おなたの今日の釣運は?
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渓流文庫
渓流竿をペンに持ちかえて、釣りへの想いを綴ります。

04’渓流情報
2004年は台風の当たり年でしたね。
週末毎の来襲には、まいりました。
そんな合間をぬっての釣査報告です。
HP更新記録
3/9:諸国漫遊天空行脚その弐
3/9:諸国漫遊天空行脚その壱
6/20:月夜の渓の狐狸話26
3/4:山梨県桂川釣査結果
2/1:新年会に寄せて
8/4:千曲川釣行
8/4:大月桂川釣行
6/27:山梨県葛野川釣査結果
6/20:山梨県桂川釣査結果
6/20:神奈川県中津川釣査結果
6/6:月夜の件の狐狸話24
3/11:月夜の渓の狐狸話23
2/28:渓流解禁日情報
2/1:月夜の渓の狐狸話22
1/10:月夜の渓の狐狸話21
11/1:月夜の渓の狐狸話20
10/25:三渓杯奮闘記
9/6:小さな名人とのキャンプ2
8/30:月夜の渓の狐狸話19
8/29:秋田県米代川支流
8/29:秋田県藤琴川
8/29:青森県追良瀬川
8/26:月夜の渓の狐狸話18
7/20:月夜の渓の狐狸話17
6/24:月夜の渓の狐狸話16

12’渓流情報
2012年
今年は異常渇水と高水温で良いとこなし。しばし、お休みして来年に期待。

03’渓流情報
2003年も釣りまくりました。
紹介河川多数掲載。
次の釣行の参考にしてください。

10’
渓流情報
2010年釣行河川情報

02’渓流情報
2002年は大物との出会いも多数。
充実のシーズンです。

08’渓流情報
2008年も釣りまくりました。
今年は初めて四国の釣行報告も
入っています。

01’渓流情報
2001年の気になる河川をチェックしてみてください。

07’渓流情報
2007年の釣行記録です。
北海道・東北など。季節の河川情報
の参考にどうぞ!

会員の広場
全国の三渓会会員の掲示版

05’渓流情報
2005年の釣行記録です。
今年はあまり活動できませんでした。

キャンプ場
渓流釣りにお勧めのキャンプ場です。
今週のお話


「諸国漫遊天空行脚」

脂鰭の弐巻 

2014年1月

鱒淵 流峰

年の初めの1月11日、「三渓会・新年会」が新宿の指定酒肆である隠れ坊」で開催された。

大分以前から三渓会御用達の店なので幹事としては詳細連絡の手間が省ける

年始早々の事でもあり何かと気忙(きぜわ)しいがそれでも駆けつけてくれた仲間は七名会員総数十五名の内、約半数の参加であれば幹事としては上出来である(笑)

しかしここ数年、何名かの会員が釣行会や酒席に顔を見せなくなった。

「参加出来ない事情もある」 と私なりに推察している。仲間が徐々に遠ざかる一抹の淋しさもあるが、()りとて誰彼構わず勧誘し、会員を増やし続ける事を良しとしない三渓会の「不文律」もある。

幸いな事に創部当時の発起人(5名)は(いま)だに健在である。

その中にはバイクや釣り、カヌーやキャンプ、ゴルフと遊びにかけては「人後に落ちない」舛谷翁を始め、釣技研鑽の手練衆や論客も控えている。

それ故に「退会者」が出たとしても三渓会の「根幹」は揺ぎ無い。

さて、さて今年の新年会では「正月の椿事」が起こった。

何と2名の新人が新年会に参加したのである。

最も新しい会員の市橋氏でも10数年前の入会であり、従って今回は10数年ぶりのニューフェイスである (ぴェ〜)

まぁ、2人共以前からの顔見知りで何度も三渓会主催の釣行会へは参加していたので、その延長上からスライドしてきた感もあるが今回は青木氏・大家氏の推薦により晴れて入会となった次第である。

*(巷の噂では、三渓会への入会希望者が意外と多いらしい)

定刻に7名全員が揃ったところで新年の挨拶も程々にして初顔合わせの祝杯である。

新人を交えて久し振りの再会なので互いの近況や昔話、釣行話に花が咲き、酒量のピッチも早くなり、2本の麦焼酎も瞬く間に「空瓶」となった。

酒と肴で適度に腹を満たした頃に、新人二人の挨拶となった。

(一応 新人ではあるが64歳と45歳である)

(新人の大木氏を囲んで)舛谷、田中、貫井

(新人の岩田氏を囲んで)大家、佐久間

話が弾めば酒量も進む、酒量が進めば今年始めの「釣行計画」となる。

しかしながら、3月の人事異動通達で誰がどこへ行くのやら?

それを待ってからの「釣行計画書」でも遅くないだろう。

和気藹々の中で満ち足りた「一刻(いっとき)」を過ごした面々は、満艦飾のネオン煌びやかな新宿の街角から足早に家路に着いた



「諸国漫遊天空行脚」

脂鰭の壱巻  2013年12月

         鱒淵 流峰

毎年、仲秋の名月(今年は9月19日)を迎える頃になると「釣期(ちょうき)休暇(きゅうか)」となる。

さて、さて今年の釣休(ちょうきゅう)は何をして過ごそうか 魚篭を編むとか、タモ網を作るとか目的があれば楽しめるのだが、今年はやる事が無いので時間を持て余し気味である。

釣道具やキャンプ道具は既に準備万端であり、お気に入りの毛鈎は山梨のO氏へお願いすれば事足りる。

自分で巻いた毛鈎であれば創意工夫を施し、愛着も湧くだろう。

しかし、どんなに素敵な毛鈎でも「釣果」は然程変らない。

自分で巻いた毛鈎で釣った時の喜びや満足感は格別であろうが毛鈎で釣果が決まるなら、私もすぐに名人、達人の域になる。

否、釣果は自分の「腕」であり、魔法の毛鈎など有り得ない。

私の釣友は何種類もの毛鈎を頻繁に交換する。

だが、それは本来の「テンカラ釣り」ではない事を本人も十分に自覚しており「俺の釣りはハイブリッドだから」と言っては笑っている。

伝承毛鈎に(こだわ)る人もフライ・F(まが)いの毛鈎でも「毛鈎釣り」が好きならばどんな毛鈎でも拘る事もないのだろう。

さて、最近では自分の経験不足や未熟な腕を棚に上げて、釣れない言い訳を道具の所為(せい)にする大馬鹿者もいるし、薄っぺらな知識と語彙力もない稚拙な文を振り廻す厚顔無恥な無礼者も多く 嘆かわしい限りである。

故、山本素石翁が冥界へ旅立ってから幾星霜、今年3月には堀江師が冥界へと旅立って鬼籍へ入った。以前にTTCでご指導頂き「君は筋が良い」とお褒めの言葉を頂戴し、倉上師の話になると熱い珈琲まで馳走になった。

それからTTCへは何度か訪れ、堀江師のご尊顔を拝しながらご高説を賜った。

少ない思い出ではあるが、とても楽しかった思い出でもある。

(たばこ)()(えん)(くゆ)らすテーブルの向こう側で、堀江師の笑顔に出会える事は叶わぬが堀江師を知る大勢の方々の心の中にいつまでも生き続ける事と思う。

(ご冥福をお祈りいたします)

さて、30有余年の餌釣時代はD社製品一辺倒であったが、釣法変更に伴い渋谷サンスイで新調したG社のテンカラ竿、ネットで見つけたα社の竿も試したが私の左腕にはどうにも「しっくり」馴染まない。

そんなある日の事、朝霞市の馴染みのH釣具屋で偶然見つけたサクラの「松風」を振ってみると7・3調子と桐製グリップの相性も良く竿を振った瞬間に気に入った。

竿が決まれば、次はラインの選定である。

竿とラインの相性もその範疇であり、レベルラインや仙台の馬素糸F式テーパーライン等も試したが、サクラのテーパーラインも試す必要がある。

早速ライン購入の為、八王子の次○丸まで出向いたのは言うまでもない。

道具の類は自分で手に取って扱い易いものが一番良いと思う。

友人や先達のアドバイスは経験に裏打ちされた貴重なご意見でもあるが個人の主観や拘り、偏りや好き嫌い等が入り混ざってしまう事もある。

(ゆえ)に道具類はメーカー名や宣伝広告等に惑わされる事なく自分自身の「感性」でしっかり見極めて欲しいものである。

*(他人には良い道具でも、自分にも良い道具とは限らない)



「月夜の渓の狐狸話26」

平成25年3月2日

                                                           鱒淵 流峰

昨年は山梨や福島へ数回釣行し、それなりに楽しんできたが昨夏には「武蔵野テンカラ会」の重鎮、高野氏から有り難くもお誘いを頂き群馬県は奥利根湖に流入している沢へ2泊3日の予定で源流行へのお供をさせて頂いた。

(同行の皆さんにはご迷惑の連続で申し訳御座いませんでした)


さて、巷ではテーパーラインとレベルラインの両派が存在する。

其々のラインの長短はあろうが、「優劣」がある訳ではない。

何故ならば有名、高名な先生方にも「両派」が存在するからだ。

要は自分が気に入ったラインで如何にテンカラ釣りを楽しむかに尽きるのだ。


還暦も過ぎて反射神経や視力、足腰も弱ってしまったが,0何秒云々や瞬時に合わせるだとか「神業」的な釣技はなくても素人の私が叩く毛鈎にも渓魚達は遊んでくれる。


私の親しい釣友には餌釣り師達やフライマンも数名いるその釣友の中で「和式毛鈎」とか「洋式毛鈎」だとかまるで違う釣法を「毛鈎」で括って語る者がいる。

ならば、うどんは和式麺、スパゲッティを洋式麺と言うのか?

