上は釣り上げているらしい。 しかし上流の堰堤近くで釣っていた須崎氏も負けてはいなかった。虹鱒を爆釣し「大物」も釣り上げていたらしい。 やがて正午のタイムアップとなり「検量」となった。舛谷委員長の厳正なる審査があり青木氏と須崎氏の「釣果」が群を抜いて際立った (三渓会H.・P速報版参照)
魚が溜まっている場所で青木、須崎両氏の腕前が遺憾なく発揮され魚数と腕前の相乗効果が「大漁」に繋がったのであろうか。
優勝は青木氏と須崎氏の一騎打ちとなり釣り上げた匹数は38匹の同数であったが岩魚、山女魚の数が多かった青木氏が優勝となり大物賞は須崎氏の虹鱒41cmと決まった。
表彰と優勝カップ授与式があり和気藹々の中で昼食となった喜ぶ青木氏、須崎氏を尻目に「来年こそは」と静かな闘志を燃やしたのはきっと私一人だけではないはずである。
帰路が同じ方向の7人は温泉に立ち寄り浮世の垢を洗い流せば善男善女になって次回の再会を約したのだった。 渓流犬のコタロウも参加したが「出番」が少なかったのが残念である。 レポーター:渡辺 裕之 もう、2年前にもなりました。小さな名人とのキャンプ&フィッシング。 8月16日〜17日に掛け、神之川キャンプ場へ!4日前くらいまでの大雨も収まり、水の量・透明度もバッチリで雰囲気上場!釣りまっせ! ロッドホルダ−には”釣りに行かせない神”が、隠れているのか、埃だけが積もるのである。という、言い訳もそこまでにしキャンプスタ−ト! 今回は、渓魚との出会いは次の日であって、まずはキャンプが趣旨。 恥ずかしいですが、初めて空けた為、真新しいビニ-ルの中に包まれているタ−プは 自ずと素人振りを発揮したのであった。多分、2名いれば確実に設置できるのに、一緒に来たN家族に手伝ってもらい何とか設置完了!。タ−プと一緒に購入した電池式のランプは 昼間なので全く必要も無いのに設置!まだ、食事まで時間はあるのに、ガス式の小さなコンロ設置!
いや〜参ったね!シ・ロ・ウ・ト! 小さな名人のI君でした。その瞳から”即!釣りに釣れてけ!”と読み取れる。本当は、キャンプ場に到着→釣り開始のはずが、私がタ−プやらキャンプ道具を購入した為に、キャンプ場に到着→タ−プ等設置待ち→釣り開始になってしまっていた。
急いで、ロッド・リ−ルとセットし釣り場へ。そこで忘れてはいけないのがルア−ワレット。 (本当は妻の物だけど・・・)そのワレットを空けては、”どれが釣れるの?””この色かなあ?”と話してる。やはり、こいつなかなかやるのぉ〜名人とはそうゆう所からなのかも。関心である。
神之川は、手前側がニジマス。上流がヤマメ・イワナと分かれている。小さな名人は、ニジマス釣り場へ。一人前に釣れる様になったらヤマメ場へと約束してある。 夏休みもありかなりの釣り客。何とか場所を確保し、釣り開始!I君は2年ぶりのルア−キャスト!と思ったが当たり前です。 投げ方・使い方忘れてます。再度、ベ−ルを返して指で挟んでヒョィと教えると、3投目には”自分でやる!”と本能が出てきてらしくバッチリキャスト。 しかし、釣り客が皆、餌釣り。それも相当込んでいる!流れに乗せながらバイトを誘発するルア−と餌釣りにはやはり間隔が必要で、30分やってストップフィッシング!少し空くのを待つ名人であった。 時間が4時を過ぎると各地でのBBQがスタ−トをしてきた。そうなると釣り客が激減!コレを見た名人と川へ降りる!今だ!釣れ〜!さすが釣った!よし3匹!・・・・ストップ! 魚は3匹・・・・。まずい足らない。そこで名人の竿を横取りし、キャスト!おっ!1匹ゲット!もう1匹ゲット・・・・・・。ストップ!2匹追加したが1匹足りない。名人に竿を戻しお願いするのだが・・・・。 辺りは、夕暮れモ−ド。各テントからは夕飯の良い臭いが・・・。あと1匹!・・・・・・・・。 テントまでは30mほど。川沿いを名人の竿を持って歩いていると、子供には終わりって言っといて歩きながらキャスト!・・・・。釣れちゃいました!よ-し!人数分揃った〜!食うぞ−! そうしてBBQのスタ−トへ。
シロウトの私は、BBQの道具は全てお借りし、N家族のご主人様に必死にお酒を注ぐのであった!
