――“管理通貨制度”とは何か、
  そしてそれは歴史的に何を意味するか

本書の版元は「全国社研社」ですが、当センターが制作に協力しました。
ご注文も当センターにて承っております。

【目次】

序にかえて

第一部 金本位制≠ゥら管理通貨≠ヨ
 第一章 商品生産と貨幣の必然性
  一、現代の貨幣
  二、価値の概念と貨幣の必然性
  三、価値の形態をとる労働の特殊歴史的性格
  四、人間関係を物≠フ関係として表す必然性と貨幣
  五、貨幣は人間労働が徹底的に社会的なものになったことを教示する!
 第二章 世界貨幣及び国際流通と国内流通の「分離」
  一、「貨幣としての貨幣」もしくは世界貨幣
  二、世界貨幣の意義
  三、国内流通と国際流通の「分離」について
 第三章 為替相場とその変動及び金本位制≠フ意義について
  一、為替相場変動の原因
  二、「支払い差額」による為替変動
  三、金本位制――その意義と歴史
 第四章 現代の通貨=中央銀行券の意義と特性について
  一、現代の国家と通貨
  二、通貨≠フ進化――金属貨幣から中央銀行券へ
  三、不換銀行券の意義と性格について
  四、現代の通貨≠めぐる二人の学者の見解
      ――ケインズ主義者とえせ「マルクス主義者」
 第五章 一八四四年のピール条例の経験から何を学ぶか
      ――「貨幣数量説」とその実践的破産
  一、「通貨学派」と「銀行学派」
  二、リカードの「貨幣数量説」
  三、一八四四年のピール条例
  四、「通貨」と「資本」の違い
  五、通貨管理≠フ幻想と自動的調整≠フ幻想と
 第六章 インフレーションと対外的関係
      ――為替インフレ§_はどこまで正しかったのか
  一、インフレとその国際的波及
  二、インフレに対するマルクスの見解
  三、猪俣津南雄の為替インフレーション§_
  四、ドイツ・インフレーションの経験
 第七章 金本位制≠フ崩壊とその結果=i日本の場合)
      ――金解禁と再禁止、ドル買い事件、そして軍部≠フ台頭
  一、歴史の大きな流れの中で
  二、金解禁は何故、いかなる勢力によって行われたか
  三、旧平価での金解禁が意味するもの
  四、金融資本のドル買いと金輸出再禁止
  五、金本位制≠フ崩壊の意義――日本の経験は何を語るか
 第八章 「金為替本位制」とは何か、その歴史と現実
  一、帝国主義の時代と金為替本位制
  二、「金為替」とは何か、またそれはいかに機能したのか
  三、帝国主義体制を隠蔽するケインズの「金為替本位制」論
  四、「金為替本位制」の崩壊を論じたヌルクセ
  五、どんな「国際通貨制度」も救済とはならない!
 第九章 植民地通貨≠フ歴史的経験
      ――軍票≠ヘいかに発行され、どんな意義を持ったのか
  一、軍票及び円系通貨≠フ概念
  二、軍票と円系通貨@――中国の場合
  三、軍票と円系通貨A――東南アジアの場合
  四、崩壊する「東亜金融圏」――「預け合」方式と「外資金庫」
  五、日本は歴然とした略奪者だった!

第二部 ケインズ主義批判――人間の叡智≠ノよる資本主義の統制の幻想

 一、ケインズの時代及び彼の階級的な立場
 二、デフレーション及び「平価切下げ」の概念
 三、「物価の安定か、為替の安定か」
 四、ケインズのデフレ論議
 五、アメリカの物価停滞は「金不胎化政策」のためか
 六、金の貨幣としての存在と役割は否定されたか
 七、イギリスの国家的利益≠代弁するケインズ
 八、金本位制″U撃の論拠
 九、金本位制≠ヨの妥協もしくは「国際的標準」についてのおしゃべり
 十、ケインズの改革案――超国家的銀行とSBM(超国家的銀行券)
 十一、ケインズ主義の評価によせて