テンカラとフライの「根本的な違い」をもっと理解して欲しいものだ。


又、ブログや書籍等々、釣り関連の情報や記事の文中に出てくる「釣りバリ」を意味している「鉤」の文字であるが正しくは「鈎」と書くのであって「鉤」ではない。

さて、先達にご教示を頂く機会に恵まれ、素直に耳を傾けてご高説を拝聴し、手解きまで頂いて得心した事もあれば、自分の傲慢さを「拘り」などと戯言を放った老人までこの世界は「玉石混淆」であり、礼節など弁えぬ輩もいる。

全国各地に伝わる伝承毛鈎の類は、その型や色は「一種類」の場合が多く、その当時の職漁師達はその「一種類」だけで「釣果」を得ていたと推察する。

私もテンカラを志す者として「一種類」の毛鈎だけである。

それ故にマッチザハッチやカラフル毛鈎の類は一切関係ない。

釣果に「差」が出るのであれば、それは毛鈎の違いではなく「腕」の違いだと心得ている。


伝承毛鈎の中で宮城県の遠刈田毛鈎が特に気に入っていた。

インターネット「ペンションの暮らし・伝統のテンカラ毛ばり」に掲載されていた「遠刈田毛鈎」の写真は諸国数多の伝承毛鈎の中でも特に魅力的な毛鈎であるが現在は入手出来ないそうである。


ここ数年は「C&R」を心掛けている。それ故に23〜24年前に渋谷サンスイで購入した嶋作の「郡上魚篭」は押入で休眠中である。

「渓川さんの竿で釣った岩魚」             「源流の落ち込み




「月夜の渓の狐狸話25(2013年新年会)」

 平成25年1月29日

                                                           鱒淵 流峰

三渓会の「新年会」が今年も開催された。

平成25年1月29日、満艦飾のネオン群が煌びやかな不夜城、新宿で三渓会指定酒肆である「隠れ坊」に集合となった。

会員の総数は14名であるが遠方への転勤や諸般の事情で参加出来ない者も多く、ちょっぴり淋しい6名となったがこれも神の采配なのか、参加メンバーは餌釣り派が3名、毛鈎釣り派(フライ2名、テンカラ1名)も3名となった。

さて、定刻を過ぎてから到着した者が数名いたが、着席する度に歓迎と再会の祝杯が上がり、和やかな雰囲気の中で杯を重ねると少人数の良さなのか、和気藹々の中で家庭の話や釣り談義、今度の人生や今年のG・Wは山形、秋田と津軽半島まで日本海側の河川釣査の計画等々、四方山話に花が咲いた。

今回の参加者6名の内、4名が「還暦」を過ぎた初老の者であるが元気一杯な方々ばかりである。

だいぶ以前の事であるが、毎年2月中旬頃にJR恵比寿駅からほど近い「恵比寿神社」へ皆で出向き、その年の「安全、大漁」祈願を済ませると神社のすぐ近くにある信州郷土料理店「七樹」で「新年会」を開催していた。

その店ではイナゴやザザ虫、地酒類や馬刺やハチの子、ヤマメの燻製等々、信州の美味いものを肴に皆で楽しい

「新年会」であったが残念ながらここ数年滞ってしまっている。

今年は「解禁前」に行って見ようかと思う。

(今回の参加者 6名) 

青木裕之、大家敬一、加藤岳男、山本清文、大木良作、佐久間峰雄、

2012年 「三渓会  9月定例釣行会」

                              平成24年9月27日

                                                           佐久間 峰雄

8月も中旬過ぎの昼下がり、今年も「禁漁」まで残すところ1ヶ月強となってしまい、そろそろ「今年最後の釣行」を計画している釣友もいるのだろうな〜と何気なく吉野氏へ連絡したところ「9月中旬に福島方面へ行きますぜ」との返事があった。

超ラッキーな「渡りに船」の話ではないか

早速「2012三渓会 9月定例釣行会」と銘打って会員各位へ連絡したところすぐに10名もの参加希望があった。
参加メンバーの中にはすでに「計画」をしていた人達もいた事と存じますが私の「勧誘」にお付き合い頂いた事に深く感謝致します。 (御免なさい)

さて、動機は「ちゃっかり便乗」であるが準備は順調である。

当日のコック長は吉野夫妻に御願いし、タープやテーブル等は青木氏に一任し16日のpm4時には南会津郡「うさぎの森オートキャンプ場」に全員集合となった。

毎度、毎度のことではあるが出発当夜は眠れない。

30分の仮眠から立ち上がり、朦朧としながら愛車は午前1時に岩田邸へ到着した。岩田氏の荷物を積み込み一段落すると岩田氏も小学生の遠足前夜のように気分が高揚し眠れなかったそうである。(男は何歳になっても童心に戻れる生き物なのである)

次に貫井氏を拾って3人は東北道の白河インターを目指す事にした。初釣行の河川は情況が判らない。入漁券を購入した店主に川の情報を聞いてみると水量の多い川ならば戸石川が良いとの事なので、三人は早速行ってみる事にした。確かに戸石川は申し分ない「渓相」であり水量も十分にある。ここならば「良型の山女魚」が期待出来そうである。


川原に降りると「ぶっつけのカーブした深み」や「小堰堤等」の好ポイントが連続しているが入渓し易い河川ほど魚影が薄いのは常識である。

私と貫井氏は一心不乱に毛鈎を飛ばすが渓魚は姿を見せてくれない。

炎天下と睡眠不足、運転疲れ等々「疲労困憊」の老体を精神力でカバーするとやがて葦の際からやっと本日一匹目の山女魚さんが顔を見せてくれた。

しかし、山女魚さんをリリースする際にうっかり川の冷水に「金」を浸してしまいすっかり「意気消チン」しながら、やがて納竿となり二人は日差しの強い道路を延々と歩いてやっと車に辿り着いた。岩田氏は川で足を捻ったらしく「大の字」で寝ていたが苦痛の表情で出迎えてくれた。

3人はすぐに着替えを済ませると集合時間が迫っている「うさぎの森オートキャンプ場」を目指して慌しく出発した。

キャンプ場へは約束時間前に到着したがすでに到着していた仲間達と挨拶を済ませるとすぐにテントの設営を開始した。
やがて吉野氏が到着したところで「夢の湯」温泉へ全員で向かった。

我々一行は「浮世の垢」を夢の湯で洗い流すと、すっかり善男善女に早変りしてしまい 夕闇のキャンプ場へ戻ると「渓流酒場 三渓亭」には煌々とランプの灯りが点り、3つのテーブルに11名が着座すると舛谷翁のご発声で「乾杯」となった。(この場に田中忠人氏がいないのは残念である)

すぐさま吉野コック長から各テーブルへ「すき焼」用の肉や野菜等が大量に配られると「鍋奉行」のお出ましとなり楽しくも賑やかな酒宴となった。




満天の星空の下、全員が満腹になった頃に一人、二人とテントへ消えて私も早々と酒宴の席から姿を消した。

翌朝は5時頃から話声が聞こえて 青木、大木両名が他のメンバーよりも一足先に「還暦の旅立ち」の準備をしていた。(ウ〜ム)

しかし吉野コック長が朝食のソーセージと卵を大量に焼き始めた頃には全員が起床しており、結局全員で朝食を済ませると「集合写真」もパッチリ撮影出来た。

各自の都合や予定もあるのでキャンプ場を出てからは自由行動である。

我々は吉野車、青木車、舛谷車、大浦車と共に箒川へ立ち寄って暫し川原で寛ぎながら川風に吹かれてキャンプの余韻を楽しんだ。

帰路の道路状況は判らないが「安全第一」である。大浦車と一緒に東北道に乗って「東京」を目指した。全員が「無事故」に帰宅する事を願うばかりである。やはり「大勢」で集う事の楽しさは「格別」である。

次回は秋に開催される「三渓杯オープン」で再会しましょう。

「参加者」舛谷泰秋、吉野良一、吉野洋子、大浦満男、大木良作、大家敬一、

     加藤岳男、貫井達雄、青木裕之、岩田高典、佐久間峰雄 (敬称略)




2012年 「三渓会 定例釣行会」

                         平成24年4月16日

                                                           佐久間 峰雄

数年振りに「定例釣行会」が開催される運びとなった。

前回の「定例釣行会」は確か2〜3年前に群馬県沼田市の山奥で開催されて、時期は真夏だったか初秋だったか曖昧な記憶が断片的に現れては消える中で2012年「三渓会 定例釣行会」のスタートとなった。

計画当初は10名以上の参加申し込みがあったが3月初旬に発表された「人事異動」の影響や高齢者同居の家庭事情等々で参加予定者が激減した。

う〜む、 このままでは折角の「計画」が頓挫(とんざ)してしまうではないか

急遽、他の会員へ連絡し「5名の有志」から参加する旨の返事を取り付けた。

さて、毎回の事だが「釣り&キャンプそして温泉」が恒例となっているが今回は私が「幹事兼コック長」なので「夜の宴」を重点に計画した。

場所は相模湖畔のキャンプ場に3月20日の午後4時に全員集合とした。

例年 3月下旬ともなれば「春風(しゅんぷう)駘蕩(たいとう)」の長閑(のどか)な日和が続き、一人静かに遥か彼方の丹沢山塊を眺めつつ詩の世界に心を遊ばせるのも良い。

しかしそんな感傷も湖面から吹き上げる寒風に打ち消されてしまい先着していた大木氏と急いで「タープ」の設営に取り掛かった。

四面メッシュタープなので防風用にブルーシートを三面に施し終えて次にテントの設営をしていた処へ吉野夫妻の車が滑り込んできた。

先般、釣行先の河原に捨てられていた「仔犬」2匹と渓流犬のコタロウも只今参上なのである。

挨拶もそこそこに各自がすぐにテント設営をしていると田中忠人氏の登場である。

スーツ姿の田中氏は仕事の都合上、真夜中に帰宅するとの事なので私服に着替えたところで設営を手伝ってもらい暫くすると最後に青木氏もやって来た。

設営が一段落したので全員で町営の「やまなみ温泉」へ出向き露天風呂にて浮世の垢を流せば全員が善男善女に「早変わり」なのである。

やがて温泉の玄関を出る頃にはもうすっかり夕闇が忍び寄っていた。

夜の(とばり)を下ろしたキャンプ場へ到着すると すぐにランプの灯を点して男の料理で「再会の宴」が始まった。

2×6材で作った「渓流酒場 三渓亭」の看板も吊るされた。
会員の中には大食漢や美食家が多く、彼らの舌と胃袋を満足させるにはその時々のコック長の腕の見せ所でもある。