翌朝・・・・さあて、2年ぶりの渓魚に会いに行きますか! でも我慢できずに4時45分にヤマメ・イワナ釣り場へGo!天気もよく朝の清清しい風に早歩きで釣り場へ到着!川をのぞくと先行者3名。でも、餌釣り客。 一番手前の場所から上っていこう。まずは、スピナ−だ!ファ−ストキャスト!リトリ−ブ! その駆け引きも面白いのです。釣れたのは23cmの美しいヤマメ。渓魚様!逢いたかったよ。本当にヤマメは美しい!漢字で山女魚と書くだけはある。しばし、見つめてしまいました。 今回の神之川は、水量も多いのですが透明度がかなり高く。1匹目ヒットはルア−へのチェイスがバッチリ見えたのでした。よし次だ!3投目フィッシュON!7投目フィッシュON!と炸裂してる! あれよあれよと遡り、ヤマメ釣り場のカ−ブまで来るとすでに10匹!まあ、腕よりも前日の残りがたくさんいただけと思われるが爆釣炸裂です。サイズは最大で26.5cmでした。 少し天狗になりながら、キャンプ場に戻り妻に報告!あれっもう帰ってきたの?えへん!釣りすぎた!ビクの魚を見せ気分上場!時計を見るとまだ6時。たった1時間の爆釣でした。
いや〜最高の釣りを堪能し、朝食をとってから再度トライ!のはずが・・・・・・ お土産用に2匹をゲットし、N家族は4名なので2匹のヤマメをプレゼントし終了! 来年の約束をしN家族と別れましたが・・・・・・・。 今年中にもう1回、2回・・・・・・行きますか!妻と約束したのでありました。 鱒淵 流峰 6月末の福島県定例会から約1ヶ月が過ぎた7月26日(日曜日)の事である。 草木も眠る丑三つ時(午前2時)自宅を静かにスタートした愛車は関越道練馬インターから鶴ヶ島JCTで圏央道へ入り八王子で中央道へ合流して相模湖インターで下りた。 今日の目的は神奈川県裏丹沢にある神之川渓流釣り場での「テンカラ修行」である約一年間、幾度となく修行を重ねてきたつもりであったが一向に渓魚が釣れる気配がない私のテンカラを基本からもう一度見直すべく修行に来たのである。 現地へ到着したのは午前4時、大勢のキャンパーが寝静まっている脇の道を静かにすり抜けて奥まで行くと漆黒の闇夜と静寂の中でヘッドライトに映し出された水面にはうっすらと霧が立ち込め川の流れだけしか聞こえない。 所定の位置に停車するとエンジンを切って仮眠をする事にした。
青木氏は「キジ」と「ぶどう虫」を用意してきたらしい。 脇目で見ながら無心にテンカラ竿を振る私には一向にその「気配」すら感じない。
もう青木氏は3〜4匹は釣り上げたようだ。気持ちを切り替え、場所を移動して振り込むが結果は同じ事の繰り返しで一気に疲労感が襲う。 私なりに修行したつもりであったが雑駁な知識とぎこちなさが残る打ち込みではまだまだ修行が足りないのか、若しくは私には不向きな釣法だったのか。と
「釣れない事」に対する言い訳じみた言葉が脳裏を翳めた。 仕事上でも苦しい時、辛い時ほど胸を張り背筋を伸ばして頑張ってきたではないか。 すると青木氏から「管理釣り場の渓魚は浮遊する昆虫を食していないので毛鈎で釣るのは一般河川よりももっと難しいですよ」と慰めのような一言があり張り詰めていた「心」が一気に萎んだ。
更には天野勝利氏のように餌釣りとテンカラの両方をやれば良いのに。と言われて青木氏の魚篭を見ると複雑な心境になってしまった。