第三部 戦後のIMF体制とその崩壊――解体する現代資本主義

 一、IMF体制とドルの特権的地位
 二、一オンス=三五ドルの意味するもの
 三、戦後資本主義体制の崩壊と金廃貨の幻想
 四、固定相場制と変動相場制
 五、共産党の小ブルジョア的ユートピア批判
 六、労働者階級の課題

■著者:林 紘義
■初版:1996年 08月 20日
■定価:
2,200円 + 税
■送料:1冊340円
  2冊以上は送料当センター負担
■判型:A5判
■ページ数:400
■発行所:全国社研社
■製作:ういんぐ出版企画センター
■発売元:ウニタ書舗
























































【序にかえて】

  一

 この本に掲載されたものは、ほとんどが数年前、二年間にわたって社労党の理論機関誌『労働と解放』(現在の『プロメテウス』)に、『現代の国際通貨制度=xという題名で連載されたものであるが――この連載の課題は、現代資本主義の貨幣制度ともいえる管理通貨制度≠いかに理解し、評価するかであった――、今回、『変容し解体する資本主義――管理通貨制度≠ニは何か、そしてそれは歴史的に何を意味するか』の名で一冊の本にまとめられることになった。
 現代の資本主義の特徴も、様々な面からとらえることができる。例えば、独占資本主義あるいは国家独占資本主義と規定することもできれば、帝国主義段階の資本主義と言うこともできよう。しかしいかように規定するにしても、現代資本主義の根本的な特徴――唯一とまでは言えなくても、その最も顕著なものの一つ――として、貨幣面における変化すなわち通貨が金属貨幣ではなくて紙幣もしくは事実上紙幣化した中央銀行券になっているということ、つまり管理通貨制度≠あげることができるだろう。この著書が取り扱うのも、まさにこのことである。
 現代資本主義の顕著な現象であるインフレにしても、バブルにしても、企業の頽廃にしても、あるいは財政崩壊にしても、ドル支配の解体や変転きわまりない為替相場の問題にしても、さらには「恐慌が止揚された」かに見えることも、福祉国家≠フ幻想さえも、すべて貨幣が金属貨幣とのつながりを断った通貨≠ノ進化してきているという貨幣的℃鮪タを抜きにしては、いくらかでもまともに評価することも、考察することもできないのだ。この意味において、管理通貨制度≠論じることは、現代資本主義にとって本質的なものを論じることでもある。
 もちろん、これが単純な進化≠ナないことは明らかであろう。ケインズは、この資本主義の変容とその意義を確認した最初のブルジョアの一人であり、彼はこの変容こそ資本主義の前進であり、その安定と繁栄を保障すると信じた、しかし我々は、この変容こそ、まさに資本主義の頽廃と解体の深化を教えるものであって、資本主義が資本主義以外の他の制度に移行していくこと――行かなければならないこと――を告げ知らせているのだ、と主張するのである。
 現代の特徴が貨幣が腐っていくことにあるといっても、それは何も現代資本主義にだけ特有なものでなく、商業と国家財政がすでに存在したところでは、どこにでも生じたことであった。例えば、西欧では絶対主義の国家がそうであったし、日本では江戸幕府も貨幣悪鋳≠繰り返しつつ、その没落に向かって転げ落ちて行ったのではなかったか。現代の通貨の腐敗――それは何も急激なインフレの時だけでなく、この今においてさえ、絶えず進行しているのだが――もまた、この社会を根底からむしばみ、腐らせ、解体しつつあるのだ。それは決して直接的な物価騰貴ということだけではなく、例えばバブル、財政危機、企業の頽廃、ドルの崩壊、等々の広範な社会的影響をもって現われるのだ。
 現代の資本主義が国家による経済の管理≠烽オくは経済への介入≠重要な契機としていることは誰でも知っていることであるが、しかしその最も中心的な環をなすものこそ、貨幣の管理≠ナあろう。貨幣を管理することによって初めて現代ブルジョアジーは、経済全体をいくらかでも規制し、統制する手段を手に入れることかできたのだ。この意味で、管理通貨制度を検討することは、とりもなおさず、現代資本主義にとって本質的なものを検討するということでもあり、その矛盾を深く、根底的に理解するということでもあろう。