まずはビールで乾杯後、熱々の「おでん鍋」が登場した。大根やジャガイモ、その他のおでん種に和がらしを付けて食せば2つの鍋も「あっ」と言う間に「空っぽ」になってしまった。

ならば、急いで炭を(おこ)しスペアリブと豚肉のミソ漬けを炭火で(あぶ)ると鼻腔(びこう)(くすぐ)る匂いに食欲は増幅されて大木副コック長は炭火の前で大忙しとなった。

吉野夫妻と田中氏は「ノンアルコールビール」なのでその分食べ物に専念してもらい、青木氏はジンライム、大木氏はビール、私は角のハイボールで一段落したところで「にんにくの豆板醤風味の素揚げ」を予定していたがうっかり、きれいに剥いた「にんにく」を自宅に忘れて来た。(し、し、しまった

「夜の(とき)」が静かに流れる相模湖畔キャンプ場は満天の星空の(もと)漆黒の闇が徐々に我々を包むと湖面を渡る寒風が強さを増してきたので本日最後の料理である「豚汁うどん」の準備に取り掛かった

食材の「里芋、焼豆腐、青菜、蒟蒻、白滝、牛蒡のささがき、豚肉」を大鍋で十分に煮込んだら うどんを入れて最後に「赤味噌」を加えて出来上がり。

湯気ガ立ち昇る豚汁うどんに刻みネギ、七味唐辛子、胡麻油を数滴垂らして食せばこれがまた「美味しい」 浮世の憂さも吹き飛んで黙々と食べ続ける六人の笑顔、笑顔、笑顔、、、、、、

全員がすっかり「狸腹」になった頃、田中氏の帰宅時間となったので全員で見送り 「超食べ過ぎた」疲労感を引き()りながらタープへ入ると青木氏がペットボトルにお湯を入れて「即席湯たんぽ」を全員に作ってくれた。

夜も11時を過ぎればキャンプ場も就寝時間である。
ランプや炭の火種を消してから各自がテントへ潜り込んだ。

私は二枚重ねのシュラフと毛布の中に潜ったが寒さと共に悶々(もんもん)としながら悪夢に(うな)されて翌朝を迎えた。

テントから這い出てふらつく足取りでタープ内に入ってみるとそこにはもう全員が座っているではないか。

昨夜あれだけ食べたのだから朝食は1まだ早いだろうと思っていたら早速「朝食」の催促となった。 

吉野氏が少し残っていた豚汁うどんを温めて美味そうに食べてしまうといよいよ朝食の準備開始である。パエリアパンでベーコンを炒めてから14個の卵を入れて蓋をしている間にパーコレーターのお湯が沸いてきた。 

どうやら朝食の用意が整ったらしい。

食卓に供されたのはロールパン、ホットコーヒー、バター、ベーコンエッグ非の打ち所がない高級ホテル並みの「朝食」ではないか。

これにマスクメロンでも付けば「完璧」なのだが完璧にしないところにコック長の「奥ゆかしさ」と「配慮」が(にじ)み出ている。

雑談をしながら朝食を済ませると食器や調理器具等の洗い物に取り掛かった。やがてタープやテントの撤収も完了すると5人と3匹の「記念写真」も終わり 各自が次々とキャンプ場を去って行き、最後に私一人がキャンプ場に残った。

どんな趣味や競技でも「一緒に楽しめる仲間がいる」事は素晴らしい湖面にキラキラと反射する光の波紋に見蕩(みと)れながら、その上を渡ってくる風に上着の襟を立てると一路、亡父が眠る高尾の墓地を目指した。

今回参加した有志の方々 吉野夫妻、田中忠人、大木良介、青木裕之

そして佐久間




三渓会 新年会に寄せて

                           平成241月10日

新年、明けましておめでとう御座います。

本年もどうぞ宜しく御願いいたします。

さて、さて年始のご挨拶も済ませたところで久し振りの「新年会」開催です。

会員諸兄に於いては単独釣行や気心の知れた仲間達と諸国の渓流魚釣査(ちょうさ)に出向き釣報員(ちょうほういん)となって諸国の貴重な「釣報提供」を頂戴しておりますが会員の高齢化並びに転勤や配置転換等、諸般の事情によりここ数年 大人数での「会合」を開催する事もなくなり淋しい想いをされた諸兄も大勢いたことと推察します。

今年はそんな停滞ムードを一掃し新年早々盛大な「新年会」が開催されました。

1月10日、三渓会御用達である新宿「隠れ坊」にて10名ものご参加を頂き次々と「宴の間」に入ってくる顔、顔、顔に歓声が上がると「空白の年数」など吹き飛んでしまい昔の釣行話や釣り談義に花が咲き、徐々に盛り上がってくるとそれに比例し酒量も増えて芋焼酎のボトルを何本オーダーしたかもわからない程に「祝杯」を上げると「やっぱり昔の仲間はいいなぁ」と感じたのは私一人だけではないはずです。


愉しそうな顔、顔、顔


和気藹々

の置けない連中ばかりなので楽しい反面、将来の「三渓会」を担ってくれる「新規会員」の募集も懸念されます。 しかし「ノータリンクラブ」の会則等を聞き及ぶに「三渓会」も現在の会員数15名だけで良いのかも?  

まぁ、入会希望者がいるならば難しい事を言わずに入会させてあげましょう。

さて、今年は「新年会」だけでなく「定例釣行会」の再開や多大な犠牲を出した為に「無期延期」となってしまった伝説の「寒中キャンプ」復活を望む声が多くなった為、今後のスケジュール調整及び派閥間での検討事項とさせて頂き、昨年度の「三渓杯オープン」優勝者である大家敬一氏から「締めの言葉」を頂戴し無事に閉幕となりました。


いつ会っても昔の仲間は温かい


邂逅の面々


次は現地(川)での再会を願って

「追伸」

「絆」とか今年の干支の「龍」に引っ掛けて最後はうまく()(くく)るつもりが次の文字が浮かびません。

元来、頭も顔も悪いのですがここに来て文章も浮かばない。となるといよいよもって怪しくなってきました。

世の中にはとっても怪しい人が沢山いるような気がするのですが、いつの間にやら自分が「怪しい人」になっているとは、、、、、、トホホ

「参加メンバー」(全10名)

青木裕之、大家敬一、大浦満男、田中()、舛谷泰秋、

貫井達雄、吉野良一、守屋健嗣、山本清文、佐久間峰雄



千曲川釣行

                               22年7月   青木



この釣行場所は千曲川本流、臼田橋廻り、名前は忘れたが今年どこかの渓流雑誌に掲載されていた所だ。

久々に三渓会メンバーの貫井君と車中1泊、キャンプ2泊の千曲川、抜井川、男鹿川と釣り三昧の釣行に出かけた。

各地に大雨被害のニュースがテレビに登場し釣行地選択には苦労した。

当初予定していた姫川⇒高原川ルートは漁協確認後断念をせざるを得ない川の状態であった。また次回に延期となった。

千曲川も前日漁協に確認したが明日には増水が落ち着くとの事だったが現地に1;30AMに到着し夜中に川も橋の該当よりみえる川面は荒々しく流れどうも
濁っているように見えたとりあえず夜明けを待つよう社内で仮眠をとったがなかなか眠れなかった。

夜明けで川の状態が見れるようになり水量は多く濁りはまあまあ釣りになるかもと思えた。

7,5m、8,5mの竿では短くこの増水では少々きつかったです。


そんな時に小規模なテトラ帯があり緩流部分がありテトラぎりぎり際を流した時にコツンとあたりがあり、
あわせたところ重い反応比較的ゆっくりと下流の移動しすぐ大きく動き廻るようになった。

天井糸0、6号、水中糸0,4号、針は6,5号と本流用の仕掛けが幸いし一気に下流、対岸と
何度か走られたが上記仕掛けと翡翠本流竿はよく耐えたくれたと感謝、感謝!