その後も青木氏は順調に山女魚や岩魚を掛けては「引き」を楽しんでいるのに、直射日光を浴びながら竿を振る私には虚しさと挫折感が倍増されるばかりだった。 二足の草鞋を嫌いテンカラ一筋を志していたが青木氏の大漁を見せられた上に一向に釣れる気配のない私のテンカラに信念を曲げても「二足の草鞋」を受け入れ「石神井宣言」の御布令を出す決意が固まった。
「新宿宣言」を短期間で覆すカッコ悪さもあるがこれからは「二刀流」だ。 しかし釣れればなんでも良いでは釣師としての「美学」に乏しく1つの釣法を追及する「信念」や「探究心」は大切である。 これからは「二刀流」として渓流釣道を極めるべく精進致す所存です。
鱒淵 流峰 平成21年8月 鱒淵 流峰 タヌキは昔からどことなくユーモラスで「カチカチ山」や「ブンブク茶釜」にも登場し騙したつもりでも最後にシッポを掴まれて人間様に叱られてしまう愛すべき動物である。 頭の上に葉っぱを乗せてドロ〜ンと化けたつもりでも後ろのシッポが丸見えだったり女性に化けたつもりでも妙に毛深い手を出したりと我々の仕事上でも「つい、うっかり」があるように狸の「うっかりポカ」が可愛いのだが背中に大ヤケドをさせられたり、 泥舟に乗せられて沈められたり、そして最後は「タヌキ汁」になって人間様の胃袋に納まってしまう可愛そうで憎めない存在なのである。 ウサギやサルを押し退けてこれ程までに人間界に溶け込んでいる「野生動物」も珍しく「タヌキ親父」と呼ばれている人はきっと性格的に憎めない人であったり又、タヌキ寝入りとか、獲らぬタヌキの皮算用とか、日常会話の中にもすっかり溶け込み大昔のセレブ嬢達は冬になると誰もがタヌキの襟巻きをしておりました。(関係ないか) さて、さて、そんな訳で今回はとても珍しいお狸様が鎮座している神社をご紹介します。 場所は秋葉原駅東口を出て昭和通りを右に銀座方面へ歩いて神田川を渡るとすぐ右手から柳原通りが出てくる。その柳原通りへ入って100m位進むと今回の目的地である「柳森神社」が右側に見えてきます。 神社と言えば「お狐様」と相場は決まっているのですがこの神社には昔から何匹もの「お狸様」がちゃっかり住み着いていたのです。 「ショ、ショ、証城寺、証城寺の庭はツン、ツン月夜だ みんな出て来い来い来い」 子狸(写真) 大狸(写真)
営業の世界でも色々な種類の「狸」が全国津々浦々まで生息しており「大きな狸腹」を抱えながら月末になると一喜一憂しているらしいと聞き及んでおります。(私にはよくわからない世界ですが、、、) さて、話は変わりますが最近の渓流スタイルとなった「地下足袋」ですが水の中では予想外に滑って危険である為草鞋を装着する事で滑りを防止すべくネットで検索したところ品川区荏原の(株)山十で草鞋の製造販売をしており早速7月初旬に尋ねてみた。 人の良さそうな時田社長自身が編み上げたナイロン製の草鞋は軽量かつ堅牢であり私が訪問趣旨を告げると早速パソコンでで「三渓会H・P」を開き私の「渓流決め姿」を見つけるやすっかり気に入ってくれたらしく更に1足だけ「麻」で編み上げた特別の 草鞋を社長のご好意により無料で頂戴する事となった。 但し、この麻製草鞋は「渓流実践テスト用」の為、今後の無料提供は御座いません。 丈夫な草鞋が手に入れば残りは「腰皮」である。腰皮とは狩猟集団である「マタギ」や山仕事に従事する人々がお尻から下げている獣皮の事であり地べたや岩、倒木等に直接腰掛ける時、体を冷やさない為に犬かカモシカの皮を適度の大きさに裁断したものを尻からぶら下げるのである。アウトドアー時にどこでも座れる「皮の敷物」と考えてもらえれば良い。 この「腰皮」については青森県中津軽郡西目屋村にある砂川学習館の佐藤氏から色々とご教示頂き同じ青森県の毛皮業者である丸一河村の河村社長へ連絡し犬の腰皮を現在検討中である。(残念ながら狸の皮は腰皮には不向きらしい) 「三渓会縁の恵比寿神社」