  二

 現在では、すでに戦後構築されたままのIMF体制(International Monetary Fund国際通貨基金≠フ体制)は過去のものである。ドルと金との結びつきは断たれたままであり、また「固定平価」の制度は「変動相場制」――それが実際にどんなに管理≠ウれていようとも――に移ってしまっている。戦後のIMF体制――我々はこの言葉で、一九七一年までの体制を表現するのだが――について分析したことは、すべて現実から遊離した無益なものになったかである。
 しかし、IMF体制のもとで、ドルと金が辛うじて結びついていたことの意味を正しく評価することによってのみ、この結びつきが切断された現在のドル≠ニ、今なおそれを中軸として動いている世界資本主義の本当の意味が理解されうるのである。また「固定相場制」の意味が理解されて初めて、それを否定して登場した「変動相場制」が何を意味し、どんな歴史的な意義を持っているのかも了解されるのである。これは、現在の「通貨」の意味も、ただ本来の貨幣の本質を理解することによってのみ、それを媒介することによってのみ正しく、真実に理解できることと同様であろう。
 我々は金本位制≠否定して「管理通貨制度」に移行していくこと(通貨≠ェますます金から切断されていくこと)、そしてまた「固定平価制」から「変動相場制」に移っていくことは、資本主義の(あるいは資本主義において不可避である貨幣≠フ)進化等々では全くなく、資本主義世界全体の矛盾と混沌の深化であり、資本主義が全体として頽廃し、解体に向かっていく一契機、一過程である、と評価する。そしてまた、こうした制度≠ヘ一見してブルジョアジーに資本主義的矛盾と闘う手段を提供しているかに見えながら、実際には資本主義の矛盾を内向させつつ引き延ばし、さらに解決不能なものに転化し、また資本主義世界を分断し、ブルジョア諸国家のエゴイズムを助長するだろうと主張してきた。我々のこうした批判がどんなに正当であったかは、この二十年の変動相場制の歴史が、事実でもって明らかにしている。
 例えば、変動相場制は世界で最も強大な国家であったアメリカの誰はばかることのない露骨な利己主義の手段になり、徹底的に利用されてきた。実際、アメリカの貿易収支のおそるべき赤字――それはアメリカがわずか十年余で世界一の債権国家から世界一の債務国家に転落させるに十分であったのだが――は、アメリカの通貨価値の崩落の結果であって原因ではなかった、と言うべきであろう。アメリカは国内的な″「難と闘うために、財政・信用を膨張させ、生産でなく消費をふくれ上がらせ、まさにそのことによってますます寄生的な国家(全世界に寄生する帝国主義的国家)、巨大な債務国家へと転落したのだ。もしアメリカが「固定平価」を守ろうとするなら、こんなにもひどいドルの減価≠竄スれ流しはできなかったであろうし、ましてドルが金との交換性≠維持していたのなら、一層そうであったろう。実際、結果的に見て、アメリカはより寄生的で帝国主義的な政策、より利己的な政策を拡大するためにこそ、ドルと金の交換を停止し、また変動相場制に移っていった、と言えなくもないのだ。世界のリーダーのアメリカがこんなにも無責任で利己的であったとするなら、一九七一年以降、現代の資本主義、世界の資本主義が全く放恣の体制、「後は野となれ山となれ」式の無責任と利己主義の体制に変質して行ったとしても、何の不思議があろうか。そしてまさにこうした徹底的に無責任≠ニ放恣の体制、したがってまたバブルとカジノ≠フ体制こそ、世界資本主義の解体を根底的に、深く準備してきたのである。
 今(一九九六年の春)、世界中に実に七千億(約八十兆円)ものドル債務が累積している。このうちの半分はアメリカ以外のブルジョア国家が保有しており、アメリカの国際協調≠フ呼びかけに応じ、自制的に振る舞うかもしれないが、しかし残りの半分は、投機的利益を求めて世界中の資本市場≠駆けめぐっている不安定な<Jネであり、いわゆる投機家=\―広い意味での――の手中にある。そして、いったんドル危機が発展するなら、彼らがドルの投げ売りでも何でもしてくるであろうこと、そうなればドル体制がたちまち崩壊の危機に直面するだろうことは明らかである。ドル体制は「累卵の危うき」にあるのだ。実際この事実は、資本主義世界の崩壊と解体を示唆し、予告していないであろうか!