最近の大型魚の取り込みは鮎の泳がせ釣法のようにじっくり泳がせ首を振らせないよう
ゆっくり落ち着いての取り込みができるようになった。

渓相は大型がまだまだ潜んでいるポンイトが随所にあるのでまた機会のある時でかけたいと思う。





山梨県大月桂川釣行

                               22年7月   青木

大月⇔上野原間、桂川で新しいポイントを今年探索していて当地区14年間住んでいますが知ってないポイントが多くその中で7月7日(水)に6;00AM〜15;30PMまで釣りをしたポイントを紹介します。

鮎師が後からいっぱい来ましたがその中でヤマメ狙いは青木のみ。なかなかの渓相でした。


ちょうど駐車場が完備されていて河原と高低差がなく
入渓が楽な場所です。黒川虫、ヒラタも容易に採集でき理想的です。



川巾は広くポンイトが多数でルアー向きなところです。
青木は8,5mで初め釣り、その後ゼロ釣法の軟調竿にて挑戦しましたが10〜13cmのチビヤマメのみで良型は釣れませんでした。
途中豪雨に会いびしょびしょ状態での帰還でした

豪雨で増水、濁りにすぐなり安全を考え途中で中止。
 

備考、
鮎解禁後は夜明けから10時AM位か夕まずめがヤマメ釣りタイム。
後は鮎解禁まで。良型〜大型ヤマメがいるそうです。
駐車場で友鮎を売っている漁協組合のおじさんと団欒し聞いた話しです。
そのおじさんは友鮎販売小屋にヤマメ釣りが好きで長竿を2本も置いてあり暇をみて駐車場土留め天端より竿を出していました。


(つき)()(けい)()()(ばなし)  その二十四夜話

                               22年4月

                                               鱒淵 流峰

        先月のある日、山梨県の桂川へ釣友の青木氏と釣行した。
前号で4月中旬頃から釣行する旨を記していたが最近購入した竿の「調子」を確認すべく、(あわただ)しく家を飛び出してしまった為に

竿以外の道具や餌の購入も忘れてしまった。

現地で先に釣りをしていた青木氏と合流し、桂川を釣り下る事にした。
()(しき)る雨の中、川は増水し腰までの深さに立ち込んで無心に竿を振る青木氏を眺めながら私の本能が「危険」の警鐘を鳴らしていた。

ミルクコーヒーのような色をした濁流は轟々とうねり、雨に打たれた体は芯まで冷えてしまいとても「渓魚」が餌に喰いつくような気温と天候ではなかった。

「撤退」の二文字が脳裏を(よぎ)る。それでも「粘る」青木氏を尻目にさっさと退却準備をして歩き出してから暫くして青木氏も追いかけて来た。

今日は釣りにならないな。そんな事を思いながら歩き出したが帰るにはまだ時間が早い。
青木氏と相談の結果、支流の真木川へ
行ってみる事になった。

手頃な入渓地点を見つけると川岸に立ったが如何(いかん)せん減水と気温が低く透明な水では釣りにならない。さっさと竿を納めたが青木氏はここでも

粘る。そして上流の落ち込みで3投目に手頃なサイズのアマゴを掛けた青木氏とはそこで別れて帰宅となったが竿の調子を試す事が出来ずに不満の残る一日であった。

3月23日には富士川へ釣行した。深夜2時に山梨県身延方面へ車を走らせた。青木氏とは塩ノ沢駅で5時に待ち合わせをしている。

快晴ではあるが気温は低い、今回も「試釣り」である。竿のテストは何度でも行うのが主義であり気に入らなければ使わない。

青木氏は富士川の上流へ向かったので塩ノ沢駅から一人だけである富士川支流の「椿川」へ入渓してのんびりと釣り上がった。

小さな淵で手頃なサイズのアマゴを釣り上げて一息ついた。本当はのんびりと渓流釣りに興じているような心境ではない。

人は生きていく上で大小様々なトラブルを経験するが根本的に最後は大人の判断で「仲良くやってもらいたい」と願う。

今は静かにそれを見守るしかない。

次回は4月30日〜5月3日の三泊四日で秋田県釣行を計画している

「一人みちのく釣り行脚(あんぎゃ)」である。ご期待ください。




(つき)()(けい)()()(ばなし)  その二十三夜話

                               平成22年2月 

鱒淵 流峰
徒然(つれづれ)

毎年、毎年「暖冬」が叫ばれ「地球温暖化」が懸念されている昨今、冷水を好む愛しの「渓流魚族」は如何お過ごしなのでしょうか

又、この時期になると書店には渓流釣りに関した本がずらりと並べられ釣具店には今年の「最新モデル」と銘打った各社の新製品が所狭しと多数展示され(いや)が応でも解禁直前の「購入意欲」を(あお)ります。

気の早い諸兄には、もう万全の準備をしている事と推察しますが今暫く「山女魚様」へのお目通りはお待ち下さい。

しかし、山女魚恋しさの「情熱」は(よわい)を重ねてくると身体の変調や家庭環境の変化等で億劫(おっくう)になったりします。

他の事象で忙殺されるならいざ知らず「億劫」即ち「不精」になるのは忍び寄る「心の老い」が原因なのかもしれません。

まぁ、あれこれ考えても「結論」などあろう(はず)がないのですがゲームフィッシングの衰退や高齢化による釣行回数の激減、

他の趣味への移行等、様々な事由で釣り人の数は確実に減少の一途を辿(たど)っています。

私は今年から釣行回数を減らしても「納得の出来る釣り」を心掛ける事にしました。

何故ならば、関東周辺の河川では解禁早々に放流魚は釣り切られその後は喰いの渋い釣りや貧果を繰り返すことになり「得心」のいく釣りは出来そうにもないからです。

今年は遠出(秋田、山形、富山、石川)しようと思っています。
両岸が葦で覆われた平野部の中をゆっくり流れる川も良いし、

鳥の鳴き声と川の音、滝の轟音しか聞こえない深山(しんざん)幽谷(ゆうこく)(たに)颯爽(さっそう)と一人で釣り上がるのもロマンである。

それは遠い昔、微睡(まどろ)みの中で見た憧憬(どうけい)なのか、永年、渓流に通いつめた果ての美学なのか全ては「納得できる渓流釣り」の為に今年から「回数から場所」へと釣行趣旨を変更したのです。

(ゆえ)に私の初釣行は4月中旬〜月末と決めています。

黒ずんで「(さび)」の残った渓魚や「(ひれ)」の取れてしまった放流魚もその頃になれば活発に活動を始めるし、真剣勝負なら「元気な相手」が良いに決まっている。

5月頃になったら長男夫婦、次男夫婦と「神之川渓流釣り場」にて親父(おやじ)の手料理で「渓流昼食会」を計画する予定です。
山女魚の塩焼き、スペアリブ、焼きうどん、釜で炊いたご飯、焼肉とわかめスープ、冷えたビールも勿論持参します。

(ニンニクの豆板醤揚げは最高です)

そして帰路の途中にある町営の「やまなみ温泉」へ立ち寄るのも忘れてはいけません。

さて、さて、楽しそうな事ばかりを書いておりますが実は最近になって右足の(かかと)を痛めてしまいました。
歩行に支障はないのですが軟骨が出っ張っているらしく時々激痛が走ります

身体のどこかに「支障」が出てもおかしくない年齢ですが元気な内に渓流釣りやキャンプを含めたアウトドアーの楽しさを息子達へも「伝授」出来ればと思っています。



(つき)()(けい)()()(ばなし)  その二十二夜話

                           平成22年1月 

鱒淵 流峰

冬場の休日は時間を持て余す事が多くて困る。
猫と一緒にゴロゴロしているか、朝霞の廣田釣具店へ出向いて
妙齢の女性店主と他愛も無い雑談や浮世話で談笑している事が多くなった。
先日、庭木のチャボヒバやヤマモモの枝を切って手入れをした。

切り落とした枝葉を掻き集めているとアメリカハナミズキの枯葉がヒラヒラと際限なく舞い降りてくる。

昔は枯葉を沢山集めて風流に「焼き芋」も出来たが今や「CO2」とやらで、うっかり「焚火」も出来なくなった。

千両や万両、南天や隠れ蓑、ブルーベリーも剪定(せんてい)した処で次男のお嫁さんとコーヒータイムになった。
次男のお嫁さんはキャンプが好きらしく、私が(こだわ)って集めたキャンプ道具の品々は全て次男夫婦へ譲渡する約束になっている。

年齢的にはそろそろ「石神井のご隠居」と言う事になるのだが山奥での「隠遁(いんとん)生活」や「好々(こうこう)()」になるのはまだ早すぎるようだ。

憧れである自給自足の生活、「晴耕(せいこう)()(どく)そして時々釣り」の日々は(しば)し留め置いて今は駄文の執筆に(いそ)しむ事にしている。

(えい)(じょう)()(たん)」や「月夜の渓の狐狸話」はライフワークの一部であるし、若い頃には見向きもしなかった「庭仕事」も自然とやる年齢になってきた。

考えてみれば私にはやりたい事がまだ沢山残っているようだ。
実は「これからやりたい事帳」なるものがある。
急に(ひらめ)いた事や思いついた事を書き溜めてありその「事柄」が無作為に沢山書き込まれているのである。

来年の「釣行河川予定表」の作成もその内の1つであるし年末の年賀状は表裏共に「手書き」で作成する事。とも書いてある

勿論、釣りに関する事柄やキャンプ道具や屋外料理等々の書き込みが圧倒的に多く、定年後の身の振り方まで書き込まれている。

しかし「実行」された事よりも思いつく事が多い為か、書き(しる)した事が一向に減らないのは困ったものである。

まぁ、(ほう)けて時間を無駄にするよりは「まし」なのかも、、、と言う事で今日は「仕掛け」の作成をするつもりだったが又しても猫が微妙に揺れる竿先にじゃれついて仕事が(はかど)らない。

来週末はゆっくりと一人でドライブがてら長閑(のどか)な山里と清流の流れでも見に行きたいと考えている。
そんな時にはきっと良い(ひらめ)きがあるかもしれない。

自分と向き合い、自分と言う人間を理解する。
育った時代や家庭環境等で、その人格(性格)の大半は幼年期に形成されると思われるが、それだけが全てではない。

何歳になっても真直ぐに見る目と折れない心を持ち続けたいものである。

昨年から釣行時の衣装を「甚平と菅笠、地下足袋」に変更したのだが(いま)だに釣友から「賛辞の言葉」を頂戴している。
通常のウェーダーとベストの「釣りスタイル」よりも昔の「釣り師」を彷彿(ほうふつ)させるからだろう。

当分の間は、この昔風の釣り姿で諸国の渓流を訪ねる事にしている。
但し、4月下旬〜8月までの「期間限定」である。

解禁当初の放流物やサビて()せこけた山女魚は(ちょう)(しゅ)に欠けるので出来れば4月中旬から出掛けたい。と考えている

釣りの帰路に地元の温泉へ立ち寄り、首まで湯に()かって新緑の芽吹く山々を眺むれば浮世の喧騒(けんそう)も家庭や仕事の悩みも

些細(ささい)な事」に思えてくる。

大自然の中で遊ばせてもらう事に感謝し、諸国漫遊の旅は続く。



(つき)()(けい)()()(ばなし)  その二十一夜話

                           平成21年11月 

鱒淵 流峰
()(まぐ)れな独り言」

今年も伝統ある「三渓杯オープン」が無事に終了した。
さて、来年の2月までは何をして過ごそうか?