そんな訳で「渓流スタイル」は益々充実してきたのだが肝心の腕前は遅々として上達せず5月の信州、6月の福島も散々な結果に終わってしまい渓流釣り師としては屈辱、恥辱の限りである。 しかし「ニッカ+地下足袋」姿は釣り以外の友人、知人の間でもすっかり評判となり是非「あの姿で来て」との冗談ともつかぬ依頼が舞い込み苦笑するばかりである。 きっと私のスーツ姿を見慣れた人達にはその「落差」が面白かったのだろう。 いくら「釣法」を変更したにせよ3ヶ月目からは厳しい「ノルマ」があるのはどこの世界でも一緒である。 ここはもう「神頼み」しか残っていないのか? 7月末の「大漁吉日」 小雨模様の中で晴れぬ気持ちを引き摺りながら恵比寿神社の鳥居を潜った。浄財の500円を賽銭箱へ投入し「必釣」を祈願したが果たして恵比寿様は私の願いを聞き届けてくれるのでしょうか。 信じる者は本当に救われるのでしょうか? 平成21年7月 鱒淵 流峰 「プロローグ」(1) 六月は梅雨時雨である。外勤の営業マンは雨が降る度にズボンの裾がズブ濡れとなり気分が滅入ってしまう時期でもあるが渓流釣りには一年で一番よい季節となった。 ある週末の金曜日、夜半から降り出した雨でごった返す新宿西口の雑踏に呑まれてその一角にどっしりと陣取る思い出横丁(通称,しょんべん横丁)へ紛れ込んだ。 東京西支店の青木氏と信州飯田の「反省会」を兼ねて一杯やる事になったのだ。 横丁へ一歩踏み込むと間口が半間強程の飲み屋が次から次と犇めいて女将や大将の威勢のいい声やサラリーマン達の喜怒哀楽や笑声, 肩を寄せ合う怪しげなカップルとか「人生の縮図」が渦巻いているようで温厚気弱な老営業マンが入り込むには少々勇気のいる「異世界」の雰囲気が漂っていた。 少し空席のある店へ入った二人は焼酎の水割りと瓶ビールを頼むと焼き鳥も注文した。 五月の信州では意に反して散々な結果となってしまい「太って帰って来た」だけ。 枝豆やら厚揚げ豆腐やらを注文しほろ酔い気分となったところで「お開き」となったが信州での屈辱は福島県五百川で開催される「三渓会・定例釣行会」で挽回するしかない。 そして夜の宴はキャンプ場に忽然と現れる「渓流酒場 三渓亭」の美酒に酔うしかない。 「本編」 そしていよいよ出発前夜となった。「三渓会・定例釣行会」が開催されるのは久しぶりである。日頃から超多忙な会員が多い為、全員が揃う事など無理であるが10名の会員や釣友、会友が参加する事になった。(近年では稀に見る大人数である) 今回の日程は6月27日〜28日の一泊二日で福島県の磐梯熱海温泉内を流れる五百川及びその周辺河川を「釣査」する事が目的である。 私は前日の26日も振替休日としたので余裕を持って道具の積み込みが完了し夕食後も何かと忙しく睡眠時間などない中で27日の午前12時頃に自宅を静かにスタートした。同行者である板橋区の大浦宅へ向かい彼の荷物を積み込むと一路、車は東京外環の戸田東I・Cを目指した。 (2) 「定例釣行会」と言っても全てが自由で約束事はキャンプ場への「集合時間厳守」のみであり私と大浦氏は阿武隈川支流の真名子川へ入渓する事にした。 「釣り場案内」の本を何冊も読んで真名子川に決めたのだが始めて釣行する川は過去の実績がないので期待半分、空振り半分で何とも「ビミョウ」な心境である。 途中何度かS・AやP・Aへ立ち寄り午前5時前に迷いながらも真名子川へ無事到着した。 釣場案内の本には「葦の根際に大物が潜んでいる」と書いてあったのに〜。とほほ しかし落ち込んでばかりはいられない。素早く頭を切替えるのも営業マンとしては大事な要素なのである。(しかしこれが後々、大事件と発展する)
「とら食堂」の入口 「とら食堂」は随分と雑誌やマスコミに取り上げられたけど本当に美味しいの? ひゃ〜噂は本当だったのか、待ち草臥れてやっと11時に店内に入ったが外には依然と長蛇の列が出来ているではないか。早速私は「焼豚の大盛ラーメン」を頼み大食いの大浦氏は「焼豚+ワンタンの大盛ラーメン」をオーダーした。 やがて運ばれてきたラーメンは「鶏がら+豚がら+醤油味」でこれが何とも美味であり焼豚も絶妙である。長蛇が出来るのも納得である。 魚篭は空っぽだったけどお腹はすっかり満腹状態となり今夜の宿泊場所である郡山市高篠山森林公園キャンプ場を目指す事になった。 しかしこんな事で良いのだろうか?魚が釣れない釣り師と契約が取れない営業マンと鳴かなくなったカナリヤは裏山へ捨てるしかない。と佐久間が以前言っていた。 (3) 悶々としながら車はキャンプ場へ到着した。早速大浦氏とタープ&テントの設営を開始した。
「渓流酒場・三渓亭」
久しぶりに再会した仲間達とビールでの乾杯が終わると「博多モツ鍋」や「牛肉野菜炒め」の料理が始まった。和気藹々の中で1時間が経過した頃強風が吹き出しタープが不安定となったので全員バンガローへ避難しての二次会となった。大量にあったビールは皆の胃袋に全て収まり焼酎が何本も開封された頃、この場面での座長は当社OBであり三渓会の重鎮でもある舛谷泰秋氏の登場である。
舛谷氏は四方山話や話題が豊富な先輩であり私とは昨夏の信州蓼科湖へもご一緒し私が13年間在籍していた「住宅開発事業部」では机を並べ「同じ釜の飯を喰った仲」でもある。その舛谷氏が他の人達との話題で盛り上がっていたのだが いきなり「まさか餌釣りはやってないだろうね」と私に鋭い質問をしてきた。 バックナンバー「月夜の渓の狐狸話」その十四夜話に書き記した通り昨夏に私は信州で「テンカラ宣言」をしてその時、舛谷氏に餌釣竿を譲渡しているのだ。 私は返答に窮したが今夜は「善人」となってしまった為「嘘」はつけない。素直に餌釣りをした事を「自供」すると急に舛谷氏は刑事口調に変わり厳しい取調べが全員の前で始まった。 舛谷刑事の取調べは厳しく私の言い訳など一切聞かず最終的に「犯行の道具」となった「餌釣竿」は舛谷刑事へ「無償譲渡」となりその他の用品も「証拠品」として舛谷刑事に全て没収?される事となった。「いつかきっとDNA鑑定でこの冤罪は晴らす」 「まぁ、舛谷氏ならば私の道具を大切に使ってくれるだろう」との思いもあったしこれで「餌釣り」から完全に「テンカラ一本」となって「諸国百渓・青春編」の旅立ちに相応しい「けじめ」がついた。(青春とは年齢ではなく心で決めるもの) 翌朝は5時に目覚めてテントから這い出ると朝靄に霞む山の空気を存分に吸い込んだこんな素敵なところで新鮮な空気を吸える事の有難さに感謝しながら再びテントに入り「二度寝」となった。