  三

 そしてまた我々は、歴史的な破綻に直面しつつあるドル中心の℃走{主義世界、国家財政の崩壊やインフレやバブルや大量失業にさえ直面している危機的な経済が、どんなにケインズ主義と結びついているかを確認する。実際、ドルや円が金(ケインズが「野蛮な金属」と呼んだもの)との直接的な結びつきを断っている現在の世界の資本主義は、根本的な点でケインズが理想としたものであろう。彼はこの理想≠実現することによって、資本主義を改革し、管理し、修正し、その矛盾を解消し得る――少なくとも、激烈な形で顕在化し、爆発してくることを阻止し得る――と信じたのだ。
 しかし現代資本主義は資本主義の矛盾を止揚したのではなくて、実際には、矛盾にいくらか違った形を与えたにすぎなかった。独占資本は財政・信用を膨張させ、危機の爆発を繰り延べ、とりつくろい、解消させることに成功したと信じた、しかしその足もとから、財政崩壊とかインフレとかバブル経済とかの新しい危機がたちまち発展し、はびこってきたのであり、それらの新しい危機もまた、かつての危機に負けず劣らず資本主義の避けられない矛盾と、この体制が死滅して別の体制に移っていかなくてはならないことを、その必然性と必要性を告げ知らせているのである。
 ここに掲載された文章はすべて、以前、雑誌に連載もしくは掲載されたものである。第一部と第二部は『労働と解放』の一九八八年六月号から一九九〇年七月号までに、十三回わたってとびとびに掲載されたものであり、第三部だけがそれよりも二十年ほど遡る一九七一年に書かれ、『科学的共産主義研究』三十号(一九七一年十月号)に載せられたものである。いずれもこの本にまとめるにあたって、文章に必要な訂正や校正、事実の訂正など少しさせていただいたが、内容及び根本的な理論や思想は、掲載されたものと全く同じである。
 最初に書かれた部分が、この本では第三章として最後に来ているが、それは本の構成上やむをえないことであった。この部分は一九七一年のニクソンによる「ドルと金の交換性の停止」という衝撃のもとで書かれたものであり、戦後のIMF体制を扱っている。他方、十三回の連載の方は、マルクス主義の貨幣論から始まって、第二次世界大戦にいたるまでの国際通貨°yびそれと表裏の関係にある管理通貨≠フ激動する歴史に関するものが主要な部分を占めており、IMF体制のいわば前史である。この本にまとめるに当たっては、時期的に整合性≠フあるように、まず連載の主要な部分を前半に掲載、ついでケインズ主義批判の部分を持って来て、最後にIMF体制を評価したものを置くことにした。第二部で扱っているケインズ主義批判のテーマは、ごく最近発行された『プロメテウス』二十二号(一九九六年夏季号)掲載の「ケインズと国際通貨体制=vで再度詳しく論じているので、併読していただければ好都合である。『資本論』からの引用は、すべて岩波文庫版からであり、@、A、B、の数字でその第何分冊に当たるかを示している。すなわち「@一二五頁」とあれば、岩波文庫第一分冊一二五頁ということである。
 言うまでもなく、著者を支えている情熱は、現代の資本主義世界の崩壊に対する、その必然性に対する確信である。現代資本主義の余りにも大きな矛盾の蓄積と困難は、それをこの体制≠フ内部で解決することを全く不可能にしているのだ。ケインズが推奨してやまなかった管理通貨制度≠ヘ、資本主義の矛盾を解消したのではなくて、それを取りつくろい、隠蔽することで、いっそう困難で解決不能のものに高めた≠フだ。この著書が多くの先進的な労働者に、資本主義の不可避的な崩壊と解体についての展望と確信をいくらかでも醸成し、深め得たとするなら望外の幸せというものである。

             一九九六・七・一四  林 紘義

トップページへ移ります