初秋から冬の間はこんな風にぼんやりしている時間が好きである*仕事中もぼんやりしている事は多々あるが、、、、

積年の夢である「諸国漫遊渓流釣り行脚」の支度でもそろそろ始めるか
十年位前まで三渓会には真冬恒例「寒中キャンプ」なる行事があった。

ある年の冬、日本酒の熱燗(あつかん)があっと言う間に「冷酒」になり今、食べたものすら忘れてしまう程の極寒の中で、身震いしながらテントへ入ったが足の方から深々と寒さが忍び寄り両足の感覚が完全に麻痺して徐々に意識が薄れていく寸前で夜明けを迎えた事がある。

「九死に一生」とはまさにこの事でありそれ以来、参加した9名の誰からも「寒中キャンプ」の事を言い出す者はいなくなってしまった。

其々(それぞれ)生きていれば色々な「出来事や出会い」がある。そして僅かな「タイミング」でその後の「人生」が大きく変わってしまう事もある。
夢と(うつつ)(はざま)で「生きてきた全ての時間」を静かに振り返り嬉しかった事、楽しかった事だけを集めて心を遊ばせるのも良い。

そして全てを忘れて没頭出来る「趣味」が人生には不可欠である
テニスやゴルフ、各地の温泉や地酒、旅行、料理と「多趣味」の先輩もいるが夫々(それぞれ)の趣味を通して老若男女が集い「仲間の輪」が広がれば人間としての成長にも繋がるし出会いの場にもなる。

「渓流釣り」は大自然の中で遊ばせてもらう崇高(すうこう)な趣味である。
諸国の地図を広げ目的河川を決めてのんびりと車を走らせながら純朴な土地の人々との雑談を楽しみ名物を食べて温泉で浮世の(あか)を洗い流せばもう極楽の境地である。

更にその土地の特産物や野菜等を買って渓魚も土産にすれば家族円満間違いなし。の時もあったような気がする。

見晴らしの良い岩場で弁当を広げてゆっくりと昼飯をするとか、美しい風景や珍しい鳥や野草花をカメラで撮るとか大自然を満喫出来ればその日一日は「大収穫」なのである。
「渓流」に魅入られてしまった若い時には「釣果追求」「結果主義」であったが還暦も近くなると「釣果」よりも渓で遊べる事が嬉しいのである。

16〜17年前から懇意にしている朝霞市の廣田釣具店は鱒淵流峰御用達の老舗である。
その店の二代目主人は妙齢のご婦人であるが
「最近は釣り人口が減少の一途であり商売も難しくなった」と嘆く。
2人の息子さんは今のところこの店を継ぐ意志は無いらしいので私がちゃっかり「雇われ店主」に納まってしまうのも良いかも。

来年は東京都の「鳥獣保護員」に応募するつもりである。
都内の公園や沼池等で植物や魚、鳥や小動物の保護等を行う仕事である。不定期の出勤であるが給料や交通費も支給される。
毎年11月頃に試験と面接があるとの事。

以前から「ボランティア」でもやりたかった事なのである。
さらに自分用の「草鞋(わらじ)」も編むつもりである。
10月に品川区の(株)山十へ訪問し時田社長に地下足袋用の「特注草鞋」を御願いしてきた。

その際に社長から「自分で編んでみたら、簡単だよ」と言われ以前に頂戴した草鞋を(ほど)けば編み方が理解出来る旨の説明を受けた。
(しか)らば「手造り」に(こだわ)る私としては「やるっきゃない」

人生でも、仕事でも、遊びでも自分なりの「美学」を持っている人は魅力的である
多くの仲間や読者と共にこれからの人生を楽しみ「美学」を追求したい。



(つき)()(けい)()()(ばなし)  その二十夜話

                           平成21年10月 

鱒淵 流峰

悲喜(ひき)交々(こもごも)

前号で「石神井宣言」の御布令(おふれ)を出したものの釈然としない日々、悶々としながら過ごす日常こんな気持ちで良い仕事など出来るわけがない。(どうしたんだ 営業マン)若い男女の「(こい)(わずら)い」ならいざ知らず「渓魚不釣」の悩みに(うな)されている主人に猫のミータンも(あき)れ顔でパタリと寝転がってしまった。
(ウ〜ム、飼い猫にも見放されてしまったのか)

しかしこのままでは解決の糸口すら見出せない。
恥を忍んでテンカラ釣りの先人に相談したところ明快かつ的確なアドバイスを頂戴した。
アドバイスの詳細は省くが毛鈎釣りとは「だましの釣法」である事が全てである。

この言葉の中には多くの「ヒント」が含まれており漆黒の暗闇で一条の光明が射し込んだ思いであった。

持論であるが人には夫々(それぞれ)持って生まれた「(てん)()の才」があり才に恵まれない者がその道で大成するに血反吐(ちへど)を吐くような修練を日々積むしかない
「天才肌の背番号3」と「努力の背番号1」がその良い例であろう。

どうやら私には「テンカラ釣り」の才はないらしい。
ならば倉上道場で
血反吐(ちへど)の「3000本素振り」をするしかない。

さて、9月21日(祝日)の午前5時に青木氏と待ち合わせをして奥多摩川上流の丹波川へ釣行に出掛けた。

当日は快晴で絶好の釣り日和である。早速支度を整えると最初は「餌釣り」で探ってみた。
丹波川は入渓ポイントが極端に少なくしかも一度入渓すると両岸が切立った崖になっている為、道路へは出られない。
我々は「基本」に反して下流へ釣り下ってみたが擦れた小山女魚の当たりはあっても一向に掛かる気配はない。

やがて昼食を終えると今度は上流へ向かう事にした。
しかし小山女魚は掛かるものの親魚は不在らしく一気に引き込むような強い当たりは一度もない。
しかも途中で竿が固着してしまい「穂持ち」を強く押し込んだらポキリと折ってしまった為、餌釣りを止めて遂に「テンカラ竿」の登場となった。

それに今日は途中で大小の「蛇」に出くわしたので「必ず釣れる」はずである。

二人は勇んで上流へと歩を進めるが餌釣りの青木氏にも私の毛鈎にも何の反応も見られない。

青木氏はウェーダーなので「バシャバシャ」と深い所も進んで行くが私はニッカズボンなので股間部を冷水に浸してしまい「縮んだ一物」は何とも妙な気分である。

結局、お互いに一匹ずつをキープし16時に納竿とした。
それからゆっくりと後片付けをしてからコーヒータイムとなり暮れなずむ西の空を見ながら楽しい一日の幕は閉じた。



第十三回 「三渓杯オープン」奮戦記

                                     平成21年10月11日
                                          佐久間
 峰雄

三渓会では毎年10月〜12月にその年1年間の釣技の上達と研鑽を競う「三渓杯オープン」が年間行事の一環として行われている。

「オープン」としているのは会員以外の釣り人でも自由に参加出来るし釣法も問わないからである。その「三渓杯オープン」が今年は10月11日に開催された。

場所は例年通り神奈川県裏丹沢の神之川渓流釣り場である。
渓流釣りをこよなく愛する名人、達人達が大勢集い

例年以上の参加人数だった為、混戦、激戦が予想される。

参加者の顔ぶれは(敬称略)
青木裕之、大家敬一、市橋保、広瀬憲治、吉田幸雄三宮弘治、須崎孝、吉野良一、吉野洋子、佐久間峰雄。
それに大会審判委員長の舛谷泰秋翁である。


慌しく再会の挨拶を済ませると午前6時には舛谷委員長より注意事項の説明があり又、今回から「大物賞」のトロフィーも新設されたので(いな)(おう)でも参加者はヒートアップするばかり。

そして6時30分、今年一年間修行してきたその釣技と知恵の勝負が始まった。

優勝の常連、青木氏や吉野氏も最近は優勝から遠ざかっており胸に期するものがあるらしい

私も過去に一回しか優勝経験がなく「今年こそは」と勝負に臨んだ。明け方は気温が低い、しかし数日前の台風の影響もなく各自がそれぞれ好みの場所へ入り「熱い戦い」が開始された。

私は数匹を釣り上げて何気なく顔を上げると私より2つ、3つ下流の場所で釣っていた青木氏が連発して釣り上げているではないか。
唖然、呆然として見蕩(みと)れていたが「ム、ム、ム、これはやばい」

まだ渓魚放流前なのにもう10匹以上は釣り上げているらしい。

しかし上流の堰堤近くで釣っていた須崎氏も負けてはいなかった。虹鱒を爆釣し「大物」も釣り上げていたらしい。

やがて正午のタイムアップとなり「検量」となった。舛谷委員長の厳正なる審査があり青木氏と須崎氏の「釣果」が群を抜いて際立った (三渓会H.P速報版参照)

魚が溜まっている場所で青木、須崎両氏の腕前が遺憾なく発揮され魚数と腕前の相乗効果が「大漁」に繋がったのであろうか。
他の釣り人は10匹台が大多数なのに対して両氏は40匹近くの釣果である。

優勝は青木氏と須崎氏の一騎打ちとなり釣り上げた匹数は38匹の同数であったが岩魚、山女魚の数が多かった青木氏が優勝となり大物賞は須崎氏の虹鱒41cmと決まった。

表彰と優勝カップ授与式があり和気藹々の中で昼食となった喜ぶ青木氏、須崎氏を尻目に「来年こそは」と静かな闘志を燃やしたのはきっと私一人だけではないはずである。

帰路が同じ方向の7人は温泉に立ち寄り浮世の垢を洗い流せば善男善女になって次回の再会を約したのだった。

渓流犬のコタロウも参加したが「出番」が少なかったのが残念である。
尚、ご尽力頂いた吉野夫妻、舛谷氏にはこの紙面を借りて御礼申し上げます。




小さな名人とのキャンプ パート2

                                   レポーター:渡辺 裕之

もう、2年前にもなりました。小さな名人とのキャンプ&フィッシング。
去年もキャンプの日程まで決めていたのだが、台風の大雨により中止となりました。2年ぶりの名人!見せて頂こう!   