吉野夫妻とは帰り道が同じ方向なので途中で川を見ながらのんびり帰る事になった。栃木県の男鹿川で蕎麦屋へ入り「天麩羅せいろ」の大盛を頂戴したが旬の野菜天麩羅が何とも美味しいではないか。
何とも美味しいではないか。男鹿川で少し釣りをやる事になり「写真撮影」の為に私は七分ニッカと地下足袋スタイルでの登場となった。(アイドル並みか?) 普段から滅多な事では驚かない三渓会員もこのスタイルには度肝を抜かれたらしい。
しかも今回は吉野家で飼われている犬の「コタロウ」も登場した。コタロウは吉野家で「渓流犬」として極秘の特訓も受けており魚の居るところを瞬時に嗅ぎ分ける事が出来るらしい「ここ釣れ、ワン、ワン」なのである。飼い主以外にはなつかない コタロウだが妙に私にもなついており、これは「昔話」の現代版になるかも?
川をバックに小太郎と拙者 何と「絵」になる一枚だろうか。 それから何度も「プィ」をされて遂に今月も「惨敗」の憂き目に会い納竿となった。 「エピローグ」 私がこんな精神状態では帰路の東北道で「大事故」を起こす危険性があると察した吉野夫妻は途中の川治温泉郷で温泉へ立ち寄り一風呂浴びて帰る事になった。
この三渓会ホームページは読者が5千人とも8千人とも言われており毎回楽しみにしている方々の為にも「きっちり」決めなければいけなかったのだが今回も不甲斐ない結末となってしまい倉上道場の看板にも泥を塗ってしまった。 次回の釣行はこの悔しさを晴らすべく道志川支流の「神之川渓流釣り場」で修行に励むしかない。 では、次回までさらばじゃ。
吉野 平成20年の渓流シーズンもほとんどの河川が禁漁となった10月11日〜12日に、三渓会メンバーの一人より渓流型管理釣り場「ようらく」への釣行のお誘いを受けた。 渓流シーズン中はメンバーが別々に、想いを寄せる河川に出かける事が多いので、なかなか一緒に釣行する事が少なくなってきていたので、せめてオフシーズンぐらいは、たくさんの釣り仲間と集まりたいところだ。 「ようらく」は、神流川の上流、国道462号を十国峠に向かった先にある支流のさらに上流にあたるので、東京からは、かなり車を走らせる事になる。 その分、渓相は抜群ですけどね。
一日目はすこしだけ川の様子を見て、キャンプイン。 高床式のバンガローに行くと、フライフィッシングの番組なので有名な里見栄正さんがいたから、びっくり。なんでも、番組の収録の為にここを訪れたとの事。我々と入れ替わりで帰る所でありました。 たしかに、番組的に絵にある管理釣り場ではありますね。 全員(私も含めて)、大酒のみなので、鍋よりも準備したお酒があれよあれよと言う間に、空ビンにかわっていくのであった。
![]() 翌日は、朝から堰堤上から釣りをスタート。 かなり減水していますので厳しい状況でしたが、まあ、そこそこの数を釣り上げる事ができたけど、放流されている魚は小さい物ばかりですので、私のようなルアーマンには物足りなさがありますね。 ![]() ![]() 最後は愛犬「コタロウ」を交えて記念撮影。 ![]() |
| ご意見・ご感想・又は三渓会への問い合わせ等がございましたら、ご遠慮なくメールをしてください。 又、このホームページはリンクフリーです。 三渓会事務局 2010。8.4 更新 Since2001.4.05 |