8月16日〜17日に掛け、神之川キャンプ場へ!4日前くらいまでの大雨も収まり、水の量・透明度もバッチリで雰囲気上場!釣りまっせ!  
しかし・・・・・三井ホームで家を新築した私は、趣味の部屋にロッドホルダ−を作成したものの、そこには、何かがあるらしく、それまで1ヶ月に1回程度に渓流やポンド式の管理釣り場に足を運んでいたのだが、そのロッドホルダ−に竿を掛けてから釣りとの縁が無くなっていったのです。
キャンプに行こうと・・・大雨。三渓会に誘われても・・・仕事。トホホ!
        

ロッドホルダ−には”釣りに行かせない神”が、隠れているのか、埃だけが積もるのである。という、言い訳もそこまでにしキャンプスタ−ト!    今回は、渓魚との出会いは次の日であって、まずはキャンプが趣旨。
2年間の間に、釣りに行きたい・キャンプをしたいとの思いから、キャンプ場には行けないが 少しの時間で、ショップには足を運び、なんとタ−プを購入!まあ、買ってから1年半ほど経過しているのですが・・・ 

恥ずかしいですが、初めて空けた為、真新しいビニ-ルの中に包まれているタ−プは 自ずと素人振りを発揮したのであった。多分、2名いれば確実に設置できるのに、一緒に来たN家族に手伝ってもらい何とか設置完了!。タ−プと一緒に購入した電池式のランプは 昼間なので全く必要も無いのに設置!まだ、食事まで時間はあるのに、ガス式の小さなコンロ設置!

いや〜参ったね!シ・ロ・ウ・ト!
何とか、キャンプの設置は完了し、少し休憩でも・・・と思ったら、何か後ろの方から視線を感じる・・・・・。
”釣りに行かせない神か?””なぜかルア−が増えていることも知った妻か?”恐る恐る振り返るとそこには・・・・・!

小さな名人のI君でした。その瞳から”即!釣りに釣れてけ!”と読み取れる。本当は、キャンプ場に到着→釣り開始のはずが、私がタ−プやらキャンプ道具を購入した為に、キャンプ場に到着→タ−プ等設置待ち→釣り開始になってしまっていた。

そういえば、さっきから”釣りまだぁ〜””待ちなさい”釣りまだぁ〜””いい加減にしなさい”とか聞こえてた気がする・・・・。
ウッヒョォ〜急がなきゃ!名人に嫌われる・・・・!

急いで、ロッド・リ−ルとセットし釣り場へ。そこで忘れてはいけないのがルア−ワレット。
ワレットはルア-の予備を収納しておく入れ物だがそれを首から提げないとダメらしい。

(本当は妻の物だけど・・・)そのワレットを空けては、”どれが釣れるの?””この色かなあ?”と話してる。やはり、こいつなかなかやるのぉ〜名人とはそうゆう所からなのかも。関心である。

神之川は、手前側がニジマス。上流がヤマメ・イワナと分かれている。小さな名人は、ニジマス釣り場へ。一人前に釣れる様になったらヤマメ場へと約束してある。

夏休みもありかなりの釣り客。何とか場所を確保し、釣り開始!I君は2年ぶりのルア−キャスト!と思ったが当たり前です。

投げ方・使い方忘れてます。再度、ベ−ルを返して指で挟んでヒョィと教えると、3投目には”自分でやる!”と本能が出てきてらしくバッチリキャスト。

しかし、釣り客が皆、餌釣り。それも相当込んでいる!流れに乗せながらバイトを誘発するルア−と餌釣りにはやはり間隔が必要で、30分やってストップフィッシング!少し空くのを待つ名人であった。

時間が4時を過ぎると各地でのBBQがスタ−トをしてきた。そうなると釣り客が激減!コレを見た名人と川へ降りる!今だ!釣れ〜!さすが釣った!よし3匹!・・・・ストップ!
あれっ!もう見切られている!追わない・食わない!。今日の人数は大人4名、子供2名の計6名。

魚は3匹・・・・。まずい足らない。そこで名人の竿を横取りし、キャスト!おっ!1匹ゲット!もう1匹ゲット・・・・・・。ストップ!2匹追加したが1匹足りない。名人に竿を戻しお願いするのだが・・・・。

辺りは、夕暮れモ−ド。各テントからは夕飯の良い臭いが・・・。あと1匹!・・・・・・・・。
しかし、頑張ったのですが残念1匹足らず終了。まだ、続けるという名人を説得し、釣り終了!

テントまでは30mほど。川沿いを名人の竿を持って歩いていると、子供には終わりって言っといて歩きながらキャスト!・・・・。釣れちゃいました!よ-し!人数分揃った〜!食うぞ−!

そうしてBBQのスタ−トへ。

シロウトの私は、BBQの道具は全てお借りし、N家族のご主人様に必死にお酒を注ぐのであった!
飲め〜食え〜飲め〜飲め〜おやすみなさいzzzzz

翌朝・・・・さあて、2年ぶりの渓魚に会いに行きますか!
気合を入れて4時に目覚まし掛けたのですが、辺りは真っ暗。30分寝るも薄暗い。

でも我慢できずに4時45分にヤマメ・イワナ釣り場へGo!天気もよく朝の清清しい風に早歩きで釣り場へ到着!川をのぞくと先行者3名。でも、餌釣り客。

一番手前の場所から上っていこう。まずは、スピナ−だ!ファ−ストキャスト!リトリ−ブ!
ゴン!フィッシュON!!バッチリ1投目から釣れちゃいました!っていうか、ルア−の場合は1投目が重要なんです。川の流れを見極めここぞというポイントに投げ込む。それが当たるか外れか?

その駆け引きも面白いのです。釣れたのは23cmの美しいヤマメ。渓魚様!逢いたかったよ。本当にヤマメは美しい!漢字で山女魚と書くだけはある。しばし、見つめてしまいました。

今回の神之川は、水量も多いのですが透明度がかなり高く。1匹目ヒットはルア−へのチェイスがバッチリ見えたのでした。よし次だ!3投目フィッシュON!7投目フィッシュON!と炸裂してる!

あれよあれよと遡り、ヤマメ釣り場のカ−ブまで来るとすでに10匹!まあ、腕よりも前日の残りがたくさんいただけと思われるが爆釣炸裂です。サイズは最大で26.5cmでした。

少し天狗になりながら、キャンプ場に戻り妻に報告!あれっもう帰ってきたの?えへん!釣りすぎた!ビクの魚を見せ気分上場!時計を見るとまだ6時。たった1時間の爆釣でした。

いや〜最高の釣りを堪能し、朝食をとってから再度トライ!のはずが・・・・・・
名人に捕まり、下流部(ニジマス)へ・・・・・・はいはい付き合いますってば・・・トホホ・・・

お土産用に2匹をゲットし、N家族は4名なので2匹のヤマメをプレゼントし終了!
名人はというと、既に来年を考えているらしく”おこずかいでルア−買う!”と言ってます。

来年の約束をしN家族と別れましたが・・・・・・・。
私達夫婦はというと、シロウトキャンプが病みつきに!来年まで待てない!釣りしたい!キャンプしたい!

今年中にもう1回、2回・・・・・・行きますか!妻と約束したのでありました。
2年ぶりの神之川最高でした。




(つき)()(けい)()()(ばなし)  その十九夜話


                               鱒淵 流峰

6月末の福島県定例会から約1ヶ月が過ぎた7月26日(日曜日)の事である。

草木も眠る(うし)()(どき)(午前2時)自宅を静かにスタートした愛車は関越道練馬インターから鶴ヶ島JCTで圏央道へ入り八王子で中央道へ合流して相模湖インターで下りた。

今日の目的は神奈川県裏丹沢にある神之川渓流釣り場での「テンカラ修行」である約一年間、幾度となく修行を重ねてきたつもりであったが一向に渓魚が釣れる気配がない私のテンカラを基本からもう一度見直すべく修行に来たのである。

現地へ到着したのは午前4時、大勢のキャンパーが寝静まっている脇の道を静かにすり抜けて奥まで行くと漆黒(しっこく)の闇夜と静寂(せいじゃく)の中でヘッドライトに映し出された水面(みなも)にはうっすらと霧が立ち込め川の流れだけしか聞こえない。

所定の位置に停車するとエンジンを切って仮眠をする事にした。


やがて(まど)()みの中で1時間もするとどうやら青木氏も到着したようである。

山の稜線が朝陽を浴びてすっかり明るくなった頃、二人は釣り支度を整えると川岸に立った。

青木氏は「キジ」と「ぶどう虫」を用意してきたらしい。

私は水中でも見やすい白系の毛鈎をラインに結んだ。

すると青木氏に早速「当たり」があり大きな「虹鱒」が水面を割って出た。

脇目で見ながら無心にテンカラ竿を振る私には一向にその「気配」すら感じない。

渓魚が定位していると思われるポイントへ何度か毛鈎を打ち込んでも毛鈎は(むな)しく(ただよ)いながら水没を繰り返すばかり。

もう青木氏は3〜4匹は釣り上げたようだ。気持ちを切り替え、場所を移動して振り込むが結果は同じ事の繰り返しで一気に疲労感が襲う。

私なりに修行したつもりであったが雑駁(ざっぱく)な知識とぎこちなさが残る打ち込みではまだまだ修行が足りないのか、()しくは私には不向きな釣法だったのか。と

「釣れない事」に対する言い訳じみた言葉が脳裏を(かす)めた。

そんな諦めの気持ちではダメだ。最初から上手な人はいないんだ。(くじ)けるな営業マン。

仕事上でも苦しい時、辛い時ほど胸を張り背筋を伸ばして頑張ってきたではないか。

いざとなったらあの手、この手、奥の手、孫の手まで出すのが営業マンではないのか。

すると青木氏から「管理釣り場の渓魚は浮遊する昆虫を食していないので毛鈎で釣るのは一般河川よりももっと難しいですよ」と(なぐさ)めのような一言があり張り詰めていた「心」が一気に(しぼ)んだ。 

更には天野勝利氏のように餌釣りとテンカラの両方をやれば良いのに。と言われて青木氏の魚篭を見ると複雑な心境になってしまった。

その後も青木氏は順調に山女魚や岩魚を掛けては「引き」を楽しんでいるのに直射日光を浴びながら竿を振る私には虚しさと挫折感が倍増されるばかりだった。 

二足の草鞋(わらじ)を嫌いテンカラ一筋を志していたが青木氏の大漁を見せられた上に一向に釣れる気配のない私のテンカラに信念を曲げても「二足の草鞋」を受け入れ「石神井宣言」の御布令(おふれ)を出す決意が固まった。

「新宿宣言」を短期間で覆すカッコ悪さもあるがこれからは「二刀流」だ。
ストイックなまでに「一刀流」に(こだわ)ってきたが物事は全て柔軟に考えた方が良い結果(釣果)が出る事もある。

しかし釣れればなんでも良いでは釣師としての「美学」に乏しく1つの釣法を追及する「信念」や「探究心」は大切である。

これからは「二刀流」として渓流釣道を極めるべく精進致す所存です。

                               鱒淵 流峰



(つき)()(けい)()()(ばなし)  その十八夜話

                                 平成21年8月 鱒淵 流峰

タヌキは昔からどことなくユーモラスで「カチカチ山」や「ブンブク茶釜」にも登場し(だま)したつもりでも最後にシッポを掴まれて人間様に叱られてしまう愛すべき動物である。

頭の上に葉っぱを乗せてドロ〜ンと化けたつもりでも後ろのシッポが丸見えだったり女性に化けたつもりでも妙に毛深い手を出したりと我々の仕事上でも「つい、うっかり」があるように狸の「うっかりポカ」が可愛いのだが背中に大ヤケドをさせられたり、

泥舟に乗せられて沈められたり、そして最後は「タヌキ汁」になって人間様の胃袋に納まってしまう可愛そうで憎めない存在なのである。

ウサギやサルを押し退けてこれ程までに人間界に溶け込んでいる「野生動物」も珍しく「タヌキ親父」と呼ばれている人はきっと性格的に憎めない人であったり又、タヌキ寝入りとか、獲らぬタヌキの皮算用とか、日常会話の中にもすっかり溶け込み大昔のセレブ嬢達は冬になると誰もがタヌキの襟巻きをしておりました。(関係ないか)

さて、さて、そんな訳で今回はとても珍しいお狸様が鎮座している神社をご紹介します。

場所は秋葉原駅東口を出て昭和通りを右に銀座方面へ歩いて神田川を渡るとすぐ右手から柳原通りが出てくる。その柳原通りへ入って100m位進むと今回の目的地である「柳森神社」が右側に見えてきます。

神社と言えば「お狐様」と相場は決まっているのですがこの神社には昔から何匹もの「お狸様」がちゃっかり住み着いていたのです。

「ショ、ショ、証城寺、証城寺の庭はツン、ツン月夜だ みんな出て来い来い来い」

子狸(写真)                大狸(写真)

営業の世界でも色々な種類の「狸」が全国津々浦々まで生息しており「大きな狸腹」を抱えながら月末になると一喜一憂しているらしいと聞き及んでおります。(私にはよくわからない世界ですが、、、)

さて、話は変わりますが最近の渓流スタイルとなった「地下足袋」ですが水の中では予想外に滑って危険である為草鞋(わらじ)を装着する事で滑りを防止すべくネットで検索したところ品川区荏原の(株)(やま)(じゅう)で草鞋の製造販売をしており早速7月初旬に尋ねてみた。

人の良さそうな時田社長自身が編み上げたナイロン製の草鞋は軽量かつ堅牢であり私が訪問趣旨を告げると早速パソコンでで「三渓会HP」を開き私の「渓流決め姿」を見つけるやすっかり気に入ってくれたらしく更に1足だけ「麻」で編み上げた特別の

草鞋を社長のご好意により無料で頂戴する事となった。
草鞋をご検討されている方は是非(株)(やま)(じゅう)へご連絡し相談したら良いと存じます。

但し、この麻製草鞋は「渓流実践テスト用」の為、今後の無料提供は御座いません。

丈夫な草鞋が手に入れば残りは「腰皮(こしかわ)」である。腰皮とは狩猟集団である「マタギ」や山仕事に従事する人々がお尻から下げている獣皮の事であり地べたや岩、倒木等に直接腰掛ける時、体を冷やさない為に犬かカモシカの皮を適度の大きさに裁断したものを尻からぶら下げるのである。アウトドアー時にどこでも座れる「皮の敷物」と考えてもらえれば良い。

この「腰皮」については青森県中津軽郡西目屋村にある砂川学習館の佐藤氏から色々とご教示頂き同じ青森県の毛皮業者である丸一河村の河村社長へ連絡し犬の腰皮を現在検討中である。(残念ながら狸の皮は腰皮には不向きらしい)

   「三渓会(ゆかり)の恵比寿神社」

そんな訳で「渓流スタイル」は益々充実してきたのだが肝心の腕前は遅々として上達せず5月の信州、6月の福島も散々な結果に終わってしまい渓流釣り師としては屈辱、恥辱の限りである。  

しかし「ニッカ+地下足袋」姿は釣り以外の友人、知人の間でもすっかり評判となり是非「あの姿で来て」との冗談ともつかぬ依頼が舞い込み苦笑するばかりである。

きっと私のスーツ姿を見慣れた人達にはその「落差」が面白かったのだろう。
「釣り衣装」だけが一人歩きのような状況だが2ヶ月連続の「坊主」では営業マン(釣り師)として話にならないし心中穏やかではないのだ。

いくら「釣法」を変更したにせよ3ヶ月目からは厳しい「ノルマ」があるのはどこの世界でも一緒である。

ここはもう「神頼み」しか残っていないのか?
仕事上の「神頼み」ならば埼玉の見沼(みぬま)(にょ)(たい)神社と決めていたが渓流釣りに関しては渋谷区恵比寿にある三渓会(ゆかり)の恵比寿神社にて「(ひつ)(ちょう)祈願(きがん)」を思い立った。

7月末の「大漁吉日」 小雨模様の中で晴れぬ気持ちを引き摺りながら恵比寿神社の鳥居を(くぐ)った。浄財の500円を賽銭箱へ投入し「(ひつ)(ちょう)」を祈願したが果たして恵比寿様は私の願いを聞き届けてくれるのでしょうか。

信じる者は本当に救われるのでしょうか?
()しくは神に見放された者は運を手で掴む事が出来るのでしょうか?
この続きは神奈川県裏丹沢へ舞台を移し次号「神乃川渓流釣り場にて、 青春の修行編を待て。




(つき)()(けい)()()(ばなし)  その十七夜話

                                 平成21年7月 鱒淵 流峰

「プロローグ」(1)

六月は梅雨(つゆ)時雨(しぐれ)である。外勤の営業マンは雨が降る度にズボンの裾がズブ濡れとなり気分が滅入ってしまう時期でもあるが渓流釣りには一年で一番よい季節となった。

ある週末の金曜日、夜半から降り出した雨でごった返す新宿西口の雑踏に呑まれてその一角にどっしりと陣取る思い出横丁(通称,しょんべん横丁)へ(まぎ)れ込んだ。

東京西支店の青木氏と信州飯田の「反省会」を兼ねて一杯やる事になったのだ。

横丁へ一歩踏み込むと間口が半間強程の飲み屋が次から次と(ひし)めいて女将(おかみ)大将(たいしょう)威勢のいい声やサラリーマン達の喜怒哀楽や笑声, 肩を寄せ合う怪しげなカップルとか「人生の縮図」が渦巻いているようで温厚気弱な老営業マンが入り込むには少々勇気のいる「異世界」の雰囲気が漂っていた。

少し空席のある店へ入った二人は焼酎の水割りと瓶ビールを頼むと焼き鳥も注文した。
焼酎の水割りを(えん)()すると五臓六腑に染み渡り一息ついたところで焼き鳥の串を掴んだ。

五月の信州では意に反して散々な結果となってしまい「太って帰って来た」だけ。
こんな事では免許皆伝どころか倉上(くらがみ)天空(てんから)道場から「破門」されてしまうかも?

枝豆やら厚揚げ豆腐やらを注文しほろ酔い気分となったところで「お開き」となったが信州での屈辱は福島県五百(ごひゃく)(がわ)で開催される「三渓会・定例釣行会」で挽回するしかない。

そして夜の宴はキャンプ場に忽然と現れる「渓流酒場 三渓亭」の美酒に酔うしかない。
小雨が()(しき)る新宿の夜空に「起死回生の立直(りーち)一発ツモ・親の倍満」を固く心に誓った。

「本編」 

そしていよいよ出発前夜となった。「三渓会・定例釣行会」が開催されるのは久しぶりである。日頃から超多忙な会員が多い為、全員が揃う事など無理であるが10名の会員や釣友、会友が参加する事になった。(近年では稀に見る大人数である)

今回の日程は6月27日〜28日の一泊二日で福島県の磐梯熱海温泉内を流れる五百川及びその周辺河川を「(ちょう)()」する事が目的である。

私は前日の26日も振替休日としたので余裕を持って道具の積み込みが完了し夕食後も何かと忙しく睡眠時間などない中で27日の午前12時頃に自宅を静かにスタートした。同行者である板橋区の大浦宅へ向かい彼の荷物を積み込むと一路、車は東京外環の戸田東ICを目指した。

(2)

「定例釣行会」と言っても全てが自由で約束事はキャンプ場への「集合時間厳守」のみであり私と大浦氏は阿武隈川支流の真名子川へ入渓する事にした。

「釣り場案内」の本を何冊も読んで真名子川に決めたのだが始めて釣行する川は過去の実績がないので期待半分、空振り半分で何とも「ビミョウ」な心境である。

途中何度かSAPAへ立ち寄り午前5時前に迷いながらも真名子川へ無事到着した。
しかし、川の状況は最悪で両岸は葦で覆われ中央に巾1m程の細流があるだけの川ではテンカラ釣りなど出来る筈もない。

しかし「万が一」の為に餌釣竿とぶどう虫を
用意して来たのはさすが営業マンである。「餌」を持参して来なかった大浦氏と早速釣り支度を整えて仕掛けを投入したが「アブラバヤ」の猛攻を受けてしまい本命の山女魚は10cm位の小山女魚ばかりで完全に期待を裏切られてしまった。

釣場案内の本には「葦の根際に大物が潜んでいる」と書いてあったのに〜。とほほ

しかし落ち込んでばかりはいられない。素早く頭を切替えるのも営業マンとしては大事な要素なのである。(しかしこれが後々、大事件と発展する)

昼食にはまだだいぶ早かったがさっさと釣り道具を仕舞うと雑誌やTVで有名な白河市内の「とら食堂」へ行く事で話が決まった。

「とら食堂」の入口

「とら食堂」は随分と雑誌やマスコミに取り上げられたけど本当に美味しいの?
半信半疑で店に到着したのが午前9時、店の人に尋ねると受付は10時からで開店は11時からとの事、まだ2時間もある。「ぐったり」しながら、車内で冷房を効かせて仮眠しているとやがて10時となり続々と客が押し寄せてきた。

ひゃ〜噂は本当だったのか、待ち草臥(くたび)れてやっと11時に店内に入ったが外には依然と長蛇の列が出来ているではないか。早速私は「焼豚の大盛ラーメン」を頼み大食いの大浦氏は「焼豚+ワンタンの大盛ラーメン」をオーダーした。

やがて運ばれてきたラーメンは「鶏がら+豚がら+醤油味」でこれが何とも美味であり焼豚も絶妙である。長蛇が出来るのも納得である

魚篭は空っぽだったけどお腹はすっかり満腹状態となり今夜の宿泊場所である郡山市高篠山森林公園キャンプ場を目指す事になった。

しかしこんな事で良いのだろうか?魚が釣れない釣り師と契約が取れない営業マンと鳴かなくなったカナリヤは裏山へ捨てるしかない。と佐久間が以前言っていた。

(3)

悶々としながら車はキャンプ場へ到着した。早速大浦氏とタープ&テントの設営を開始した。
やがて仲間達が集まって一気に各自のテントが設営された。他の人達は
もう温泉に行って来たらしく吉野夫婦、広瀬氏、大浦氏と私の五人で温泉へ行く事になった。
源田温泉へ到着し金500両の浄財を支払って首まですっぽり湯に浸れば
浮世の垢も心の澱もすっかり清められ身も心も「善人」となってしまった五人は山奥のキャンプ場に忽然と開店している「渓流酒場・三渓亭」へと急いだ。

「渓流酒場・三渓亭」

久しぶりに再会した仲間達とビールでの乾杯が終わると「博多モツ鍋」や「牛肉野菜炒め」の料理が始まった。和気(わき)藹々(あいあい)の中で1時間が経過した頃強風が吹き出しタープが不安定となったので全員バンガローへ避難しての二次会となった。大量にあったビールは皆の胃袋に全て収まり焼酎が何本も開封された頃、この場面での座長は当社OBであり三渓会の重鎮でもある舛谷泰秋氏の登場である。

舛谷氏は四方山話や話題が豊富な先輩であり私とは昨夏の信州蓼科湖へもご一緒し私が13年間在籍していた「住宅開発事業部」では机を並べ「同じ釜の飯を喰った仲」でもある。その舛谷氏が他の人達との話題で盛り上がっていたのだが いきなり「まさか餌釣りはやってないだろうね」と私に鋭い質問をしてきた。

バックナンバー「月夜の渓の狐狸話」その十四夜話に書き記した通り昨夏に私は信州で「テンカラ宣言」をしてその時、舛谷氏に餌釣竿を譲渡しているのだ。

私は返答に窮したが今夜は「善人」となってしまった為「嘘」はつけない。素直に餌釣りをした事を「自供」すると急に舛谷氏は刑事口調に変わり厳しい取調べが全員の前で始まった。

舛谷刑事の取調べは厳しく私の言い訳など一切聞かず最終的に「犯行の道具」となった「餌釣竿」は舛谷刑事へ「無償譲渡」となりその他の用品も「証拠品」として舛谷刑事に全て没収?される事となった。「いつかきっとDNA鑑定でこの冤罪は晴らす」

「まぁ、舛谷氏ならば私の道具を大切に使ってくれるだろう」との思いもあったしこれで「餌釣り」から完全に「テンカラ一本」となって「諸国百渓・青春編」の旅立ちに相応しい「けじめ」がついた。(青春とは年齢ではなく心で決めるもの)

翌朝は5時に目覚めてテントから這い出ると(あさ)(もや)に霞む山の空気を存分に吸い込んだこんな素敵なところで新鮮な空気を吸える事の有難さに感謝しながら再びテントに入り「二度寝」となった。
7時頃には全員が朝食を済ませて食器洗いやテントの撤収等を
完了させていた。藤田、舛谷、貫井の三氏は山形方面へスタートし残ったメンバーも後日の再会を約してその場で解散となった。

吉野夫妻とは帰り道が同じ方向なので途中で川を見ながらのんびり帰る事になった。栃木県の男鹿川で蕎麦屋へ入り「天麩羅せいろ」の大盛を頂戴したが旬の野菜天麩羅が何とも美味しいではないか。

何とも美味しいではないか。男鹿川で少し釣りをやる事になり「写真撮影」の為に私は七分ニッカと地下足袋スタイルでの登場となった。(アイドル並みか?)

普段から滅多な事では驚かない三渓会員もこのスタイルには度肝を抜かれたらしい。

しかも今回は吉野家で飼われている犬の「コタロウ」も登場した。コタロウは吉野家で「渓流犬」として極秘の特訓も受けており魚の居るところを瞬時に嗅ぎ分ける事が出来るらしい「ここ釣れ、ワン、ワン」なのである。飼い主以外にはなつかない

コタロウだが妙に私にもなついており、これは「昔話」の現代版になるかも?

川をバックに小太郎と拙者

何と「絵」になる一枚だろうか。
しかし今回も「太って帰って来ただけ」では
営業マンとしての誇りが許さない。6月末でもあるので何とか1棟いや1匹は「契約」したいものである。しかし(あせ)る私を嘲笑(あざわら)うかのように水面(みなも)(ただよ)う毛鈎のすぐそばまで来た魚は急に「プィ」と向きを変えて水底(みなぞこ)へと姿を消してしまった。

それから何度も「プィ」をされて遂に今月も「惨敗」の憂き目に会い納竿となった。

「エピローグ」

私がこんな精神状態では帰路の東北道で「大事故」を起こす危険性があると察した吉野夫妻は途中の川治温泉郷で温泉へ立ち寄り一風呂浴びて帰る事になった。

この三渓会ホームページは読者が5千人とも8千人とも言われており毎回楽しみにしている方々の為にも「きっちり」決めなければいけなかったのだが今回も不甲斐ない結末となってしまい倉上道場の看板にも泥を塗ってしまった。

次回の釣行はこの悔しさを晴らすべく道志川支流の「神之川渓流釣り場」で修行に励むしかない。

では、次回までさらばじゃ。





ようらくな夜

                                  吉野

平成20年の渓流シーズンもほとんどの河川が禁漁となった10月11日〜12日に、三渓会メンバーの一人より渓流型管理釣り場「ようらく」への釣行のお誘いを受けた。

渓流シーズン中はメンバーが別々に、想いを寄せる河川に出かける事が多いので、なかなか一緒に釣行する事が少なくなってきていたので、せめてオフシーズンぐらいは、たくさんの釣り仲間と集まりたいところだ。

「ようらく」は、神流川の上流、国道462号を十国峠に向かった先にある支流のさらに上流にあたるので、東京からは、かなり車を走らせる事になる。

その分、渓相は抜群ですけどね。

一日目はすこしだけ川の様子を見て、キャンプイン。

高床式のバンガローに行くと、フライフィッシングの番組なので有名な里見栄正さんがいたから、びっくり。なんでも、番組の収録の為にここを訪れたとの事。我々と入れ替わりで帰る所でありました。

たしかに、番組的に絵にある管理釣り場ではありますね。
まあ、我々はそんな事には、おかまい無しで、早速、鍋で宴会がスタート。

全員(私も含めて)、大酒のみなので、鍋よりも準備したお酒があれよあれよと言う間に、空ビンにかわっていくのであった。
山奥なので、10月半ばとは言え、かなり冷え込んできましたが、お酒のおかげで良く眠れる夜でした。



翌日は、朝から堰堤上から釣りをスタート。

かなり減水していますので厳しい状況でしたが、まあ、そこそこの数を釣り上げる事ができたけど、放流されている魚は小さい物ばかりですので、私のようなルアーマンには物足りなさがありますね。






最後は愛犬「コタロウ」を交えて記念撮影。
来年の渓流シーズンまでは、こんな形でゆるゆると管理釣り場廻りをしますか。


  
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   2012.03.04 更新 Since2001.4.05
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